第47話 温度
「あれが本部だろうな」
数度の戦闘を超え、到達した神殿の様な建物を覗き見ながら裕次郎は呟いた。
石造りの、とても人力で作り上げたとは思えない荘厳な建造物がそこにはあった。同時に、かつていた世界でもとても人力で作れるとは思えない建築物をたくさん見てきたので、まあどうにかすれば作れるのだろう。
途中で取り押さえたグロウダッカの構成員複数から聞いたところによると、本部には幹部連中と精鋭の防衛部隊がいるらしい。アテにはならないが参考にはなる。
「どうやって入るかの?」
顔の下で同じく覗き見ているリンデルが呟いた。
神殿の前には四人が長い木の棒を手に見張っている。分厚い革の服を着ているが、防具と防寒を兼ねているのだろう。
「人はわかり合う生き物だ。心から頼めば案外と快く入れてくれるさ」
裕次郎はそう言うと物陰からフラリと出た。
番兵たちの視線が裕次郎にあつまる。
「や、どうも。不審者です」
長い棒というのは厄介である。
素人が扱ってもそれなりに脅威となり、まして複数であれば多少腕が立とうとも一方的に制圧されてしまう。が、それもコツと経験だ。
突然現れた裕次郎に木の棒を突き付けたのは一番近い場所にいる番兵だった。
「なんだ貴様は!」
本部警備の彼らはまさかこんな場所まで侵入する者があるとは思わなかったのだろう。職務にしたがって棒を掴み、構えてはいるものの残り三人は間合いに近づいてもいない。
眼前に突き付けられた木の棒が当たる距離で裕次郎は舌を出した。
長い棒を用いる敵の制圧は、たとえ相手が素人でも厄介になる。しかし、素人は素人だ。棹を手の甲で逸らしながら裕次郎は踏み込む。
槍も棒も、相手の手が届く場所で静止させてはいけない。それに、突き付けるなら避けやすい顔ではなく腰の前にするべきだ。
もっと言えば、彼らは裕次郎を見た瞬間に全員で棒を構え攻撃に移るべきだった。
裕次郎は踏み込みながら足を振り上げ蹴りを打った。狙いは自らに一番近い敵の体。つまり棒を持つ手だ。
手が潰れる感触があり、番兵は目を見開く。掴んだ木の棒をクルリと回すと、裕次郎は簡単に棒を奪った。
丸腰になった番兵の顎を叩き割り、浮足立った残り三人も叩き伏せるとリンデルに手を振る。
「ほら、入っていいらしいぞ」
リンデルはテクテクとやってくるとため息を吐いた。
「貴様はあんまり工夫をせんな。もう少し、こう頭を使って……」
「馬鹿言うな。今の動きは最初から最後まで詰将棋の様な緻密な計算があったんだぞ」
その前提として膨大な知識と経験、観察力に推理力、そうして計画立案能力に場面ごとの適切な判断力も問われる場面だった。裕次郎としてはむしろフルに思考を巡らせたのだ。
考えなしの様に言われるのは全く心外である。
「阿呆め。ワシが言うのは暴れる以外の選択肢を取らんのだな、ということじゃ」
呆れたようにリンデルがボヤく。
しかし状況を考えても今後の推移を考えても潰せる人間は潰していくのが一番安全策である。リンデルの身を守るためにもそれは譲れぬ判断であった。
「ワシがどれだけ力を振るうのを押えて地味にやっておるか、その前でボコスカと暴れおって、少しはワシに申し訳ないと思わんのか!」
なんという自分勝手な八つ当たりだ。
裕次郎は苦笑を浮かべるが、しかしかつて仕えた実兄や実父もかなり勝手な文句を言ってきたので、主人たる者の才能とはつまり勝手な言い分を振り回すことなのだと納得し、いつも通り聞き流す。
「まぁ、行こうか」
裕次郎は棒を担ぐと、神殿を指差すのだった。
※
神殿内部には入り口付近だけでも十人ほどが忙しく働いていた。
当たり前のような顔をして入ってきた裕次郎とリンデルに、皆が視線を向けるのだが、声を掛けることなく仕事を続けている。
「活気があるのう。それに暖かい」
周囲を見回しながらリンデルが呟く。彼女の言う通り、確かに気温は高かった。
こんなに風通しのいい建物で、高地にあれば相当に寒いはずだ。かといって暖房の類は見当たらない。
裕次郎は鼻を動かしで空気の匂いを嗅いだ。
煤臭さや石油の匂いは感じられない。
「エアコンかな。あるいは温水暖房」
裕次郎が知る暖房で匂いが少ないものと言えばそれだ。
しかし、リンデルはフルフルと首を振った。
「この世界に電気を発電する施設はまだ建設されておらん。温水は温泉でも出れば可能じゃが、この山は死火山じゃ。さて、そうなると一番考えやすいのは排熱利用じゃな」
「排熱、といったってそれこそ山の上だ。木も生えていなきゃ発酵させる基材だって少ない」
例えば炭や陶器を焼く際の排熱は膨大な熱量になるが、燃料が不足するため、いずれもこの環境では無理そうだ。発酵熱もバカにしたものじゃないが、この巨大な施設を丸ごと温めるのは無理だろう。
「ふっふっふ、貴様は推理力があるが、元の世界に常識にとらわれやすい。もっと違う力学がこの世界には成立するじゃろうが」
リンデルは誇らしく胸を張り、がなった。
さすがに周囲の視線も集まってくる。
「ワシの父祖は一息で平原を燃やし尽くしたという。これはつまり魔力をエネルギーに変換する魔法じゃが、逆に考えてみろ。エネルギーを魔力の結晶に変える際、効率が完全でなければどうなるか」
完全なエネルギー効率など存在しない。
裕次郎は熱源に納得すると同時に、どれほどのエネルギー量が魔力に変換されているのかを考えるのだった。
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