第39話 強い思い
派手な登場に村人たちが空を見上げてザワつく。
まるで逆噴射でもしているかの様にゆっくり、リンデルとガガは地面に降り立った。
「星夜を舞う妖精のごとく可憐なリンデル様におかれましてはご機嫌麗しく、大変喜ばしく思います。ときに、リンデル様はこちらの方をどなたかご存じですか?」
ストルテンバーはヒルダを守るように抱きしめたまま、リンデルに訊ねた。
「ん、知らん。興味もないが、仮にそのものが人間として最上位に君臨する者であってもワシには関係ないわ。さあストルテンバー、その娘を渡せ」
とりつく島もなくリンデルは告げると、ストルテンバーに向かって手を伸ばした。
しかし、ストルテンバーとしてはヒルダを危険な地に連れて行きたくないのかもしれない。ほんの一瞬、鷹揚な男の表情に苦悶が浮くのを裕次郎は見逃さなかった。
「まあ、待てよリンデル。ストルテンバーから土産もあるそうだし、な」
裕次郎の意図をすぐに察知したのか、ストルテンバーは胸元から袋を取り出すと、リンデルに差し出した。
「そうでした。遅くなって申し訳ありません。私からの忠誠を表すせめてもの気持ちです」
その瞬間、リンデルは威厳もなにもかなぐり捨ててピョンと飛びかかるとストルテンバーから袋を奪う。
「ワシの宝じゃ!」
村民たちの視線も気にせず地面を転げながら金貨を顔に浴びる様は、彼らを大いに驚かせた様で周囲にはリンデルの馬鹿笑いだけが響いていた。
その痴態をよそに、ガガは手に持った石槍をストルテンバーの眼前に突きつける。
「おい、その娘をさっさと渡せ」
いつも厳めしいガガの表情からは珍しく感情が読みとれた。
怒りと焦燥だ。
「貴様、ガガといったな。リンデル様の助手だからといって貴様などの手に預けるほどこの御方は気安くないぞ」
槍を通してストルテンバーの鋭い視線がガガに向けられる。
「誰だろうと関係ないのは俺も同じだ。邪魔をするのなら……」
「まて、身内同士で喧嘩をするな。面倒くさい」
裕次郎はガガとストルテンバーの間に割って入り、槍の穂先を空に向けた。
二人とも有能で貴重な人材であるのは間違いないのだ。こんなつまらない場面で失いたくはない。
「ストルテンバー、リンデルが連れて行くと言うのなら俺たちに否も応もないのじゃないか。なんせ、俺たちは彼女の従者だ。まして、お前は自分の命と引き替えに従者となった。彼女に逆らって辞めるときは命を置いて出ていく事になるぜ」
しかも、そうなれば結局ヒルダは連れて行かれるので無駄死にとなる。
しかし、ストルテンバーは首を振った。
「命と比べても譲るべきじゃない時だってある。俺にとって忠義とはそんなに軽いもんじゃない。こう見えてリンデル様の為にだって命を投げ出す覚悟はある。女王陛下にもそれと同じくらいの重さの忠誠を誓っているんだ」
「覚悟の程はいい。しかし、ヒルダ本人の意思はどうだね?」
裕次郎の言葉に、泣きはらした顔のヒルダが顔を上げた。
「わ……私は王都に戻り事の次第を陛下に御報告せねばなりません」
「それでどうなる。討伐隊でも差し向けるかね。こういうことを言いたくはないが、ストルテンバーが率いたリンデル討伐隊は俺一人に負けたぞ」
不意打ちと詐術の組み合わせではあったが、嘘ではない。
ヒルダの視線にストルテンバーは顔を逸らした。
「トロールやジットラを倒せる猛者がゴロゴロいるのならいいが、雑兵じゃあいくらいても話にならん」
その上でグロウダッカは高速移動の装備を持っている。戦闘は一方的なものになるだろう。
「そこで、その両方を倒した俺だ。このガガというデカいやつも同じくらい強い。そうして、魔女のリンデルがいる。俺たちがグロウダッカを潰すといっているんだ。女王陛下への報告はストルテンバーに任せたらどうだい」
今でこそ恥辱に打ち振るえているが、そもそもヒルダは危険な任務に就く腕利きの根性者なのだ。
裕次郎の読み通り、彼女の頭脳は冷静に損得計算を終え、答えをはじき出す。
ストルテンバーの胸から顔を離すと、立ち上がりボサボサになった髪を手櫛ですいた。
「すみません、親しい知己に会って取り乱しました。陛下の御為を考えるのであれば裕次郎さんの言うとおり、ストルテンバーに報告は任せて私があなた方を案内するのが一番効率的ですね」
「そんな、ヒルダ様!」
納得の出来ない顔でストルテンバーが叫んだ。
どうあってもヒルダを危地にやりたくないらしい。
「過保護と愛情は別物だぞ、ストルテンバー」
裕次郎が耳元で囁くと、ストルテンバーはハッとした顔で浮かせ掛けた腰を落とした。
裕次郎自身、過保護と愛情がどう違うのか知らないし興味もない。
だが、人というものは曖昧な言葉にも勝手に意味をつけるものだ。
彼の中ではきっと納得に足る意味を持ったのだろう。
「わかった。陛下への御報告は俺が責任を持つ。そしてすぐにでも精鋭を率いて救援に向かう」
「あ、出発は二、三日待て。どのみち徒歩で七日だ。到着する前に俺たちの結末は出てるだろう。上手くいったなら出発前に戻ってくる。そしたら浮いた行軍費用の半分でも俺たちにくれよ」
場を和ませようとした裕次郎の冗談にストルテンバーは渋い顔をした。
「陛下には俺が報告をするが、他の部下は連れていってくれ。ヒルダ様とリンデル様の盾になるよう言っておくから」
「それは出来んぞ、ストルテンバー」
金貨との戯れに満足したのか、リンデルが地面から起き上がった。
手には腕輪が二つ。
「ワシとガガ、その他には二人分しか腕輪がないのじゃ。一つは修復不能な程に壊れておったでの。道案内のヒルダは外せんとして、お主の部下が裕次郎より腕が立つなら代わりに連れていってやってもよいがの」
裕次郎より腕が立つ部下など、ストルテンバーにいるわけがなかった。
ストルテンバーはリンデルの前に片膝をついて頭を垂れる。
「リンデル様、まことに勝手ながら、ヒルダ様の身になにかあった場合、私は貴方からいただいた名誉ある従者の称号と預けられた命をお返しします」
「ふん、今更貴様を手放すものか。よかろう、ヒルダはワシが責任を持って守ってやろう。安心して金貨の準備をし、ワシの帰りを待て」
その言葉にストルテンバーは立ち上がると、すぐに部下を集めて王都へと戻って行くのだった。
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