第41話 とっておき

 空を飛ぶ腕輪はコツを掴むと非常に快適だった。

 星空を高くのぼり、滑空しながらゆっくりと落ちていく。

 超高性能なジャンプブーツを履いている感覚と言えば近いだろうか。

 ヒルダの言ったとおり、一歩で三キロから四キロ程の距離を進める。時速にして三十キロ程だろうか。飛び上がったときの最高地点は樹木の天頂部を越えるので十メートル以上だ。

 しかしながら、高低差のある場所よりは平らな場所の方が速度も出るし、高速で着地して地面を蹴る関係からなにがあるのかわからない草地やぬかるんだ湿地帯などは通りにくい。

 と言うわけで空を飛びながら一行は結局踏み固められた街道を走る事になるのだ。

 性能を分析しながら裕次郎はこの道具の使用法を検討していた。

 先頭を行くヒルダと、それに続くガガ。最後尾の裕次郎。どちらからも守られる位置にいるリンデル。

 この道具があれば多少、警備が厳重な施設であっても簡単に侵入が出来てしまう。

 それだけに、裕次郎なら防空線を引くのを絶対に怠ったりしない。

 その運用コストと複雑さ故に忘れられた魔術という技術は、使いこなせば裕次郎のいた世界の科学技術に劣らないだろう。

 であれば防衛側の準備もなんとなく見えてくる。

 と、左手の丘陵に星が出現した。

 なんだと裕次郎が目を細めて判別する間に赤く輝くそれはうねる様に揺れ、こちらに向かって真っ直ぐ跳んできた。

 数キロの距離を一息で駆け抜け、追尾する火球が迫る。


「敵だ!」


 裕次郎は仲間に知らせるために叫んだ。

 舌打ちをしたリンデルは、火球に向かって手を伸す。

 

「失せろ、バカモノ!」


 すると、火球は目的を見失ったかのように上昇し、上空で爆発した。

 余波でヒルダはバランスを崩し、届いた熱は裕次郎の皮膚を炙る。

 直撃すれば人間など消し飛ぶ様な一撃だった。

 なるほど、ミサイルの様な攻撃も出来るのか。

 死の危機に晒されながら、裕次郎は感心していた。

 

「ふむ、どうやら警戒網に引っかかったのう」


 見晴らしのいい草原に降り立ち、リンデルは言った。

 ガガがヒルダを助け起こし、四人は手近な窪地に伏せる。

 

「向こうに四人いる。何か、機械のようなものが一つ……」


 ガガは火球が飛び出した丘を睨みながら言った。

 丘までは数キロの距離があり裕次郎には全く見えないが、この巨漢の目は暗闇と距離を見通すらしい。

 しかし、それは敵も一緒で敵味方を判別して闇夜を舞う裕次郎たちを攻撃してきたのだから、なんらかの装備があるのだろう。

 

「ほう、さすが魔術結社を名乗るだけあるわい。火球砲じゃの。目標を追尾する火球を放つ防御兵器じゃ。威力と射程と発射速度はトレードオフじゃが、なかなか優秀な兵器でもある」


 リンデルは感心したように言った。

 地対空ミサイルの様なものだなと裕次郎は思う。

 

「リンデル様、どうにかならないんですか?」


 顔から転んだらしく、泥だらけのヒルダがリンデルに聞いた。


「どうにか、ねぇ。あの程度はどうにでもなるがな、同時に難しくもある。諸事情によりワシは魔力をおいそれとは使えんからの。先ほど火球を反らしたのもとっさにやったがワシらしくない失敗じゃった」

 

 リンデルはヒルダに答える。

 それを横目に裕次郎は地形を確認した。丘までは空を飛ぶ腕輪で一歩半。

 強引に接近しても長い滞空中を狙われれば先ほどの火球でバラバラにされかねない。

 しかし、無視して逃げるにも周囲の道路は延々と平地を延びているので背後からの攻撃を覚悟しなければならない。

 

「だが、そんな時の為に裕次郎がおる」


 リンデルの言葉に振り返れば、裕次郎の眼前に薬包が差し出されていた。

 

「飲め、裕次郎。普通の生物が口にすれば全身が石に変じる猛毒じゃが貴様の体はこれに適合するように作ってある。飲めば、あの程度は大したことなくなるぞ」


「そいつは……」


 ガガはその薬を見て眉を潜める。

 あまり素性のいい薬品ではなさそうだ。

 しかし、裕次郎は薬包を受け取ると迷わず口に含んだ。瞬間、強烈な苦みが口に広がり、唾液が沸いてくる。


「我慢して飲み込め。悪薬も口に苦い。しかし効果は約束してやる」


 目眩と耳鳴りが襲いかかり、裕次郎は薬を吐き出しそうになった。

 なるほど確かに毒だ。

 体が猛烈な拒否反応を示しており、一刻も早く排出したがっていた。

 それら全てを苦労して飲み下す。それから一呼吸で全ての不調は消え去った。

 感覚が異常に研ぎ澄まされている。

 丘を見ればガガの言う四人組が見え、耳を澄ませば連中の鼓動まで聞こえてきそうだった。

 全身が粟立ち、同時に力が溢れ出す。体内で巨大な竜巻が発生したような感じがした。

 なんだこれは。

 裕次郎は自らの変貌に戸惑っていた。

 脳内では思考が渦巻き火花が飛びそうだ。

 裕次郎はふと気づいた。

 ガガが止まっている。いや、リンデルもヒルダも止まっている。

 

 加速装置か。


 裕次郎は昔読んだ小説の、ワンシーンを思い出した。

 薬効が切れるまで一秒か、二秒か。

 離れた場所に陣取る敵の元にたどり着くまで、それは十分な時間だった。

 グロウダッカの構成員たちは目の前に突然現れた裕次郎になにを思っただろうか。

 しかし全速力でやってきた裕次郎が割いた音速の壁は、衝撃波の反動を持って彼らに襲いかかり粉々にしてしまったため、答えを聞くことは永遠に出来なかった。

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