第23話 無職ハイカイ

 裕次郎には定職がない。いや、リンデルの従者が本職と言えなくもないが、それでは銭金が賄えない。

 さりとて天秤棒を担いで街を練り歩くのも、悪くはないが黄金を購うには足りない。

 そういったわけで、裕次郎はここのところ、ストルテンバー邸に日参している。

 

「探索方からスリ団のヤサを探っていると報告を受けている。他に、辻強盗が報告されているので、これも対応に当たりたい」


 ストルテンバーはいくつかの報告書を見ながら裕次郎に言った。

 都市の治安を預かる役人として、日夜大勢の配下を使役する。

 その下役の一人として、裕次郎も仕事を貰っているのだ。

 

「厄介なのは、先日発生したひったくりだ。追いかけて来た通行人を十人も返り討ちにして逃げられている」


 ふむ、と裕次郎は頷く。

 ストルテンバーは厄介な仕事を裕次郎に振り、裕次郎はそれを解決して報奨金をせしめる。そんな風に始まった二人の仕事は、とりあえずどれも並行して進められそうだった。

 

「聞き込みからやってみよう。ところでストルテンバー、俺は昨日エルフを見たよ。この辺りでは時々見かけることがあるのか?」


 その問いに、ストルテンバーの表情は渋くゆがむ。

 

「オマエが見たっていう、それは本当にエルフか?」


「さあ、どうかな。容姿を説明したらリンデルがそれはエルフではないかというからだが。本当のところはわからん」


 机の引き出しを開け、中をゴソゴソ探ると、ストルテンバーは茶色の小瓶を取り出した。

 握れそうなほど小さい瓶の中には粉末らしきものが詰められている。


「これが以前から流行っているエルフの薬だ。強烈な催淫効果があるらしく、この小瓶一つに大枚をはたく貴族も多いんだそうだ」


 あざける様に説明をするのだから、ストルテンバーはそれをその様な目的で所持はしていないらしい。


「違法なのか?」


「いや、法に照らすほどの量も流通していない。五倍の砂金より高値で取引されるというが、出回るのは大半が偽物だ。本物を目にしたものは少なく、口に上ることは多い。実に厄介な品だな」


 出回らないのに厄介、ということは偽物になんらかの問題があるのだろう。

 

「聞くところによれば、本物の薬はエルフの里から盗み出す他に入手する術もないと言われている。これが難しいそうで、森に入って帰ってこない者が大勢いるらしい」


「そりゃ、竜宮城でもあるんだろうな」


 裕次郎の冗談に、ストルテンバーは一度話を止め、しかし無視をしてつづけた。

 

「奴らの森は一種の治外法権だから、庇護も徴税もしないことになっている。だから勝手に入っていく盗人も自殺志願者も止めはしないんだが、たまに盗み出すことに成功する者がいるからタチが悪いんだ」


 全部本物か、全部偽物であれば判断に迷う人間はいない。

 だが、多くの偽物にわずかな本物が混ざればこれは直面したものを惑わせる難問となる。

 

「もちろん、本物だってただ売りさばかれるわけじゃない。小麦粉や砂糖、塩、卵の殻を砕いた粉末くらいでかさまししているのならまだ善良な方で、石の粉や金属のヤスリ粉なんか混ざると人体に有害になっていく。そもそも、エルフの薬そのものが無害かどうかさえ分からずに有難がっているのが現状だ」


 端的に言って麻薬だな。

 裕次郎はそう思った。


「それに混ざって他国の催淫剤までもエルフの薬として流通するからもう、なにがなにやら。把握はしきれんが、エルフの薬で命を落とした者は数多いだろう」


「それなら、なぜエルフたちを呼び寄せないのだね」


 裕次郎は核心を突いた。

 有能な薬師であるのならば、王家なりで召し抱えればよく、それを拒むのであればリンデルにやったように武力行使にでればいい。

 少なくとも、森を焼き払い、エルフを皆殺しにしてしまえば本物の薬が無くなり、皆が迷わずに済むではないか。

 

「これが難しいところでな、どうもこの王国の創設にエルフが絡んでいるらしいんだ。だから女王をはじめ、貴族も手を出しあぐねている。もちろん、オマエだからいう極秘の話だ」


 さて、国を立ち上げた初代の王に催淫剤を渡し、子孫繁栄に協力でもしたものか。

 不敬な妄想を浮かべて裕次郎は笑った。

 

「まあ、そんなわけでエルフは触りがたいこの国の禁忌だ。裕次郎も近づくなよ」


「間違って問題を起こせば、責任問題になるってか?」


 裕次郎の問いにストルテンバーは苦笑を浮かべる。

 聞いたところによれば、父親から役を受け継いだストルテンバーもそれなりの暗闘を勝ち抜いているらしい。

 リンデル討伐という面倒ごとを避けた現状では、失点に繋がる行動は避けたいのだろう。

 

「まあ、そんなところだ」


 怯むこともなく、ストルテンバーは返した。

 権力者というものはいつだって面倒で不自由だ。

 裕次郎はそれをよく知っていた。


 ※


 もとより、人口が数十万というこの都市で、多少毛色が違うからといって一人を探し出すのは簡単なことではない。

 裕次郎はいくつかの調査を平行しながら進めることにした。

 それぞれの現場を巡って、周囲や被害者に話を聞く。それに混ぜて「際だって背の高い男を見なかったか」という質問を混ぜて行く。

 探してどうしたいのか。明確な答えはない。

 ほんのわずかな好奇心が、果たしてトラブルバスターとしての本能から出るものか、彼我の優劣をつけたいという武人の本性から滲むものなのか、本人もわかっていなかった。

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