第43話 女傑ダエッタ

「とりあえず回避に専念しろ!」


 敵にも聞こえるほどの大声で怒鳴り、無策な指示もあったもんだと裕次郎は笑った。

 しかし、飛行の腕輪を持っているのだ。奇襲に失敗した今、射点が定まった三十程度の弓など実は怖くない。背を向ければ狙われてしまうものの、よく見て動き回ればまばらな矢しか飛んでこないのだ。

 ガガもヒルダも了解したらしく、裕次郎がリンデルを抱えて飛びのくと、同じように距離を開けた。

 パラパラと降ってくる矢が避けられ、叩き落される。対する裕次郎たちも反撃の手段は限られる。

 千日手である。だが実際に千日手が千日間も繰り返されることは少ない。

 現に十射を数える前には射手の緊張感が解けて矢の精度が落ち始めていた。

 裕次郎たちにも降り積もる疲労があるとはいえ、だんだん慣れてくる回避作業と、体力も集中力も使う射撃では疲労の蓄積する速さが異なる。

 大きく敵の群に打ち込むのではなく、離れた個体に向けて狙いをつけるのもそれに拍車をかけているだろう。

 自分が防御側の指揮者なら、と裕次郎は考える。

 襲撃者を釘付けにしている間に次の手を打つ。

 と、間もなく進行方向から複数の足音が響いてきた。

 

「ガガ、しばらくの間リンデルを守っていろ!」

 

 リンデルを放り棄て、裕次郎は跳んだ。

 背後で雑に扱われたリンデルが抗議の声を上げるが、裕次郎はそれよりも崖の上の射手に注意を向けていた。

 案の定、撃ち疲れた射手は突然の移動に対応できず射かけてこない。

 曲がり角から姿を現したのは七名の剣士たちだった。

 いずれも軽装ながら剥き身の大剣を携えている。

 正直にいって、裕次郎は彼らがどんな思想を持つ集団か知らなかった。

 どんな人々がどんな思いで所属しているのか。

 ただ、偶然ヒルダと縁を持った為に、また彼らがおそらくはエルフの森からガガの大事な物を盗み出したが故に、裕次郎はついてきたに過ぎない。

 その裕次郎の手が先頭に立つ青年剣士の眼球を叩き潰した。

 人差し指と中指を束ねた物が左の眼窩に刺さり、親指が右目を抉る。

 前方にうずくまろうとする青年を突き飛ばせば背後の連中にぶつかり全員の動きが乱れる。

 裕次郎は回り込みながら右手側の男を殴りつけ、先にいる男の金的を蹴り上げた。頬骨は折れ、睾丸どころか恥骨も砕けた感覚が手足に残る。

 老体の時にはどれも軽傷を与えるに止まった一撃がどれもおもしろいように決まった。

 西洋剣を引き抜き柄を握ったまま鉄槌打ちの要領で手近な者の鼻面を砕くと、剣を一閃し間合いにいた者の頬を切り裂いた。

 あっという間に四人が倒れ、立っている者も一人は頬から血を流している。

 

「貴様!」


 妙な声を吐きながら最後尾の巨漢が切りつけてきた。

 いや、ガガに負けない巨体の女だ。

 手足が長い分、遠くまで届く。裕次郎は本能的にさがって距離をとろうとしたが、矢に狙われているのを思い出し危うく踏みとどまった。敵の群から離れると、容赦なく射かけてくるだろう。

 とっさに受けた剣の一撃は重たく、鋭い。

 いなしながら距離を詰めようとしたものの他の二人が剣を伸ばして遮られてしまった。

 

「その女はダエッタ、グロウダッカの幹部です。気をつけてください!」


 背後からヒルダの声が飛ぶが、三本の剣と向かい合う裕次郎はそれに返事をする暇もない。

 三人ともなかなかの手練れである。中でもダエッタというらしい女剣士は膂力、間合いともに段違いだった。

 強引に距離を詰めれば一人くらいは殺せるが、残り二本の剣に体を貫かれるだろう。

 

「ナフ、裏切り者め。コイツの次には貴様も切り刻んでやるからな。震えて待っていろ!」


 ダエッタは恐ろしく腹に響く声で怒鳴った。

 つり上がった目といい、この女の方がリンデルよりもよほど“魔女”の肩書きが相応しい。

 

「裕次郎、加勢するか?」


 背後から飛ぶガガの声に、剣先を交わしながら裕次郎は不要と答える。

 確かに彼女たちは腕利きだが、ジットラ程の怪物ではない。

 裕次郎は一歩だけ下がって射手の様子を窺ってみた。

 やはり矢は飛んでこない。間違って幹部のダエッタに矢が当たれば問題になるのだろう。

 ならばと突き出される剣を払ってさらに一歩離れる。

 そこには先ほど打ち倒した剣士の連中が倒れていた。

 裕次郎は眼を失った剣士のベルトを掴むと無理矢理立たせる。仲間の無惨な顔に直面し、ダエッタたちは表情を歪めた。

 それでも怯む様子はない。仲間の生死などに拘る甘い連中ではないのだろう。

 その真ん中に裕次郎は眼を無くした剣士を突き飛ばした。

 たたらを踏んで進む暗闇の男に、仲間たちは一瞬どうしていいか戸惑った挙げ句、まだ生きている仲間に当たらないようにとっさに剣を引いたのだ。

 その瞬間、裕次郎は目の前の背中に深々と剣を突き刺した。

 背中から胸に突き抜けた剣先は、そのまま哀れな仲間に視線を向けていた剣士の胸も貫いていた。

 串刺しとなった二人から離れ、裕次郎は他の剣士が取り落とした大剣を拾う。

 

「甘いぞ、邪魔なら仲間でも即座に切り捨てろ!」


 大声で吼え、裕次郎は次の怪我人を立たせて強引に突き飛ばす。

 

「外道が!」


 ダエッタの剛剣はつんのめるように歩み寄ってきた部下を真っ二つに切り捨てた。大きな切り口から真っ赤な鮮血が飛び散る。

 しかし、二人や三人が連携しているから怖いのだ。この瞬間、局面は裕次郎と残りの剣士一人との対戦に変じた。

 それも、ダエッタの剣が部下を斬り殺す方に視線が吸い寄せられた対手を、裕次郎はあっさりと屠るのだった。

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