第37話 赤い砂
「もちろん、ただの情報だけでも面白いが……いや、失礼。他に何か持ち出してやしませんか?」
潜入した者は成果として様々な情報の他にそれを裏付ける証拠などが求められる。裕次郎であれば、人質として権力者の子供を連れ出したこともあった。
ヒルドは周囲を見回すと、声のトーンを落とす。
「裕次郎殿、と申されましたね。貴方にならお話してもよいが、他の方々は払っていただけませんか?」
ヒルダの視線がガガやマディ、リンデルに向けられた。
手が胸に当てられているので、そこに何かを隠しているのだろう。
「出来ませんな。彼らは私の身内。まさに我が身の一部たる彼らが信頼出来ぬのであれば、私のことも信頼なさらぬ方が賢明です。今のお話は胸に納めておいてくだされば結構」
ピシャリと言った裕次郎にヒルダはうめく。
「ええい、もったいつけんでさっさと出せ。小娘め!」
ガバリと飛び起きたリンデルがヒルダの胸に手を突っ込んでまさぐった。
「ぎゃあ、やめて! くすぐったい!」
ヒルダは抵抗するのだが、怒りに満ちたリンデルの勢いに叶うものではなく、リンデルはあっさりとそれらしい物を引っ張り出した。
「ふむ、こりゃあ……」
一味の小瓶だ。
裕次郎はそれを見て即座にそう思った。
スーパーマーケットで売っているごく一般的な小瓶入り一味唐辛子の、それはパッケージを剥いだものと酷似していたのだ。
しかし、よく見れば中身がやや桃色がかった赤い粒であり一味唐辛子ではなさそうだった。
「赤砂!」
誰よりも強く反応したのは以外にもガガだった。
大声で怒鳴りながら立ち上がり、リンデルに手を伸ばす。
「リンデル、見せてくれ!」
普段物静かなガガらしくもない。目をつり上げて、有無を言わせない勢いだった。
「ほら、こりゃ間違いなくお主の探しておる赤砂じゃのう」
リンデルはその手の平にあっさりと小瓶を載せる。
ガガの捜し物について、裕次郎は何度もガガに聞いたことがあった。しかし、ガガはその都度、氏族の問題だからと決して教えてはくれなかったのだ。
それを何故リンデルが知っているかはどうでもいい。
「そいつはなんだね、リンデル?」
慌てて確認するガガを見ながら裕次郎は聞いた。
「ん、魔力の結晶化物質とでも言えばいいかの。エネルギーをベクトルと表現するが、巨大なベクトルが如何なる方向も向かずに砂粒の形を取っていると思え。まあ、燃料みたいな物じゃな。そうして、この赤い砂を一粒作るのに生け贄が一人必要となる」
わかるようなわからないような説明だが、そうだとすると小さな小瓶に蓄えられた分だけでも数千人はくだらない人命が注がれていることになる。
小さな町が一個丸々注がれたということだ。
「おい、もっと大きな瓶があっただろう。それはどこだ?」
巨漢の血走った目に射竦められて、ヒルダは言葉を失った。
「待て、ガガ。俺は話が飲み込めていない。グロウダッカという団体がエルフの森から盗んだのが赤砂の入った瓶で、お前はそれを追って森を出てきたんだな?」
「……そうだ。盗んだ犯人は今、知ったがな」
「早く言えよ。俺はまた薬を探してるとばかり思って薬屋を中心にそれらしい物を捜索してたんだ」
裕次郎は話を揺らしながらガガの興奮を納める。
「じゃあ身内の話で他人事じゃない。いいよな、リンデル。この件に俺が関わっても」
「いいともさ。赤砂がエルフの森に隠されていたことはさすがのワシも知らんかった。そもそも探してもいなかったが、知った以上放置してもおけん」
リンデルはそう言うと、マディの名を呼んだ。
「先ほど、裕次郎がノした連中の持ち物を漁ってこい。胡散臭いものはすべて持ってこいよ。それから言うまでもないことだが貴金属、宝飾の類を誤魔化したら殺すぞ」
その命令にマディは一言「うっす」と答えて走り去る。
「喜べ、アンポンタン娘。おっと、しかし喜びすぎて内蔵を吐き出すでないぞ。このワシが力を貸してやることにした。グロウダッカは魔術結社。なら、ワシのように魔法に精通した者の協力はありがたかろう」
剣呑に笑い、言葉を掛けるリンデルにヒルダはうろたえて裕次郎を見た。
「あの、裕次郎殿。失礼ですがあなた方は?」
最初は一介の武術家とでも思っていたのだろうが、どうやらそうでもないことに気づいたらしい。
乞われて名乗るもおこがましいが。などと思いつつ裕次郎は咳払いを一つ。
「ええ、まずはリンデルの森に住まう魔女、通称リンデルさん。その助手、エルフの森からやってきた我らが大巨人のガガ君。そして私が魔女の従者を務めさせてさせていただいております鉦木裕次郎。さっきのマディというのが私の子分でありますが以後お見知り置きの上、万端をよろしくお頼み申し上げます」
「も……森の魔女?」
ヒルダの顔色がサッと変わる。
即座に椅子を降り、地面に伏せた。
「知らぬことといえ、大変失礼をいたしました。お許しください!」
その様を見てリンデルがカラカラと笑う。
「見ろ、裕次郎にガガよ。本来はこんな風に畏れ敬われるのがワシなのじゃ。脳裏に焼き付けておけよ」
「俺がへりくだってたら、自分でやるなと言っただろう。勘弁してくれよ」
「赤砂を取り返せるのなら、俺はいくらでも這いつくばる」
裕次郎とガガがそれぞれの感想を口にすると、リンデルは満足げに「冗談じゃ」と言った。
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