第15話 移民

「ストルテンバー様。私ら、臆病者の集まりですからたんびたんびこういうことがあっちゃあ商売が出来ませんぜ。月毎、精一杯の金額を納めさせていただいているのはこういう揉め事から守って貰うためじゃあ、ないんですかね?」


 髭面の老爺はため息を吐く様に、そう言ってストルテンバーに詰め寄った。

 黒に近い茶髪は相当数の白髪を孕んでおり、鷲鼻と目の下の弛みが象徴的な顔である。年齢は六十前後だろうかと裕次郎は当たりをつけた。

 場所はストルテンバーの別邸である。

 老爺はこの都市で売春等を仕切る組織の大物だとかで、リンデルと三人ささやかながら食事会をしていたところ、ストルテンバーの忠実な配下であるデュトイがやってきて老爺の訪問を知らせたのだ。

 勿論用件は裕次郎の蛮行についてであり、それだけで裕次郎の胸は高鳴った。

 朝が早かった為にうつらうつらと舟をこぐリンデルを寝室に投げ込み、デュトイを番に残して裕次郎たちは一路ストルテンバーの別邸にやってきたのだった。


「かわいそうに、文字通り顔を潰されちまって。あの連中は怪我が治ったとしたって、もうこの道で食っちゃいけませんぜ。その極悪非道の無法者とストルテンバー様が親しげにお話になられていたと現場に行った若い者が言っていたんですがね、これは間違いですよね。ちょっとした顔見知りかなんかなんでしょう。ええ、わかっています。どうかそいつの面相やらお聞かせ願えませんかねえ」

 

 目を細め、応接机の反対側に座る男の言葉は丁寧だが雰囲気には剣呑さが含まれている。犯人を知ってどうするつもりか、などと問うのも野暮であろう。

 と、ストルテンバーが老爺の前に指を二本突き出した。


「なあ、サッカラ。二つ言わせてくれ。まず、おまえらが俺に金を納めているのが『何かあったとき助けて貰える用心棒代』だと思っているのなら大きな間違いだ。あえて言うのなら『悪事に片目を瞑る』代金だと思え。おまえらが泥棒に入られようが、通り魔に刺されようが、それが女王陛下の御面倒にならない限り、俺は知らん。そしてもう一つ。おまえらが都市の治安を乱したとき、すなわち女王陛下にご迷惑をお掛けしたと俺が判断する時は、即日武装警備隊がおまえらのコミュニティに出向き、構成員及び家族と思われる者を生死問わず捕らえ、老婆だろうと赤子だろうと構わず翌朝までに処刑する。なぁ、世は単純だ。俺の判断一つでおまえらはこの世から消える。その判断を思い留まらせるのは金でいいが、面倒なイチャモンをつけるのであれば、金の事を忘れて判断しちまうぞ?」


 面倒そうに言って手を下げるストルテンバーに、サッカラと呼ばれた老爺も渋い表情をする。


「解っていますよ。私は御父君の代からこのお屋敷に出入りさせていただいているんだ」


 ということはストルテンバーの家はもうずっと昔から治安を握り、こういう業者から上前をはねてきたのだろう。

 

「いいや、解ってないね。本当に理解しているのであれば、俺の前でのうのうと椅子に座ってなんかいられないはずだ。夜間押し掛けて来て文句を垂れた失態に気づき、非礼を詫びて去れ。今回はそれで許してやってもいい」


 力関係をことさら示すようにストルテンバーは圧殺し、サッカラはギリ、と歯を噛みしめる。

  

「まあ、待てよストルテンバー。互いに立場も仕事もある。いがみ合うよりは楽しい方がいいだろうさ。仲良くやろうぜ」


 今度はストルテンバーが表情をゆがめる番だった。

 彼としては今後が多少やりづらくなろうとも裕次郎を守ろうと、あえて強権を振りかざしたのだ。裕次郎を見つめる表情には、「黙っていろ」という無言のメッセージが張り付いていた。

 しかし、会話の隙を見つけたサッカラの視線は既に裕次郎へと向けられている。

 

「さっきから気になっていたんですが、そちらさんはどなたで?」


「やあ、名乗りが遅れて済まなかったね。俺は裕次郎。ストルテンバーとは仕事上の付き合いで、先ほどまでちょうど一緒にいたから同席させて貰った」


 値踏みするような視線が頭からつま先を撫でていくのを感じつつ、裕次郎は言った。

 

「やっぱり、御貴族様で?」


 ストルテンバーと同席し、彼を呼び捨てにするのだから常識で判断すれば貴族の筈だ。しかし、格好が余りに小汚い。サッカラはそんな疑問を持ったのだろう。

 

「いや、この国にはつい先日やってきたばかりさ。元は平民。今はまだ今後を決めかねる根無し草というところかね」


「そうですか。私はガキの時分にここへ来て、もう四十年になります。困った時は私を訪ねて来なさい」


 移民としてやってきた者が、都市を構成する最下層に組み込まれるのは珍しい事ではない。往々にしてそういった移民は異端視され、迫害され、彼らは強固な結束を持つに至る。

 サッカラもそんな移民団を束ねる顔役の一人なのだろう。

 

「そんな事よりもサッカラ、アンタのいう極悪非道の無法者ってのは、おそらく俺の事だよ。娼館での流血沙汰だろ?」


「……ほう、詳しく聞きたいねぇ」


 裕次郎の言葉を聞いたサッカラの視線はスッと細まり、交渉者のものから捕食者のものに替わったのだった。

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