第38話 夜祭り

 日が傾いた頃、宴会が始まりそれに参加するため、ストルテンバーが複数の配下を引き連れてやってきた。

 周辺の家から大勢の住民が押し寄せ、大量に用意した料理を食いながら、酒を樽から飲んでいる。

 さながらお祭りの様な雰囲気に気圧されながらストルテンバーは裕次郎を見つけて歩み寄ってきた。

 

「なんだかすごいな」


「娯楽も少ない田舎のことだ。みんな寄ってきたから参加をしてもらったよ」


 ベンチに腰掛けて裕次郎は活気を楽しんでいた。

 料理番が周囲の女房連中だから食べ慣れない料理はないはずだが、それが逆によかったのだろうか。子供たちもめったに口に出来ない菓子など両手に持ちハシャいでいた。


「ところでリンデル様はどちらに?」


 ストルテンバーは懐から小袋を取り出して聞く。

 おそらく金貨か何かだろうが、この男はそれを裕次郎に預けることはしない。必ず自らの手でリンデルに渡すのだが、出世するのはこういうことをきちんと出来る男であると裕次郎は知っている。


「リンデルは森に帰ったよ。側にはガガがついている」


 リンデルが不在のため、近隣の住民たちは裕次郎を屋敷の主人と誤認しており、裕次郎も否定をしないので来客たちは立ち替わり裕次郎の元に挨拶にくる。

 中には裕次郎を独身者と見て娘を嫁にどうかなどの冗談を飛ばす農夫もおり、それはそれで楽しく裕次郎は時間を過ごしていたのである。


「そうか、残念だ」


 本当に残念そうな顔をする。

 ストルテンバーの表情に裕次郎は笑ってしまった。


「そういえばストルテンバーに会わせたい人がいるんだった。おい、ヒルダ」


 裕次郎の声に料理を運ぶ賄い婦の一人が振り向いた。


「あ、ああ! ストルテンバー!」


 声を挙げながら半泣きで駆け寄ってくるのはもちろんヒルダである。

 

「ヒルダ様!」


 目を見開いたストルテンバーが立ち上がり、背筋を伸ばす。

 ストルテンバーの身分もそれなりに高い。そのストルテンバーに緊張をさせるのだから、ヒルダは大した身分なのだろう。裕次郎は横手からそう見とった。


「本当に来てくれた。私はもう、永遠に働かせられるかと……」


 ヒルダはストルテンバーの胸に額を押し当て、おいおいと泣き出した。

 命の危険が伴う潜入捜査に従事した女傑がである。


「おい、裕次郎。これはどういうことだ?」


 戸惑い半分の険しい表情でストルテンバーは訊ねる。


「リンデルに多少の無礼を働いて、多少の下働きを命じられたんだ。お前が来るまでの短い間だがね。もし逃げたら殺すように俺も命じられたもんだから、お前が来てくれて助かったよ。これでお役目御免だ」


 階級社会において、上澄みの連中が農夫のために下働きなぞ苦痛と恥辱が入り交じった拷問でしかあるまい。

 裕次郎は同時に、リンデルからヒルダに対して敬語を使うなとも命じられていた。

 

「ああ、お可愛そうに。大丈夫、なにもかも悪い冗談です。この男も女子供を殺す様な手合いではありませんから、もう安心してください」


 ストルテンバーは大げさにヒルダを慰める。

 裕次郎が場合によって如何なる者の命を奪うことも躊躇しないのは理解した上で、大嘘がつけるのだから大したものだ。

 

「それで、ストルテンバー。何者なのかね、その娘は」


「ヒルダ様は前王の庶子にして現女王陛下の妹にあたるお人だ」


 予想していたよりも大物である。

 そんな娘を危険な任務に出すというのは信頼出来るからか、手柄を立てさせたかったからか、それとも死なせてしまいたかったのか。

 裕次郎にはそれを推理するだけの情報がなにもない。


「御母堂が王都におられた折りには我が家との行き来もあって、俺とは幼なじみでもある」

 

 ヒルダとストルテンバーが妙に親しげなのはそのせいか。

 裕次郎は納得し、微笑んだ。それはストルテンバーの出世の種にもなりそうな話ではないか。


「それで、ヒルダから聞いた情報なんだが」


 裕次郎は事の次第をストルテンバーに話した。

 周囲の村民たちは皆、浮かれているが今更聞かれて困るような話でもない。


 ※


「なるほど。俺の縄張りとは違うから、全く知らなかったが魔術結社か」


「千人単位で住民が消えているんじゃ、国としても討伐隊をたてなけりゃいかんのじゃないか?」


 ストルテンバーの配下が運んできた飲み物を口にしながら、裕次郎たちは話し合いを続けていた。

 日はすっかり沈んで代わりに月が浮いている。

 祭りはまだ続いており、どこから運ばれたものか太鼓が打ち鳴らされ始めた。


「となればヒルダ様を王都へお連れし、陛下から命令を受けなければいけない。ヒルダ様、夜道となりますが私と王都へ急ぎましょう」


 すっかり落ち着いたヒルダにストルテンバーは語りかける。

 ヒルダも力強く頷いたが、その視線はすぐに中空へ縫い止められた。

 裕次郎も視線の先を見つめる。


「ふははは、娘。残念じゃが貴様は案内役じゃ。行かせんぞ!」


 周囲に響きわたる大声。

 村民たちも上空を見上げ、驚愕していた。


「裕次郎、ちょいとグロウダッカの本拠に出向く。支度せい!」


 月空には、胸を張るリンデルとガガが浮かんでいたのだった。

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