第46話 赤砂のイラ
「この世の不条理を感じることはないかね。いや、あるはずだ。一定以上に力のある者はそれを隠さなければこの世界では生きていけない。どうだね、私たちと一緒に自由な世界を築いてはみないか」
黒い使い魔の熱心な勧誘を、リンデルは冷めた目線で見つめていた。
「耳が汚れる。それ以上は喋るな」
「リンデル、こいつは殺せるのか?」
裕次郎はいつでもリンデルをかばえる位置に立って聞いた。
「こいつというのが目の前におる、この部分だけのことなら基本的にはスタンドアローンの疑似生命体じゃ。エネルギーを魔力に頼っておるが、それが尽きれば死ぬ。本体を殺すのはやや厄介じゃがの」
裕次郎の問いにリンデルが答えた。
「そう、生物には強度というものがある。しかし、現在この世界を統べる種族は傲岸不遜。これに一矢報いるには魔獣の……」
「待て、俺たちの森に来て大勢を殺し、赤砂を奪っていったのは貴様らか。答えろ!」
ガガの声には、はっきりと怒気が滲んでいた。
黒い使い魔は目をギョロリと動かすとガガの存在に今気づいたような表情を浮かべた。
「エルフ、やぁエルフ。我々の活動には赤砂と、それに関連する諸々が必要だった。だからその質問に答えるのであれば、そのとおりだ」
瞬間、ガガは拳大の石を投擲し、使い魔を打ち砕いた。
飛び散った破片は黒い粒になり、意志を持つスライムの様に蠢く。
「おい、あれはどうなるんだ?」
「砂でもまぶしておけ。混ざった異物を排斥しようとするからそれで魔力が尽きる。じゃが気を付けろ。ほんの一滴でも体内に入れると体を乗っ取られるかもしれん」
リンデルの言葉にしたがって裕次郎は黒い粘性体に砂を掛けた。
確かに、体に乗った砂粒が沈みこみ、そしてゆっくりと押しのけられている。
「クソめ!」
普段無表情のガガが目を見開き、涎を垂らしながら地面を叩き、砂を掴み取ると、黒い破片に向けて投げ散らした。
「おまえらの事情など、知るか。家族を返せ!」
目を血走らせ、再び地面を殴りつける。と、表情を崩してうずくまった。
「ほら、言わんこっちゃない。体がバラバラになると忠告はしたぞ」
「ヒルダ、ガガを連れて山を降りるんだ。道中に気を付けろよ。そうだな、俺が砲台をぶっ飛ばした辺りにでも隠れていてくれ」
裕次郎も有無を言わせぬ口調でヒルダに命じる。
魔法の腕輪を使っても登る側は経路を限られる。が、下る際はかなり自由な道順を降りることが出来るため、適当に進めば待ち伏せはないだろう。
「待て、裕次郎……!」
ガガの長い手が裕次郎のズボンを掴んだ。
激痛に苛まれ、声は途切れつつある。
裕次郎はガガの口元に耳を寄せた。するとガガが呻くように言葉を絞り出した。
「リンデルの特別な薬、あれは龍の血と呼ばれる猛毒だ。通常はあんなもの口にすれば体がはじけ飛ぶ。どんなに薄めようが薬にはならん危険なものだ。オマエが無事だった理由はわからんが次も大丈夫とは限らん。もう、あれを口にするな」
それはガガがリンデルに伏せ、裕次郎にだけ伝えたい言葉だったのだろう。
囁きを終えるとガガは地面に突っ伏した。
「言いたいことはわかった。参考にさせて貰うとも」
手を引いてガガを立たせると肩を貸した。
「ついでに俺の言いたいことも伝えておくが、オマエの代わりにあいつらをぶっ飛ばしてくるから、あとできちんと礼を言えよ」
「赤砂と、魔道具も……」
「その辺はワシが見立てるゆえ、心配は要らぬ。さてそれでは行くか、裕次郎」
リンデルはそう言うと先に飛び出して行く。
ガガとヒルダは心配そうに裕次郎を見ていたが、主を守るのが第一だ。
裕次郎も後を追って飛んだ。
※
「ジットラの体にもアイツのかけらがいたのかね?」
飛びながら裕次郎が聞いた。
「馬鹿者、そんなのはすぐに取り出したわい」
「ところで、さっきの使い魔。納得がどうとか言っていたが……」
「つまらん話よ。裕次郎が以前おった世界とこの世界の最大の違いは上位生命体の存在だと言った事があったのう」
確かに裕次郎は転生してすぐにそんな話を聞いた。
古い化け狸の祟りを恐れてリンデルは力を隠しているとかなんとか。
「件の年寄りどもは自らの足場を揺らす存在を決して許容せん。同族のワシであってもじゃが異種族はなおのこと。老いぼれどもは同族を屠った者を“魔獣”と呼称して攻撃を仕掛けてくる。それも普段は馴れ合わんくせにそういうときだけは群れでやってくるんじゃ。だからワシは奴らを纏めて撃ち殺せる様になるまで隠れておる」
そのための護衛や手伝いが裕次郎の仕事であるのは理解していた。そこには何の疑問も文句もない。
しかし化け狸こそ魔獣そのものではなかろうか。裕次郎はそんなことを思い、リンデルを怒らせても面倒なのでそっと言葉を飲み込む。
「だがこの国にはかつて、二匹の魔獣がいた。一匹がゲーラソールという怪物で、遙か昔に爺どもに封印されたと聞いておる。もう一匹が三百年程前に発生した通称『赤砂の魔女』と呼ばれる人間じゃった」
「それは赤砂の小瓶と関係があるのか?」
「関係もなにも赤砂はその魔女の、イラという小娘だったそうじゃが、イラの魔法の一部じゃ。ワシも爺どもを殺すのにイラの赤砂には興味があったが排他的で秘密主義のエルフに預けて封印させておったんじゃのう」
リンデルは手で小瓶を弄びながら、嬉しそうに表情を歪めた。
「イラは征伐にやってきた爺どもを三匹まで道連れにしたという。あり得ぬ程に、さぞかし強力な魔法だったはずじゃ。グロウダッカの狙いも失われた魔法の復元といったところじゃろうが、なにもかもをワシが奪ってやるわい」
強欲な少女は舌嘗めずりをし、餌を前にした猫のような表情を浮かべる。
その顔は黄金を目にした時とは全く別種の喜悦に満ちていた。
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