第40話 魔法

 裕次郎はマディに宴会の後始末を頼むと、リンデルとともに家の中に引っ込んだ。

 多少の準備が必要である。

 リンデルも小さなリュックを背負っているが、その中に必要な品は全て収まっているらしい。


「なあ、リンデル」


 ナイフを左腰に、短剣を右足にくくりつけながら裕次郎は聞いた。


「別に言いたくないならいいが、さっきの赤砂とか魔法ってなんだね」


 素朴な疑問である。

 まったく知らない技術で自分の体が作成されており、小人たちも見た以上、現実主義者の裕次郎はそういうこともあるだろうと受け止めていた。

 しかし、たとえば巨人になったり空を飛んだり、生命を砂粒に変えるなどの技術がどんな法に基づいて運用されているのかを知りたかった。

 

「ふむ」


 リンデルは椅子に座って天井を見上げる。

 

「そうじゃのう。端的に言えば忘れられた技術といえるかの。裕次郎は街を歩いて魔法に類する商店や個人に会ったことは無いはずじゃ。そう気安いものではない。この世界で一般的にいえば超技術のこと全般を魔法という。おまえの元おった世界でもそうじゃったから、解りやすかろう。手品や、錬金術がそれに近い。初めて火薬を運用した者も魔法使いの様に見られたじゃろう」


 確かに寝技が抜群に上手い連中は魔術師と呼ばれていたし、狙撃が上手い奴もそう呼ばれていた。


「しかし、比喩ではない技術としてこういう物がこの世界には存在する」


 リンデルは腕輪を机の上に置いた。

 

「物理法則を別の仮法則で一時的に書き換える。そんな技術を差して狭義では魔法というのじゃ。人間が質量の保存則を越えて怪物に変じる。上空に舞い上がり、滞空しながら移動できる」


「死者を新しい体に入れ替えるとかもか?」


「んん、それは少し違うかの。まず、先ほど赤砂を見せたが、あれは生物の中に存在する魔力を抽出する邪法によって集められた魔法の原動力に他ならん。逆に言えば生物の中には極微量の魔力が内在することにもなる。それらを集めて指向性を持たせてやれば、量によっては戦車も戦闘機も戦艦も作ることが理論上は可能じゃ。実際には無理かつ無駄じゃから誰もやらんじゃろうけどもな」


「魔法を使う度に魔力が消耗していくからだろう」


 何でも出来るのに、裕次郎が見たこの世界は以前の世界と大差ない文化の進み方をしている。本当に万能ですばらしい技術であるのなら積極的に研究されて実用化している筈だ。


「そう。たとえば川から水を汲んで風呂桶いっぱいに溜めるとして、魔法なら赤い砂粒一つを消費して行うことになるじゃろう。が、その為に一人を殺すのであればそもそもそいつに働かせた方がずっと効率的で無駄がない。おぬしが以前おった場所で可能だった全てのことは、元の世界でやるのと同じようにやった方がだいたいにおいて割がいい」


「それで忘れられていったと」

 

「うむ。魔法なぞ今では原始魔法生物群か変わり者の魔法研究家くらいしか使わん。そこに行くと今回は魔法研究家が敵になるわけじゃな」


「原始魔法生物群とは?」


「大量の魔力を内包し消耗することはない、天変地異のごとき現象を呼吸の様に引き起こせる、一般生物とは別の世界に生きる生き物たちじゃ。ワシもその一員じゃが」


 その事実があまり嬉しくないらしく、リンデルは唇をとがらせて視線を逸らした。

 しかし、この狸娘は人間変化をしているが、なるほど原始魔法生物群とは妖怪全般の、魔法というのは神通力とでも表現できる力のことだろうと裕次郎は理解した。

 

「しかし、リンデルは魔法を使えないわけだ」


 確か、同族に狙われるからと言ってはいなかっただろうか。


「全く使えんということはないが、ワシが隠れておるのを見つけられると困る。森にある、魔力遮断用結界の中でささやかな魔力使用が精一杯なのじゃ。だからこんな腕輪の修理にわざわざ森まで帰る羽目になったわい」


「飛んで帰ってきたが、それは大丈夫なのか?」


「そもそもこの腕輪は魔法に関する素養が無い者の為に作成された魔導具と呼ばれるものの一つでな、魔力を注げば作動する機械のようなものなのじゃ。一般生物が作成したものを人間と同じように使っている限り嗅ぎつけられることはない。たとえ気持ち悪いほどに鼻が利く老いぼれどもにもな」

 

  リンデルは忌々しそうに同族のことを呼んだ。

 よほど、恐ろしくて嫌いなのだろう。

 

「ちなみに、グロウダッカの連中はこの腕輪にも赤砂を流用しておったが、今はワシの魔力を封入してある。四、五日は飛び続けることが出来るじゃろ」


 荷物が纏まり、裕次郎はリュックを背負った。

 いまいちわからないが、それでもいいのだ。リンデルが望むままになすことが裕次郎の仕事であった。


「勉強になったよ。それじゃあ最後に。俺は成り行きで参加するがあの赤砂はガガたちエルフの大事なものらしいな。あれはそもそもなんなんだね?」


 裕次郎の問いにリンデルは少し考えたが、すぐに答えてくれた。


「魔力はなにも赤い砂粒の形をしている訳ではない。あれは大昔に存在した強大な魔女がそういう仕組みの魔力変換瓶を作っての。それをエルフが保管していたのじゃ。サイズとしてはインスタントコーヒーの大瓶くらいかな」


 妙に俗っぽい説明に裕次郎は思わず笑ってしまう。


「そうして固定した魔力を他の模造小瓶に移して、こんな腕輪の動力なんかに利用しているのじゃが……元の魔女が使っていた魔法はワシでも警戒せねばならん強力なものじゃった」


「具体的にはどんな魔法だね?」


 裕次郎の問いにリンデルは渋い顔を浮かべた。


「暴走すれば大陸が滅ぶ。核兵器か疫病のごとき魔法じゃ。だから、その遺品をオモチャと勘違いして弄ぶ大馬鹿者には滅んで貰わねばならぬし、きちんと封印が出来るのであれば今後もエルフに守って貰わねばならん」


 裕次郎はリンデルの真剣な表情を初めて見たな、と思った。

 

「俺はリンデルの従者だから、リンデルがやりたいことは何でもやるさ。取り返せと言えば取り返すし、皆殺しにしろと言われたら殺してくる」


「当然じゃな。世界の至宝を守らせてやるのじゃから幸運に思え。さ、行くぞ。そろそろガガの我慢も限界じゃろ。そうなったらあいつは一人でも飛んでいってしまいそうじゃからな」


 いつの間にか不敵な表情に戻ったリンデルは軽く笑い、扉を出て行くのだった。


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