第6話 指輪談義

「いらん、いらん。こちらの負けだ。話したいなら勝手に話せ」


 しかし、若手の指揮官は大きくため息をついて首を振った。

 そう言って両手を上げると、周囲の雑兵にざわめきが広まる。


「ほお、決断がお早い。素晴らしいですな」


「若、俺の事なら気にせんでください!」


 足元で大男が動くので、裕次郎は剣先を引っ込めて彼を自由にした。

 こういう時、自ら首に剣を刺して自殺されるのが一番困る。


「なあデュトイ、お前の話はしていないんだ。もしこれが大一番でこちらが勝てそうならお前のことなんか気にせず戦うさ。だがこんなつまらん任務で、しかも負け戦だ。戦いを続けるんならそいつはお前にとどめを刺した後、俺を殺す。頼りになる連中は全員動けない。お前の任務は俺を守ることだろう。だったら黙って寝ててくれ」


 デュトイと呼ばれた大男は複雑そうな表情をすると体から力を抜いた。


「つうわけで、俺たちの負けだ。身代金なら俺と動けない連中で十分だから他は解放してくれることを、指揮官として望む。この俺、ストルテンバーの名誉も掛けよう」


 乾いた笑みを浮かべる男だな、と裕次郎は思った。

 なにがしかの役にあるのだろうが、年齢の割には大人びており、その諦観は息子の忍を思い起させる。


「しかし、どうするかを決めるのは私ではありませんので。指揮官殿、部下の前では話せないこともあるでしょう。私と一緒に来てください」


「行くよ。どこにでも好きに連れて行ってくれ」


 ストルテンバーは投げやりにいうと、傍に控える従者に命じて鎧を外させた。


「俺もついて行きますよ!」


 跳ね起きたデュトイが縋るように裕次郎を見る。

 しかし、ストルテンバーが首を振った。


「ダメだ。お前はこれを持って、ここで待っていろ。そうして、日没までに俺が帰らなければ隊を率いて帰還するんだ」


 凝った装飾の施された短剣をデュトイに押しやると、ストルテンバーは裕次郎の前に立つ。


「魔女の森に行くんだろ、さっさと行こうぜ。まったく、得体のしれない森の中なんて嫌なんだけどな」


 ブツブツ言いながら先に立って歩き出した。

 あっという間の敗北をまだ飲み込めない兵士たちは茫然とした表情でその背中を見送っていた。


 *


「貴様、何を考えとるのだ!」


 リンデルは眉間にシワを寄せて裕次郎にすごんだ。

 しかし、いかに長命の化け狸であろうとも、顔が少女ではあまり怖くはない。

 場所はリンデルの小屋である。

 ストルテンバーは椅子に座ってぼんやりとしている。


「おまえが偵察に行くというからワシは見送ったんじゃろうが。それが一人で斬り込んできた? 死んだらどうするつもりだったんじゃ、貴様は!」


 襟首をつかんで迫るリンデルに、襟が伸びるなと思いながら裕次郎は笑った。

 

「落ち着いてくれよ、リンデル。俺は行けると思ったから、行った。事実として、無傷でやれた」


 影働きは常に自己判断が大事だった。やるべき、と思った時に物事をやるのは欠かせない才能なのだ。今回はその才能が行け、と囁いた。

 噛んで含める様になだめると、リンデルは忌々し気に手を離す。


「その体には超高度な魔術的、科学的技術が投入されている。我が身といえど粗末にすることは、ワシへの敵対とみなすぞ!」


 目にはっきりと怒りが現れている。

 傲慢な少女が自分の身の安全にこだわることに裕次郎は面食らった。

 

「魔女殿、横から口を挟むようで恐縮ですが……」


「そのまま縮こまって消えてしまえ!」

 

 おずおずと口を開くストルテンバーに、怒りの治まらぬリンデルはキッと睨みつけて怒鳴りつける。ストルテンバーは肩を竦めて裕次郎に視線をやった。


「だいたい、ワシに弓引いた連中の頭目なぞ、小人どもの餌にしてくれればいいんじゃ。裕次郎、こいつを殺せ!」


 先ほどの小人が人を食うことに驚きつつ、裕次郎は傍らの薪を拾った。

 

「悪かったな、ストルテンバー」


 別に恨みもないのだ。裕次郎は今から撃ち殺すことを詫びた。

 ストルテンバーの方も慌てるでもなく不敵な笑みを浮かべている。


「かまわんさ。俺を殺すかどうか決めるのは自分じゃないと確かにアンタは言った。俺はそれを受け入れて着いてきた。そこの魔女殿が勝者の権利を行使したいとおっしゃるのだから、敗軍の将としては受け入れるばかりだよ。せめて、一思いにやってくれ」


「それは約束しよう」


 裕次郎は薪の持ち手を確認する。

 打たれたことも気づかぬ内、痛みを感じる前に絶命させてやろう。

 

「感謝しよう。感謝の証として、貴殿に金貨の一袋を進呈したい。これを部下のデュトイに渡し、引き換えに貰ってくれ」


 ストルテンバーは右手の人差し指から銀の指輪を抜くと、差し出した。


「待て!」


 指輪を受け取ろうとする裕次郎をリンデルが止めた。

 

「今、金貨と言ったか?」


 その問いに、裕次郎もストルテンバーも怪訝な顔つきになる。


「いや、聞き逃したりせんぞ。貴様は確かに金貨と言った。その金貨は、ワシが貰ってもよいよのう?」


 金貨という響きにリンデルはニンマリと笑い、口の端からは涎をこぼしている。

 

「というか、その指輪もワシが貰ってよいよのう。なんせ、ワシの戦利品じゃからな」


 裕次郎にはリンデルが何を言いたいのか、よくわからなかった。


「いや、金貨はリンデルが受け取っていいが、指輪はダメだろう。指輪を彼の部下に渡さないと、そもそも金貨が貰えないんだから」

 

 途端に、リンデルは肩を落とし、深いため息を吐いた。

 

「裕次郎はなぜ、そんなにも冷たいことが言えるのじゃ。このいたいけな美しい少女から指輪を取り上げて、心は痛まぬのか?」


 ストルテンバーは意味が解らず、指輪を持ったまま首を傾げている。

 裕次郎も薪を握ったまま、同じ気持ちを味わっていた。

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