第49話 お迎え

 裕次郎たちはぶらぶらと歩きまわって施設を冷かしたり多少暴れたりしながら奥に進んで行った。

 時々、警備員などと出くわしたが、粛々と打ちのめしていく。

 ところどころ、換気用と思われる長くて細いパイプが壁に埋まっていた。

 これは掘削や設置も含めてオーバーテクノロジーなのではないかと裕次郎は思う。

 今更だ。山脈要塞を築くなど、動員力の上がる世界大戦の時代にでもならなければ無理だったろう。

 頭数を動員しても作業員を食わせていけるほどの生産力がこの世界にはないのだ。

 と、いうことは掘削や運搬などを裕次郎の知らぬ技術で行ったものと推測される。

 未知の領域は不安と期待をいつも突き付ける。裕次郎は迎撃に出てきた剣士隊を打ち据えながらぼんやりと考えるのだった。

 

「まあ、ここかな」


 大きな扉を前に裕次郎は呟く。

 途中で尋問した全員がこの扉のことを指していた。

 肩に長棒を担ぎ、途中で奪った長めの肉切包丁を左足に縛っている。さらには七十センチほどの刃渡りを持つ短剣を一つ腰に差して戦闘準備は万端だ。

 

「まあ、間違いないのう。ハラワタの嫌な臭いもするわい」


 リンデルも腰に手を当てて扉を見上げた。

 彼女はいつも通りの服装でいつも通りの表情だ。この先に何があろうと自らの存在と比して小さなことだと思っているのかもしれない

 

「ああ、開いてるよ。壊さないでくれ!」


 声が響き、扉は向こう側から開けられる。そうして顔を覗かせたのは痩せた老人だった。

 不健康に紫がかった肌に、色素を知らぬような真っ白い毛が生えている。

 

「アンタたちだろ、首領のいう魔法使いというのは?」


 歯が抜け落ちて一本だけ残った口腔が裕次郎には気になるが、老人とはえてして歯が抜けるものだ。まして衛生観念の未発達な世界ではなおさらだろう。

 いや、そもそも老人なのだろうか。それこそ歯の有無は見た目の年齢を大きく左右する。

 

「そうだよ、アンタは誰だね?」


 いっそのこと残った一本の歯も撃ち折ってスッキリさせてやろうかと拳を固める裕次郎に背を向けて男は振り返った。


「首領、来たよ。やっと来た!」


 口に手を当てて怒鳴っているが、その向こうには広い空間が広がっていた。

 そこには高飛び込みの台の様な物が設置されており、上には全裸の人間が十数名立っている。

 その下には大きな漏斗状の設備があり、受け口には牛乳瓶くらいの大きさの瓶が置いてあった。中には四分の一ほど赤い砂粒が貯まっている。

 と、飛び込み台から一人の男が身を投げた。

 頭から漏斗に突っ込むと同時に猛烈な熱風が辺りに吹き散らし、裕次郎は目を細める。

 そうして、漏斗の先から音もなく砂粒が落ちた。


「うむ、変換器じゃの。随分と不細工じゃが、イラの魔法を再現したものか」


「わかる?」


 リンデルの言葉に老人は振り返ると、喜色満面に口を開いた。

 

「さすがだね。俺もこれを作るのは苦労したんだ。なんせちゃんとした技術が残ってないからさ、知恵絞ってなんとか。ねぇ首領、早く来てよ! お客さん帰っちゃうじゃないの!」


 老人は再び後ろを向くと飛び込み台の上に向かって叫んだ。

 その様は結社の首領を呼ぶというよりは台所にいる母親を呼ぶドラ息子のそれに近い。

 

「へへ、嬉しいよ。なんせ魔法使いなんて俺以外じゃ初めて見るもんね」


 照れたような、嬉しそうな表情で老人は自らの薄い頭皮を撫でる。

 なんとなく無邪気な雰囲気で、こういうやつが一番殴りづらいと裕次郎は思った。


「やぁ来てくれたんだね。魔法使いのお嬢さん。待っていたよ!」


 飛び込み台の上からギョッとするほど真っ黒い人影が顔を覗かせた。

 青黒い肌はテラテラと光っており服だけが光沢を浮かべていない。


「ちょっと待っていなさい」


 言うと黒い人影は飛び降りた。ビルでいえば三階建ての屋上程度の高さはあろうか。

 真っ直ぐに落ちた影は地面にぶつかって大きく変形したあと、再び人型をとった。


「なぁマブヤブ、そう興奮してはお客様が驚く。少しは落ち着きなさい」


 落ち着いた声で首領はマブヤブというらしい老人をなだめる。

 その間にも半液状だった体は硬さを示すように質感を表現し、すぐに服を着た禿頭の中年になった。

 肌が金属の様に光沢を持っていることを除けば、堂々としたの中年男性に見える。


「でも、でも首領。俺ぁ嬉しいんだよ。アンタと組んで以来ついに会うことがなかった同好の士だぜ。語り合いたいよ!」


 興奮が押さえきれないマブヤブは首領とリンデルを交互に見回す。

 

「うん、うん。嬉しいんだな、わかるよ。だが、まあ落ち着きなさい」


 首領は優しく言い含めると、リンデルと裕次郎の方に向き直った。


「先ほどは私の分身が挨拶をさせていただいたが、改めて。グロウダッカの首領を務めるオムニアだ。よろしく」


 慇懃に、紳士的に首領は挨拶をした。

 しかし、リンデルは鼻で笑う。


「オムニアとはこの山の古き名じゃ。貴様は名無しか、それとも名を知られて困る者か、どちらじゃ?」


「残念ながら名無しの方だよ、お嬢さん。私はここを本拠に定めるまで名前も持たなかったのだ。さて、立ち話もなんだし座って話でもしようじゃないか」


 オムニアと名乗る首領が指差した先にはソファとテーブルの応接セットが置いてあった。

 

「俺の、話なら俺の研究室でしようよ!」


 マブヤブが怒鳴るが、オムニアは優しく頷いて口を開いた。


「マブヤブの研究室は散らかっていて不快なので私が嫌だよ。まずはここで話をしようじゃないか」


 そう言うとオムニアはマブヤブの手を引いて先にソファへと腰を下ろした。


「それならワシらも座るかのう」


 ズンズンと歩いて行くリンデルを見て、武装している自分の方が場違いな気がして裕次郎は笑うのだった。

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