第45話 怪人枝

「抵抗出来るか?」


 裕次郎は血に塗れた穂先を掴むと、力任せに押さえつける。

 表情を歪めたゴルンは呻きながら地面に倒れた。

 内臓を貫かれた槍を握られるというのは生物に例外なく猛烈な苦痛を与えるだろう。

 

「ガガ、よくやった」


 裕次郎の言葉にガガは何事か返そうとしているが、口からは涎を垂らすばかりで言葉は出てこなかった。

 最初にもらった一撃がよほど効いたのだろう。

 全くの不意を撃たれたのだとすればおそらく、臓器も骨も傷んでいる。

 裕次郎は槍の一端を踏みつけゴルンを制しつつ剣を握りなおした。


「殺しておくか?」


 裕次郎の問いに、ガガはゆっくりと頷いた。次の瞬間、怒りを浮かべるゴルンの頭部は一閃した剣に刈り取られて跳んでいく。

 どのみち槍の怪我は致命傷である。わざわざ苦痛を長引かせる趣味も裕次郎にはない。

 

「ふむ、ヒルダも生きているし首尾は上々じゃの」


 呟くリンデルの足下でヒルダは苦しそうに喘いでいた。

 両目には涙を浮かべて空を仰ぎ見ている。

 

「ガガ、動けるか?」


 裕次郎の問いにガガは頷いて返した。


「ムリじゃの。しばらくは静養せんと、死ぬぞ」


 リンデルの見立てはおそらく正しい。

 しかし、ガガは首を振ると吐きかけた液体を強引に飲み干した。

 

「明日死んでもいい。俺は氏族の誇りを取り返しに来たんだ」


 かすれた声をひねり出したガガは震える手で槍をゴルンから引き抜いた。

 手足や覗く肌にびっしりと鳥肌が浮いている。不調は明らかだった。


「いや、ダメじゃ。貴様はワシの助手じゃから死ぬことは許さん」


 リンデルが手のひらを差し出すので、裕次郎は赤砂の小瓶を置いた。

 

「あんまりやりたくないんじゃが、少しくらいは仕方あるまいのう」


 そう言うと蓋を開け中身の粒を数個取り出した。

 

「本来、こういう結晶化された魔力には目的化された使用法が付随する。この腕輪や大砲はそういった目的外の現象を起こすために用いられる補助具なのじゃが……ううむ、嫌じゃの。嫌でたまらん。ガガ、これも貸しじゃから忘れるでないぞ」


 リンデルの手のひらは口に近づけられ、載せられた砂粒は赤さで負けないリンデルの舌に嘗めとられた。

 口の中でモゴモゴとしていたリンデルは目を瞑るとそれを一息に飲み干す。

 直後、苦いものを食った時の表情でリンデルは舌を突きだした。その上に載っていた赤砂はなくなっていた。

 

「結晶化された魔力を解凍して利用すればワシ自身の魔力消費は大幅に抑えられる。察知もされづらかろう」


 ガガの服をめくり、背中にリンデルの手が押し当てられた。

 発剄の様相だなと裕次郎は思う。力を発揮するという意味では大きく変わるまい。

 すると、リンデルの全身が発光しだした。

 ぼんやりと、淡い光は肩に収束し、腕を通してガガの体内に流れ込んでいく。時間にして数秒の光景を裕次郎は興味深く見ていた。


「ま、こんなもんじゃろ。これ以上はワシが見つかるリスクもあがる。どうじゃガガ?」


 言いながらリンデルはガガの背中を軽く叩いた。

 ガガは目を丸くしながら振り返り、リンデルを見つめていた。

 先ほどまでは体を動かすだけで痛そうだったのに、腰を曲げられる程度に痛みが退いたのだろう。


「魔法……使い。薬師ではなかったのか?」


「はぁ、詰まらん事を聞くな。ワシはワシじゃい。怪我具合が悪くないならヒルダを連れて山を降りろ。ここからは案内も不要じゃろ」


「いや、待て。これは俺の大事だ、俺は帰らない!」


 ガガは表情を歪めながら断言した。

 もともとガガの因縁で参加した裕次郎も、それはそうだろうと思った。

 

「馬鹿者。貴様の体はざっくりと『元に戻した』だけじゃ。血管や骨はまだつながっておらん。安静にせんとすぐにまたバラバラになるぞ。と、いうかその体で着いてこられれば邪魔で赤砂の奪還もグロウダッカの壊滅も叶わなくなる。氏族の誇りを大事にするのであれば尚更おとなしく行け」


「ふむ、魔法使いか。面白い」


 ぞっとするほど冷たい声が辺りに響いた。

 裕次郎は剣を持って周囲を探るが、誰もいない。

 声の発信源に向けて目線をやると、ゴルンの死体が転がっていた。

 見ればゴルンの死体は小刻みに震えている。

 

「お嬢さん、グロウダッカに入らないかね。魔法を使える者は貴重だ。ある程度の要求は聞くよ」


 首の切断面からコールタールの様な粘度の液体がはみ出し揺れていた。真っ黒な体から真っ黒な物体が飛び出しているので、一見、違和感は見えない。

 しかし、首を撥ねれば抜けるはずの大量の血液がほとんど流れ出ていないので尋常の事ではあるまい。


「気持ちの悪い使い魔風情がワシと対等な口を利くな。馬鹿者」


 リンデルは冷たく言い放ち、ゴルンの死体を見下す。

 

「なんだあれは?」


 警戒しながら裕次郎はリンデルを守りやすい位置に移動した。

 

「あれは薄汚い使い魔じゃ。言い方を変えればグロウダッカ首領の分身じゃろ」


「よくご存知だ。いよいよ、配下に欲しい」


「配下になればこの身にも分身を植え付けるか。おぞましい話じゃの」


 コールタールは地面と垂直方向にニョロリと延びると、人の顔を形作るのだった。

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