第50話 勧誘
しかし、腰を下ろすのには棒が邪魔である。
裕次郎は長い棒を座ったおもむろに差し出すとオムニアに突き付け、胸にズブリと押し込んでみた。溶けかけの飴に押し入っていくような手ごたえを感じ、裕次郎は笑った。同時にオムニアも笑う。
尋常の生物でないのはとうにわかっていたが、どうも一般的な攻撃方で殺すのは難しそうだ。裕次郎は棒を引き抜くが、オムニアの対組織は欠片も付着していない。
「気が済んだかね。済んだのなら次は対話をしよう」
オムニアが朗らかに言う。
胸に棒を刺されたことを気にする必要はないらしい。
「気なんて全く済んじゃいないよ。だが、俺も大人だから好奇心は隠すことにしよう」
「大人だ!」
マブヤブが感心したように裕次郎を見つめた。
「うん、マブヤブは好奇心を抑えたりしないものな。私はそれも素晴らしいと思っているよ」
優し気に頷き、肯定する様は出来のいい教師の様だ。
裕次郎はあきらめて棒を捨て、リンデルの横にドッカと腰を下ろす。
「改めて、グロウダッカ首領のオムニアだ。こちらは主席顧問にして魔法使いのマブヤブ。君たちも名乗ってくれよ」
「こちらが森の魔女リンデル。俺はそのオヒキの裕次郎だ。まず、いろいろ言いたいことはあるが、アレを止めてくれ。暑くてかなわん」
裕次郎は巨大な装置を指して言う。
オムニアは頷くと、手を挙げて台の上に向けて振った。台の上にはグロウダッカの構成員がいたのだろう。男が顔を出して手を振り返してきた。
「これで止まるだろう。熱気もすぐに収まるはずだ。なかなかね、これも大変なんだ。百人を捧げても僅かな赤砂しか取り出せないし、一人入れるごとに時間を置かなきゃ加熱で装置が壊れてしまう。絶えず作業を続けて一日せいぜい三十人から四十人というところで」
マブヤブは話に加わるタイミングがわからないのか指を咥えてキョロキョロとしている。
「さて、せっかく来てくれたお客さんにどこから話そうか。私とマブヤブの出会いか、私たちが参加したころのグロウダッカがあまりにお粗末な詩人の集まりだったことか」
「魔術結社っていうのに魔法を使える人が一人もいなかったよね!」
「そうだな、大変だった。それもこれも、魔法が禁忌とされているからで、マトモな者は誰も本気で手を出そうとしないのだ。誰も彼も知識を掘り出すことさえ拒む。そんな中で私がマブヤブと出会えたのは幸運だったよ」
「俺、魔法が大好きなんだ!」
マブヤブは目をキラキラと輝かせながら叫んだ。
ようやく裕次郎は気づいた。オムニアはマブヤブが言葉を出せるように会話を進めている。
「私は見ての通り魔法生命体でね、使命を持って生まれてきたんだ。そう作られたと言ってもいい。マブヤブは魔法に興味がある少年だった。そう生まれついたと言って過言じゃないだろう。私たちは互いに欠けたものを補いつつ生きている。彼は私によってより魔術の秘奥に進み、私は自らの使命を果たす道を知った。互いに利用し、利益を提供し合う共生関係だ。だからグロウダッカの首領は私でも、私とマブヤブの間に上下関係なんてないんだ」
オムニアの言葉に誇らしいのか、マブヤブも胸を張って頷く。
「貴様らの関係性なんて興味ないわ。本題を話せ」
リンデルが眉をひそめて吐き捨てた。
「おっと、リンデル。これは失礼した。私は言葉を練るのが上手くない。余計な枝を話してしまうんだ。さて、本題だ。エルフの怪我を治しているところを見たが、君は魔法使いだね?」
「アホめ、ワシはワシじゃ。魔法使いなんてチンケな枠に収まるものか」
確かに森の魔女などと呼ばれているものの、彼女が名乗ったわけではならしい。
「これはまた失礼した。リンデル。たしかにそうだ。マブヤブだって魔法使い以外の面もある。あくまで魔法の知識に精通し、使えるというだけだな」
「そういう話でもあるまい。そもそも、貴様が言うとおり魔法は禁じられていて、これを破り露見すれば避けられぬ死が待つじゃろう。それが嫌で、貴様らも赤砂じゃの魔道具じゃのを用いておる。それなら、バレる危険性は大幅に下がるからの。じゃが、それもどこまでか。ジジィどもの耳は遠いが、目ざといぞ」
ふふふ、とオムニアは笑った。
「そう、あの連中だ。実に厄介で私の命題だって知られれば邪魔をされるだろう。なんせ臆病者揃いだ。他者が大きな力を得るのをかたくなに避けようとする。私やマブヤブのように目的がある者にとっては実に面倒な壁だよ」
なんだ、話が合うじゃないか。
横で話を聞きながら裕次郎は思った。
であれば、上手く交渉を纏めるのが仕事である。
「なぁリンデル。オムニアはオマエに部下になって欲しいというが、これは無理だろう?」
「当たり前じゃ、なにを気色悪いことを言うのじゃ!」
全く予想通りの返答に裕次郎は嬉しくなった。主という者は単純な方がいいのかもしれない。
「じゃあ、話は決まりだな。おい、オムニア。リンデルはオマエの下じゃ働かないそうだ。そこで提案なんだが、オマエたちがリンデルの下に就くのはどうだ。組織も、人材も、設備も、財産も何もかもを俺たちに寄越せよ。そうすれば万事解決。俺たちは仲間だ。だが、赤砂に関する設備はエルフに返し、許されるまで謝罪して再び借りるんだ」
その言葉にオムニアは初めて表情を曇らせる。マブヤブも雰囲気を察して落ち着かなく首を動かした。
「昔なら……マブヤブと出会う前か、出会ったころならそれも検討の余地があったろうが、もう駄目だ。私たちは既に力を得る方法を手にしている。それらを手放してまで新たな仲間を迎える気はないよ」
じゃあ交渉は決裂だ。肉切り包丁に伸びた裕次郎の手をリンデルが押さえた。
「待て。貴様は血の気が多すぎていかん。もう少し話を聞かせんか」
裕次郎が浮かせかけた腰を下ろすと、オムニアは頷いた。
「リンデル、私にはわかりますよ。貴方も彼らを滅ぼす力を模索している。世界を我が意のままに収めようとする邪悪なあの連中を。寄り添えないのは本当に残念です」
「いんや、別に残念とまでは言わん。貴様の目的などどうせ、古の魔獣を復活させることじゃろ。ジジィどもに施された封印を解くため、大量の魔力を集めるのに赤砂はうってつけじゃからの。静かで、安定して、匂いがない」
「素晴らしい、リンデル。君は何もかもお見通しだ。確かに私は古の魔獣ゲーラソールの思念と力の残留物が元になっているよ」
オムニアは簡単に認める。
「めげない根性は認めるが、万全の状態で封印された魔獣が、封印を解かれたばかりでジジィどもに勝てるとは思えん。寄り添うて巻き添えを喰うのはまっぴらじゃ」
リンデルは長い舌を出して獰猛な笑みを浮かべるのだった。
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