第24話 お気持ちの価値

 通りを歩いていた裕次郎はふと、一つの建物を見つけた。

 そういえばここにも用があった。

 思い出して大きな建物の扉を開けると、そこには一見して気性の荒そうな青年たちが椅子に座っていた。

 テーブルが三つ。部屋の隅には木箱が幾つも積まれ、居並ぶのは二十人ばかりの男たちだ。


「ゆ、裕次郎……さん」


 奥の椅子に腰かけていたサッカラが目を見開いて声をあげた。

 その名前を聞いて、事務所に詰めている連中の顔色がサッと変わる。

 懐に匕首でも呑んでいるのだろう。服の中に手を突っ込んでいる者もいた。

 それはそれで楽しそうだ。思わず裕次郎の心が弾む。

 

「やめろ、バカども!」


 いきり立つ配下たちをサッカラは慌てて諫めた。


「これ以上、怪我人は養えねんだぞ。落ち着け!」


 サッカラのだみ声が響き、男たちは不満そうな表情を浮かべたまま浮かせかけた腰を下ろした。

 

「なあ、裕次郎さんよ。御覧の通りここにはアンタや、アンタの顔を立てて見逃したドワーフに怪我を負わされた者の身内ばかりだ。なんの用で来たのかは知らんが、帰ってくれないか」


「そうか、悪いな。別に他意はないんだ。不安定な立場の移民として日々の不安を先輩に相談にきたんだ。たしか、困ったら訪ねて来いと言った男がいたような気がしてね」


 裕次郎の言葉にサッカラは顔をしかめる。

 

「そりゃ、確かに言ったけどよ。この場合、無効だろうよ!」


 サッカラが裕次郎に頼もしく格好を付けたのは配下を傷つけた者の情報を探りに来たストルテンバー邸でのことだった。その時点でまだ、裕次郎こそが求める仇だと知らなかったのだから、無効と言いたくなるのも当然だろう。

 

「そうかね、残念だ。ところで、俺の居た国に“男に二言はない”という言葉があってね。これを違えると大変に失礼なことだとされているんだ」


 適当に言ったって、真実を知るものがいないのだからいい。

 

「……ここはアンタの国じゃない。俺もアンタに失礼を働く気はない」


 苦虫を噛み潰した表情のサッカラが呻くように言う。

 裕次郎は笑いながら手近な若者の頭を小突いた。

 

「ほら、サッカラさんがこう言っておられるぞ。来客に席を譲れよ。失礼を働いてサッカラさんの顔を潰したいのか?」


 若者は頭を押さえたまま周囲を見回しながら席を立った。

 空いた席にどっかと腰を下ろし、裕次郎はサッカラを見つめる。

 

「訪ねて来た来客を無下に追い返すのはこの国じゃ失礼じゃないのか? 俺は失礼だと思うんだがね」


 裕次郎の言葉に、サッカラはついに諦めた様に肩を落とした。


「なんなんだね、裕次郎さん。そんなら、用件を言ってくれよ」


「用件もなにも、頼もしい移民の顔役に相談しにきたのさ。揉め事解決の仕事を始めたい。ついては、当面顔つなぎのために小遣い銭程度の金額でやるつもりだから仕事があれば回してくれよ」


 サッカラは眉間に皺を寄せ、頭をボリボリと掻く。

 裕次郎から苦い目にあわされたため、視線は疑惑の色を強く帯びている。


「わかった。なにかあれば頼むから……いや」


 そう言うと、サッカラはポケットか金貨を一枚取り出して隣の若者に渡した。

 若者はそれを受け取り、裕次郎に差し出す。

 

「最初の依頼だよ、裕次郎さん。今日のところは帰ってくれ」


 なるほど。

 裕次郎は思わず笑ってしまった。

 別に金をせびりに来たわけじゃないのに、結果的にはそれに近くなってしまった。

 

「じゃあ、ご依頼のとおりに。今後も頼むよ」


 これではまるで退店料をせびるヤクザのようだ。

 裕次郎はそう思ったが、よく考えればここにいる連中こそがヤクザである。

 

「なあ、ついでにこれだけ教えてくれよ。あんたらはエルフの薬を取り扱っているのか?」


 古来、催淫剤と女衒は相性がいい。

 客を喜ばせることもできるし、商品をしつけることもできる。

 しかし、サッカラはゆっくりと首を振った。


「そりゃあ、若い連中の中には奴らの森に忍び込む命知らずもいますがね、まず帰って来ねえ。うちでもエルフの薬を扱ってはいますけど、まあはっきり言やあ偽物ですやね」


 なるほど。

 裕次郎は一人納得して、笑った。

 禍々しい巨人ども。

 なかなかに楽しいではないか。しらず、裕次郎の気持ちも盛り上がってくる。

 

「なるほど。まあ、参考になったよ。ありがとう。気軽に呼び出してくれよ。本当に、気持ちでいいからさ」


「その気持ちが高く付くんじゃねえかよ、あんたの場合は!」


 サッカラは喚くように吐き捨て、横を向くのだった。


 *


 移民者たちの事務所を出て、裕次郎は川縁に向かう。

 初めてエルフと遭遇したのが丁度このくらいの時間帯だった。

 日々を規則正しく送る者なら、同じ時間帯に同じ道を歩いていてもおかしくない。あるいは珍しい存在に出会えたという験を担いでの行動でもある。

 ダメでもともととばかりに裕次郎は川を眺めながら堤防の上を歩く。

 と、果たして向こうからエルフは歩いてきた。

 日頃の行いがよかった。裕次郎は内心でほくそ笑み、舌を出す。

 向こうから来たエルフはチラリと裕次郎を見ると、すっと視線を逸らした。

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