第27話 川伏

 マディは部屋に入ると、ボサボサの髪をした中年を引っ張って出てきた。

 顔面は蒼白で、質の悪い酒を飲んだ二日酔いのような顔つきだと裕次郎は思った。

 

「こいつが、いろいろ扱ってる男で、ケーブって呼ばれてます。薬の類なら、俺の知り合いだとこいつしかいないです」


 マディが肘を掴んでいるのだが、ケーブという男は自分が立っているのか寝ているのかもわからない様子で虚空を見つめ、口をパクパクと動かしている。

 こいつから有力な情報を絞り出そうとするよりは、河原で石でも積んでいた方がまだ真実に近づけそうだ。

 思わず、裕次郎は笑いながら頷く。


「ここじゃなんだ。宿の親父さんや他の客に迷惑だろう。外に出よう」


 なにより臭いし、という言葉を飲み込むと、裕次郎は二人を連れて外へ出た。


「普段はもう少しまともなんですけど、どうしたもんかな」


 宿の前に置かれた木箱にケーブを座らせたマディが頭を掻いた。

 裕次郎が観察すれば、とてもまともな要素は残っていない。

 目の前にいる裕次郎が映っているのかも怪しいほどうつろな目が、空を反射して青く光っている。

 しかし、髭や爪は手入れがなされており、服も小綺麗であるので、恒常的に意識がどこかへ行っている訳ではないのだろう。

 呼気に酒臭さもないので、何らかの薬を摂取しているのだ。薬を取り扱う商売人が自らも商品に耽溺するのは珍しい事ではあるまい。

 

「エルフの薬について話を聞きたかったんだが、仕方あるまい。他を当たるか」


 腕を組んだ裕次郎の言葉が耳に届いたのか、突如としてケーブの眼球が動き出した。


「エ……ルフ? 薬?」


 枯れ木をこすり合わせたような音がケーブの口からこぼれる。

 幸運だ。

 裕次郎は笑い、ケーブの肩を叩いた。


「そうだ、薬だ。純度も高い、いいやつが手に入ったとして、買い取ってくれる奴を捜している」


 もちろん、たとえ話である。


「お、俺にくれ。俺が……」


 ケーブは震える手を伸ばしたが、それに捕まる前に裕次郎は身をかわした。

 

「あんたじゃダメだ。薬の使用者は信頼できないし、なにより金もないだろう?」


「金くらい、作る。頼むから俺に……」


 砂漠で干からびかけた旅人よりも哀れに、ケーブは呟く。

 

「じゃあ、代わりに教えてくれよ。アンタは薬を誰から仕入れているんだい。たとえば、今回使った薬は誰から買った?」


「雄牛のバリオ。バリオから、いつも……」


 知りたかった情報は案外、簡単に知ることができた。

 裕次郎はゆっくりとバリオの居場所を聞くと、ケーブの手に優しく小銭を握らせた。


「よし、わかった。ありがとう。じゃあ俺が上等の薬を持ってくるまで、アンタは部屋に戻って待ってろ」


 マディを連れて立ち去る裕次郎を、曖昧になったケーブは見えなくなるまでじっと見つめていた。


 ※


 雄牛のバリオに関する情報は聞き込むとすぐに集める事ができた。

 表向きは売り出し中の無法者であるらしいが、盗賊としての仕事も器用にこなすのだという。

 本人の腕っ節や商売の上手さから、表だって敵対する勢力は少なく、今後の次第によってはさらに勢力を伸ばしていくのだろう。

 そういった情報を持って裕次郎は川辺を歩いた。

 

「ねえ親分、どこに行くの?」


 堤防の上を上流に向かって歩いていく。

 この辺りで二度、ガガに会っているのだからもう一度くらい会えるかもしれない。


「エルフを探すんだよ。でかくて、厳つい。おまえ、見かけてないか?」


 期待もせずにマディに投げかけると、マディは立ち止まって首を捻った。

 

「どうした?」


「ねえ、親分。それって無愛想な大男かな?」


「……たぶん、そうだ」


 いくつか特徴を聞き出すと、それはどれもガガの特徴と符合した。


「だとしたら、俺も見たことあるよ。なんせ、目立つ奴だからさ。たぶん、ねぐらもわかるぜ、俺」


 確かに、あの大男が歩いていれば人目にもつくし、記憶にも残る。


「ふむ、どこにいた?」


 適当に拾った割には、拾い物だった。

 裕次郎は自分の運の良さに思わず笑ってしまう。


「どこっていうか、河原……」


 マディはそう言うと川の上流側を指差した。

 現在は河川水位が低くなっており、堤防の下には確かに濡れていない土地がある。

 それらは草地や低木に占有されているが、大雨が降れば川の流れに沈むはずである。

 なるほど、河原か。

 裕次郎は納得してしまった。

 河原者という言葉があるように、河原は一種の治外法権である。

 なんせ、そこは土地であって土地じゃないのだ。

 大水が出れば沈む場所には公権力の支配を嫌う者が住み着く。

 きっとガガもそうやって暮らしているのだろう。

 

「案内してくれ」


 マディは先に立って川上に向かって歩いていく。

 やがて、藪が茂った一角を差して言った。


「あの辺に……」


 そこに人が暮らしているような様子はなかったが、しかし目を凝らすと灌木が切られ、割られた石が転がっている。

 しかし、どれも言われなければ気づかない。

 それこそ、そこにガガが入って行くのを目撃した者の案内が無ければ見つけるのは困難だっただろう。

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