第7話 収集癖

「ああ、ええと……もしかして魔女殿は金貨をご所望で?」

 

「欲しい!」


 ストルテンバーの遠慮がちな切り出しにリンデルは即答した。

 勢いに気圧されてストルテンバーはのけ反る。


「そ……うですか」


 裕次郎は場を落ち着かせるために咳ばらいを一つ。

 

「なあ、リンデル。それなら彼を殺すことをやめて身代金を貰ったらどうだ?」


 これまで、必要であるのなら殺傷も辞さない生き方を裕次郎は送ってきたし、これからもそうだろう。が、だからといって無闇に若者を殺したいわけではない。

 裕次郎の単純な提案にリンデルは目を丸くする。


「なるほど、身代金か。考えもしなかった。しかし、奴は高貴なワシを狙った賊。その命を助けるというのも……」


 うつろな目でブツブツとつぶやく少女に裕次郎はため息を吐いた。

 どうやら内部で独自の損得計算を行っているらしい。


「なあリンデル、このストルテンバーという賊の命と金貨ならどちらの価値が高いのかね」


「それは金貨に決まっておる!」


 そこに疑問を挟む余地はないようで即答が返る。

 

「まず俺が思うにだ。ストルテンバーには、この森へ侵攻した罪があり、報復と以後の見せしめのために殺すというのは筋が通っている。反対はしない。しかしながら、現金が必要なら交換をする、というのも検討の価値はあろう」


「現金など要るか!」


 リンデルの否定に裕次郎は首を傾げる。

 ストルテンバーも同様の表情を浮かべていた。


「金貨は欲しいのだろう?」


「おうよ」


「現金は要らない?」


「当たり前じゃい」


 裕次郎は少し考えたが、すぐに諦めて顎を掻いた。


「ストルテンバー。アンタは見たところ若いが、資産家なんだろう。金貨は用意できるか?」


「出来る。俺は都市貴族だから、金扱いは上手いんだ」


 金貨という響きがよほど甘美なのか、リンデルの口からはとめどないよだれが流れ落ちていた。


 ※


「そもそものおこりは……そう。魔女殿が周囲の民に治療行為をしていたことだ。それ自体は農民の評判もいいことがあり、王宮でも好意的にみられていたんだ。しかし、女王様のご病気に際して、治療のために出頭するようにと命令書を携えた使者を魔女殿は追い返してしまった。これは、まあ……反逆にあたるんだ」


 リンデルのヨダレを拭い、裕次郎は兵士を出動させるような大事の原因をストルテンバーに尋ねた。

 その回答にリンデルは目を吊り上げて怒鳴る。


「アホが! なぜワシが人間の為などにわざわざ出向かねばならんのじゃ! 上から命令をすること自体が空前の愚行でありワシへの反逆行為と思い知れ!」


 ギャーギャーと喚き散らすリンデルを宥めながら、裕次郎には少しずつ分かって来た。どうやら、この自称高次元生物の少女は人間に優越の態度を取られることに我慢が出来ないのだ。

 そこまで考えてピンときた。


「なるほど。鉱物としての金には絶対的価値を見出すのか。対して“国家が保証する”現金の価値を信じることが出来ないのだな」


 裕次郎の言葉にリンデルとストルテンバーが目を丸くする。

 リンデルは何を当たり前のことを、という表情だろうが、ストルテンバーは懐疑の顔であった。


「まさか。銭を扱って金を贖えば結局、銭も金貨も一緒じゃないか」


 ストルテンバーの言葉は全くもって真っ当な意見であろう。

 しかし、誰も彼もの行動を理解できるものではない。

 一方、裕次郎は少しだけリンデルの気持ちがわかる気がした。

 金銭や貨幣とはつまり、人間社会が生み出した便利な道具に過ぎない。誰かが価値を担保しなければ、あっという間に崩れ去ってしまうのだ。

 まして、リンデルの態度は国家の王位に着く人間さえも下に見ている。

 聞いたこともないような業者が発行するポイントカードのポイントに、現金と同じ価値を見出せるかどうかの問題だな、と思い裕次郎は笑う。

 ストルテンバーはポイントを発行する業者内のプレイヤーなので、価値を疑うことから困難なはずだ。

 

「貨幣の価値を論ずるのは後にして、なあリンデル。君は近隣の住民を治療していたんだろう。それはなぜだね」


 損得計算でいえば、そこらの農民など無視して女王の治療を行った方が利益は上げやすかろう。しかし、リンデルは当然という風に回答する。


「なぜって、この辺の連中はワシを崇めてるからな。その上、季節ごとには作物や酒を献上してくる。いってみればホムンクルスと等しくワシの生産装置じゃ。自らの道具が傷めば修理するのはおかしな話ではなかろう」


 なるほど。思わず裕次郎は唸っていた。

 目の前の少女は自らを圧倒的高所に置き世界を眺めていて、全く人間に上下を付けないのである。彼女にとっては人間同士の内で着いた身分差などよりも、敬意を払うかどうかが重要なのだ。


「よし、わかった。じゃあこうしよう。ストルテンバー、森の魔女に忠誠を誓い今後は一定量の金貨を定期的に納入したまえ。それが嫌なら、死だ。もちろん、誇りに殉じて死ぬのであれば、それも価値観。尊重しよう。リンデルもそれでいいかね?」


 裕次郎の問いにリンデルは険しい顔を浮かべる。

 金貨への強すぎる欲求が彼女の判断を鈍らせていた。

 

「構わんが、面倒事は貴様がやれよ。ワシは毎月徴収に廻ったりせんからな」


 プイ、と横を向いてヘソを曲げるリンデルに苦笑して裕次郎はストルテンバーに向き直る。決めるのは彼だ。

 ストルテンバーは顎を掻き視線を床に這わせると、おもむろに床へと跪いた。


「ああ、そういうことなら魔女殿に忠誠を誓わせて貰おう。今回の騒動を詫び、あなたの為に尽力いたします」


 淡々と誓われれる忠義に、リンデルは腕を組んだままふんぞり返り「受けよう」とだけ返したのだった。

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