第18話 値段

「今回の助け賃だが……いや、おまえの命の代金と言った方が通りがいいかな。今日、俺が暴れた娼館にメドウというドワーフの娘がいる。その子を貰おう」


「解りました。それでいいんですね。連れて来ますんで、ここで待っていてください」


 サッカラはそう言い残すと、さっさと走り去っていった。

 アソニオは全員の財布を手にして裕次郎を見つめている。


「……裕次郎さん」


「よう、アソニオ。実入りはどうだね?」


 裕次郎に言われ、アソニオは慌てて戦利品の総額を確かめた。

 

「その金を持ってすぐにこの場を離れろ。どこかで隠れて、明日の日の出ごろに今日出会った場所でまた会おう」


「いや、でもメドウが……」


「明日、俺が連れて行く。アイツらが素直に連れてきたらな」


 サッカラがメドウではなく、用心棒を引き連れてくることも大いに考えられる。

 そうやって集められた連中は初めから戦闘に陥る覚悟をしており、武器もきちんとした物を持ってくるだろう。

 贔屓目に見ても、もはやアソニオに勝ち目はなかった。

 

「裕次郎さんは?」


「メドウを連れてきたとき、俺が受け取らないとまずいだろう」


 裕次郎は苦笑し、アソニオの背中を押す。

 どちらもあり得るとして、サッカラが翻意をした場合はアソニオはいない方がいい。

 混乱気味のアソニオはそれでも頷くと、サッカラが走り去ったのとは逆の方へ逃げていったのだった。


 ※

 

 裕次郎が倒れたゴロツキたちの手当をしていると、サッカラが戻ってきた。

 想定どおり、四人の用心棒を引き連れている。それも各々が左手に木製丸楯を装着し、二メートル程の長さの槍を携えるという念の入れようだ。

 目つきや物腰からしても、おそらく組織が抱える暴力の専門職なのだろう。こんな連中に対面してはアソニオにとれる手段はあるまい。

 しかし、同時に最後尾にはメドウも連れてきている。


「裕次郎さん、さっきの覆面はどこへ?」

 

 開口一番、周囲を見回すとサッカラは聞いた。

 いざとなればゴロツキを楯にして逃げようと身構え裕次郎は答える。


「逃げたよ。俺が逃がした」


「アンタのことは水に流すが、アイツは許せない。覆面の正体を教えてくれ!」


 サッカラの言葉に、思わず裕次郎は苦笑した。

 

「ヤクザ者が格好いいことを言うんじゃねえよ。この俺が、逃がしたと言うんだ。話は終わりだよ。それとも、改めて俺と構えるか?」


 裕次郎は近くに落ちているナイフを拾うと、脅迫半分、本気半分で尋ねる。

 なんといっても槍と楯である。半分までは本気で、噛みついて欲しいと裕次郎は思っていた。

 日本の槍使いとは戦ったことがあるが、ローマ剣闘士でもなし。槍歩兵と戦う経験は積んでいない。闘争を糧にする者として、心が泡立つのも無理からぬ事だった。

 サッカラは苦虫を噛み潰した様な顔で眼を瞑ると、首を振った。


「わかった。いい。覆面の事も詮索しない。女は置いて帰る。これで満足か?」


 まあ、そんなものか。やや落胆して裕次郎はナイフを捨てる。

 サッカラはすでに裕次郎に対して腰が引けてしまっているのだ。

 この場で用心棒を頼りに戦闘が始めれば、裕次郎は必ずサッカラを殺すつもりであったのだから出世した極道者特有の危険に対する嗅覚が発達していたのかもしれない。

 

「満足もなにも、自分の命の代金がそれで足らんと思えばまだ積めばいい。支払い過大だと思えば俺から差額を取り立てりゃ、いい」


「冗談言っちゃいけないよ。こっちゃ、十人からの人間が目に遭わされているんだ。それをアンタが……」


 捨てゼリフを吐くサッカラを手で制し、裕次郎はメドウに手招きをする。


「サッカラ、大きな事を言いたいんなら今この場で俺にじゃなく、帰ってから部下にでも語れよ。お互い、気分が変わったら大変だろう」


 サッカラは眉間の皺を一層深くしたものの、理解したのかさっと踵を返した。

 

「おい、行くぞ。怪我人を連れて来い!」


 部下を怒鳴りつけると、サッカラは彼らを置いてさっさと歩いていってしまった。残された部下たちは顔を見合わせると、槍を置いてゴロツキたちを助け起こす。

 メドウはそんな中をおずおずと歩いて裕次郎の眼前までやってきた。


「まあ、そんな訳で君の年季はお終いだ。とりあえずついておいで」


 未だ状況を飲み込めていないメドウに否応がある筈もない。血なまぐさい路地を抜け、二人はリンデルの待つ家に向かうのだった。


 ※


「バカタレ、なんじゃその小娘は!」


 リンデルはメドウを指さし、雄叫びをあげる。

 勢いでデュトイが蹴り飛ばされたことは置いておいても、まだ深夜である。


「リンデル、ご近所さんに迷惑だよ」


「やかましい、いきなり出て行ったと思えば女を連れて戻った奴が常識人面などおこがましいわ!」


 裕次郎が諫めてもリンデルは収まらず、さらなる叫びを放った。

 

「だいたいな、昼間に会ったドワーフの妹じゃと? 貴様、何様のつもりじゃ。この街だけで一体、何人の女が体を売ってしのいでいると思うておる。他の女には目も向けず、その娘だけ助けて善人気取りか?」


 全く持って正論だ。裕次郎は思った。

 花かごから花を一つすくい上げたにすぎず、他の花には関心も寄せていない。

 しかしながら、別に善行を積もうと思ってメドウを救い出したのでも、善人であろうと思った訳でもない。

 偶然知り合った者の窮状に、手を伸ばしただけだ。

 

「多生の縁だよ。リンデル」


 袖が触れ合ったほどのささいな縁を大事にする。

 端的に自らの行動理由を説明したつもりだがリンデルには通じず、裕次郎はさらなる怒りを買うのだった。

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