第42話 猟兵
「あ、バカモノ。あやつらの魔術兵器群は回収したかったのに、バラバラにしおって」
裕次郎に遅れて飛んできたリンデルが空中で怒鳴る。
果たして、どこに気をつけ様があったろうかなどと思いつつ裕次郎が振り返ると背後には砲弾が落ちたような穴が点々とあいていた。
ほんの短い間に無我夢中で駆け抜けた為に深くは考えなかったが、その瞬間空気が重たい壁となり地面が極端に滑るようになった。
仕方がないので足を地面に差し込むように走ると効率よく前進が出来た。
その足跡が地面に残っているのだ。
「すごい威力だな」
同じく飛んできたガガも周囲の惨状を見ながら呻くように言う。
「まあ、威力だけじゃないがの。裕次郎、体にどこか具合の悪い所はあるか?」
リンデルはフン、と鼻で笑い付け加えた。
裕次郎は右手で胸を触ってみる。
ジットラと戦った時に打たれた場所が全く痛くない。それどころか全身の怪我から痛みが消えていることに気づいた。
「痛み止めか。あまり強いと常習性や内蔵へのダメージが……」
「バカモノ、痛みが無いのではないわ。怪我が消えたのじゃ」
確かに打撲跡を強く押しても痛みが無いし、切り裂かれた傷も消えていた。
「どうじゃ、ワシの偉大さがわかったじゃろう!」
にひひと笑い、リンデルは胸を反らせる。
「貴様は一秒に満たぬほどの間ワシの内部と直結し、ワシの力の一部がその身に流れ込んだのじゃ。そりゃあ、爽快じゃったろう。怪力、感覚の深化、怪我の治癒。貴様の力は瞬間的とはいえ龍に等しいものになった。まったく、力の持ち主のワシが自重しておるのに、派手な使い方をして楽しかったじゃろうのう!」
自慢気な物言いが、後半に行くに連れて怒気が混じり話し終えると裕次郎の尻が蹴られた。
しかし、と裕次郎は思う。
先ほど体感した力がこの少女のものだとすればまったく巨大な濁流を内に秘めている事になる。
とんでもない白狸だ。
どれくらいのきっかけで狸がこれほどの力を持つに至ったものか。
「リンデル、裕次郎、その薬を多用するのはやめろ」
顎に手を当てて考え込む裕次郎にガガが言った。
しかし、リンデルは不敵に笑うとブイサインを繰り出した。
「心配するなガガ。どのみちこの薬はあと二包しかない。実際に使ってみたデータを元に修正し、本格生産はそのあとじゃからな。もっとも、原料の入手が困難というのも理由じゃがの」
ガガはそれでも深刻な表情を崩さずに黙り込んでいた。
※
さらに進むと、視線を感じる事が増えてきた。
空を駆ける間も確実に見られているが、表だった攻撃は砲撃陣地以降絶えている。
「コストが高すぎるんじゃよ。砲台も、弾薬も」
リンデルがふと呟いた。
なるほど、潤沢な武装を自軍に施せるなど近代以降の国軍のみだ。
要点に散らばって設置された砲撃陣地も密度は高くないのかもしれない。
ヒルダの案内するルートはいつの間にか山岳に近づいており、傾斜が段々ときつくなってきた。
腕輪の性質上、極端な段差のある崖は飛び越えづらく、トラバースをするにしてもコースは極端に限定される。
天然の要害だ。山を登りながら裕次郎は思った。
空飛ぶ歩兵発生器とでもいうような魔法の腕輪を持つ組織らしく、それを装備した相手の襲撃も考慮しているのだろう。
「撃て!」
三十メートル程もある崖の上から声が響き、同時に数十の矢が降ってきた。
「ガガはヒルダを!」
裕次郎の声に答えたガガはヒルダの前に立ちふさがると手にした短槍で飛びくる矢を払う。
裕次郎もリンデルを庇いながら自らに向かう三本の矢を正確に打ち落とした。
崖の上には二十名程の弓隊が並んでおり、第二射をつがえていた。
高所から狙われれば歩兵どころか多少飛べる者でもなす術なく一方的にハリネズミにされる。
通常なら。
しかし、ガガは通常の人ではなかった。落ちた矢を素早く拾うと、そのまま投げ返したのである。
投擲された矢はうなりをあげて飛び、弓隊の一人を貫く。
「くそ、質の悪い矢だ。隣の奴に当たりやがった!」
毒づきながら、ガガは二本目の矢を投げた。
これも真っ直ぐに飛び、弓隊を打ち倒す。
打ち根か、投げ矢か。裕次郎の脳内で類似の技術が浮かんでくる。
日本だけに限っても矢を手で投げる技法は確立されていた。しかし、あくまでも数歩の間合いで行う技術であり、それをもって弓矢と打ち合える様なものでは全くない。
それでも現実にガガは敵を倒している。
投石に投げ矢、それに槍。この男はつくづく狩人なのだろう。
だが、こちらは一人で向こうは二十人だと打ち手の数が違いすぎる。
第二射が降り注ぎ、これも裕次郎は打ち払った。
「ガガさん、私は大丈夫です!」
見ればヒルダもストルテンバーから借りてきた剣を引き抜き、矢を防いでいた。
その動きを見れば武術へ精通していることがわかる。さすがに潜入任務を与えられるだけのことはある。
今のところ損害は無いとはいえ、崖の上からの撃ち下ろしに対してこちらは圧倒的に不利だし、背を向けて逃げるのも難しい。
伝説の十割バッターでもないのだから、いつかミスをして矢を身に突き立てるだろう。
「リンデル、さっきの薬をくれ」
裕次郎が頼むとリンデルは怒ったように首を振った。
「貴重な薬をこんな場所で雑兵相手に使うというのか。自力でどうにかせい。さっきのはデータ収集もかねた試験投薬じゃ。大事な場面でいきなり飲ませて貴様の体が弾け飛んだらワシが困るからな」
そいつは困ったな。
第三射をつがえる弓隊を睨みながら裕次郎は敵の携行する矢数が少ない事を祈るのだった。
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