第48話 臭い
どうもグロウダッカの本部は大規模の攻撃ばかり想定して、直接の進入を想定していないのだろう。その証拠に裕次郎たちがしばらくウロウロしても誰も駆けつけて来なかった。
攻められたりした場合を想定したマニュアルが未整備なのだ。だからヒルダの様な造反者が出ても追っ手を繰り出すばかりだったし、迎撃も小規模を想定したものではなかった。かと思えば大砲による迎撃は大軍に対して効果を発揮するもので、小規模の迎撃には向いていない。
こういう組織は案外と多くて、裕次郎は敵対する組織がそうである場合、ウキウキしながら襲撃を仕掛けていた。
さて、それでもやがてやってくるだろう警備要員を痛めつけるか、その辺を歩く非戦闘員を尋問すべきか。かつての高揚感を思い出しながら裕次郎は入り口のあたりをリンデルと歩いた。
なんせ敵地であるのだから何をしても自由だ。殺しても犯しても奪っても火を着けてもいい。戦いとは結局、より多くを殺して犯して奪って燃やした方が勝つ。
棒を担いで裕次郎とリンデルは廊下を奥に進んだ。
入り口付近には通路が重なっているのか複数の人間が行きかっていたものの、奥では途端に人気が無くなる。
と、いかにも料理人といった風情の男が大きな布袋を担いで歩いているのが目についた。
裕次郎はリンデルの手を引くとそっとその男の後ろを付ける。やがて、男が廊下の扉を開けた。中は食糧倉庫か。思った時には裕次郎はその背中を蹴り飛ばしていた。
「うわ!」
男は呻き声を上げながら倒れ、担いだ袋を取り落とす。
裕次郎とリンデルはそれについて倉庫に入り込むと扉を閉めた。
「なんだ、アンタたち!」
料理人が振り返って怒鳴ったので、裕次郎は顔面を蹴りつける。死なないように軽く、鋭い蹴りを四度打ち込むと狭い倉庫内でも器用に取り回して木の棒を男の口に突っ込む。喉の奥に木の棒を差し込まれた料理人は涙を浮かべながら嗚咽を繰り返すのだが裕次郎は周囲を観察していた。
樽や木箱に食料品が積んである。食料倉庫の広さから考えてそれほど大勢を養う施設には到底見えない。
「こりゃあ、さらわれた農民はすぐに生贄にされているな」
裕次郎はボヤく様に言って頭を掻いた。
考えてみれば当然で、こんな流通事情の悪そうな場所に連れてきた人間にわざわざ飯を食わせる必要もない。
しかし、リンデルはつま先で裕次郎の尻を蹴った。
「ええい、そんなことはどうでもよいわ。ワシの白磁のごとき肌に気安く触れた無礼をまずは謝れ!」
リンデルは心底不快そうに表情を歪め、裕次郎の足をゲシゲシと蹴りつける。
「どうしてもワシに触れる必要があるのなら三度満月が巡るよりも前に申告せんかい!」
リンデルの体重が軽いこともあり、蹴りは全く痛くないが主命とあらば断わらないのが裕次郎の信条である。
「よし、分かった。次からそうする。だから今回は許してくれ」
素直に謝り、裕次郎は笑った。
「なんじゃ、ワシに触れて無上の感動を味わうのならせめて感涙の一つも流さんかい。なにを笑っておるのじゃ」
「なにって、楽しいのさ。腹の底からな」
裕次郎は今回遭遇した一連の出来事をすべて楽しんでいた。
怪物も化物も大砲も弓兵も剣士も岩兎の猛者たちも、どれもこれも楽しくて仕方がない。生まれ変わってみるものだ。
ついてはヒルダに会えたことに感謝し、そもそも転生というきっかけをくれたリンデルにも感謝をささげたくなる。何より、自らの日ごろの行いを誇らずにはいられない。
しかしリンデルはいぶかしげに裕次郎を見つめて首をひねる。
「絞めるならさっさとせい。今にも吐きそうでハラハラするわ」
リンデルの言う通り、料理人は泡を吹きながら白目を剥いていた。
密室で吐しゃ物を出されるのが嫌なのだろうリンデルは狭い室内で男から距離を取って木箱に座る。
「よし、尋問を始めるか。おい、起きろ」
木の棒を引き抜いて裕次郎は料理人の胸を踏んだ。料理人の目はカッと見開かれ、床に嘔吐をぶちまける。
裕次郎は気にせず、料理人と目を合わせた。目は口ほどに物を言う。
すっかりおびえ切った視線で料理人は裕次郎を見つめていた。
なんでも素直に話しそうだ。
下準備の完璧さに嬉しくなり、裕次郎は会話を始めるのだった。
※
いろいろと質問を重ねたが、料理人が元々誘拐被害者の一員だったこと以外に面白い知見はなかった。
一緒に誘拐された農民は皆、生贄にされたが彼は下働きをこなすことで生き延びたのだという。それ自体は実は珍しくないし殊更に責める気もない。
しかし、そうであればすれ違う学者風の男の頭を割っていいのか悩ましくなる。
そういうわけでその情報は裕次郎を不機嫌にした。
また、警備隊がバタバタと出ていったきり戻ってこないという話も拍車を掛ける。神殿奥の元誘拐被害者たちが立ち入れない区域を聞いたのがせめての収穫だった。
神殿の内部は山を掘り抜いて奥に深い。先ほどの料理人が立ち入りを許されるのは入り口の周囲までらしい。
「とりあえず奥だ。臓物を覗きに行こう」
裕次郎は料理人を気絶させるとうんざりとした表情のリンデルに語り掛けた。
「そこが臭くなければよいがの。人間のハラワタは臭くて嫌いじゃ」
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