第16話 襲撃
「俺が客としてあの館に行き、出がけに軽口を叩いた店員と口論になった。そうしたら連中、襲い掛かって来たよ。なあサッカラ、あんたさっき困ったことがあれば相談しろって言ってくれたよな。さっそく相談だが、俺は襲い掛かって来た連中が気に食わず半殺しにしてやった。途中でお優しいストルテンバーがやってきて止めたんだが俺としちゃあ、まだ気が済んでいない。今からもう一回、連中のヤサを巡って一人ずつ止めを刺して回ろうかと思うんだ。よかったら、彼らの住所を教えてくれよ」
しかし、その言葉には応えず、サッカラは不気味な笑みを浮かべた。
「坊や、喧嘩の腕前が自慢かい?」
「いいや。俺もアンタと同じで、見てのとおりの臆病者だよ」
「まあ、なんにせよ体に気をつけなよ。風邪をひいたらつまらんし、この辺の貧民街には刃物で刺すことを挨拶だと思い込んでいるやつも大勢いる」
そう言うと、サッカラは立ち上がった。
目的を果たしたので、もはやこの場所に用がないのだろう。
「さて、ストルテンバー様。夜分にお騒がせしました。このお詫びはいずれ」
その背中に今さら何かを言うのも虚しい。
ストルテンバーはそう判断したのか、黙ってそれを見送った。
サッカラが館を去り、十分な時間が経過してからようやく重苦しい沈黙は解かれた。
「裕次郎、頼むよ。黙っていてくれりゃあ俺がまとめたのに……」
ストルテンバーはブツブツと愚痴りながら頭を掻く。
しかし、裕次郎の見立てではサッカラもただでは帰らなかったはずだ。
そうであるのなら、ストルテンバーとサッカラの間に不可逆のヒビが入る前に自分が名乗った方がまだマシだと判断したのだ。
「いい、いい。俺は大丈夫だからリンデルの警備だけ頼む。じゃ、俺もその辺を歩いてから帰るよ」
「あいつら、本当に殺しに来るぞ」
複数の武装兵を相手取って勝って見せた裕次郎をストルテンバーが事更に心配するのは、正面切っての闘争と闇討ちなどの奇襲が別物だと知っているからだろう。
「怖い話だ」
思わず、裕次郎は笑い、ストルテンバーの屋敷を辞したのだった。
※
帰路、既に暗い街路は人気もない。そのままトボトボと歩き、スラム街にさしかかった頃、夜道に叫び声が上がった。
即座に駆けつけ、曲がり角に隠れて覗くと、先ほど別れたサッカラと供の者が五名が険しい表情を浮かべて先の空間を睨んでいた。よく見ると、その先に一人が地面に這いつくばって血反吐を吐いているので、先ほどの悲鳴はこいつだろう。
そうして、彼らの視線の先には一行の道を塞ぐようにして、麻袋を被った襲撃者が道を塞いでいた。
襲撃者は随分と小柄だが筋肉質で、柄の長さが一メートル程もある大きな金槌を両手に携えている。
顔を隠してはいるものの、体つきと怪我のかばい方からして正体はどう見てもアソニオであった。数日はろくに動けないと思ったが、意外なほど回復が早く、裕次郎は感心した。
「早く金を出せ!」
なるほど。
アソニオの恫喝で裕次郎は笑った。
真面目にやったって妹を買い戻すのは困難であると悟ったアソニオが、最も直接的な経済行為に出たのだ。
辻強盗を行うのでも、弱者じゃなくサッカラたちのようなおっかないゴロツキ連中を狙う心意気も、裕次郎には気に入った。
サッカラを取り囲む者たちも懐からナイフなどの武器を取りだして臨戦態勢をとっている。しかし、誰も自ら動こうとはしない。
その身に金槌を受け、どこかの骨を砕かれてのたうち回るのは誰もが嫌がるところであるから仕方あるまい。
しかし、にらみ合いに痺れを切らしたサッカラが部下の尻を蹴った。
「ほら、早く行け。左右から挟み撃ちにするんだ」
言われて仕方なく、というようにゴロツキたちはゆっくりと前進を始めた。
それが二手に分かれると、アソニオは右側に別れた二人組に襲いかかった。
金槌を槍のように突き出し、一人の顔を突くと、二人めの顔と見せかけて膝を突く。
どちらも軽く当てた様にしか見えなかったのだが、打たれた二人は地面に倒れて叫び声をあげた。
それを見て裕次郎はまた感心する。
得物の重量ゆえに、軽く当てても骨にヒビが入るほど利くのだろう。なにより、大金槌を我が身の一部のように使い慣れている。
そうしてこれが一番大事な事だが、人を傷つけて殺すことの覚悟を決めてしまっている。
本来それはゴロツキ側の特権であるはずで、だから彼らは飯が食えるのだが、いまのゴロツキたちは殺され、怪我をさせられることにおびえてしまっている。その上、のんべんだらりと暮らしている遊び人と、鉱山で重労働をこなすアソニオでは体や動きの質も変わってくるだろう。
まったくもってアソニオに有利だった。
アソニオの金槌が飛びかかったゴロツキの肩を潰しながら払いのけると、バランスを崩す。
ここぞとばかりに二人のゴロツキが群がるものの、アソニオは柄の部分をうまく使い、彼らを懐に入れさせない。
ここまではいい。
武器のリーチというものは場合によっては絶望的な程に勝敗を分ける。
「よう、サッカラ。楽しそうだな」
戦況の推移に集中していたサッカラは驚いた顔で振り向いた。
「貴様……」
「助けてやろうか?」
突然現れた裕次郎の申し出に、サッカラは戸惑いを隠せずに妙な表情を浮かべるのだった。
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