第5話 観察

 小道を抜けると前方に平野が広がっており、討伐隊はそこにいた。

 三百メートルほど先で広がった兵士たちが鎧を身に着けている。

 数十人だが、正確な頭数はつかめない。

 裕次郎はためらいなくそちらに向けて足を踏み出した。

 ゆったりとした速度で走り出し、中ほどまで近づいてからはゆっくり歩く。

 体の動きは申し分ない。


「おい、止まれ!」


 討伐隊の数人が声を掛けてきた。

 なるほど、たしかに言葉が通じる。裕次郎はその事実に頷いた。

 言われた通り素直に止まると、何食わぬ顔で自らの頭を撫でる。髪が細くなり、薄くなりかけた頭髪ではない、豊かな髪の存在が手の平に伝わった。


「貴様、いま魔女の森から出てきただろう。何者だ?」


 ばらばらと六人が走り出て裕次郎を取り囲んだ。うち、二人は剣を抜いている。

 簡単なヘルメット型の兜と、上半身には胴当てを着込んでいるが、下半身には防具を何もつけていない。

 と、裕次郎は剣を持っている兵士を指さして怒鳴りつけた。


「貴様、私が誰だか知って剣など向けているのだろうな!」


 腹からの大喝に兵士たちはビクリとして固まる。


「まったく、部下の躾がなっておらん。この隊の責任者は誰かね?」


 その声は陣地まで届いたようで、取り囲んでいない兵士たちも何事かと様子をうかがっている。

 剣を手にした兵士はどうしたものかわからず、助けを求める様に陣地の方を振り向いた。


「もういい、私が直接抗議する。ほら、さっさとどかんか!」


 苛立たし気な声に押され、兵士たちは思わず道を開けた。

 これで第一関門は突破である。


「あ、ちょっと……」


「私の前を遮るのなら今後の進退を覚悟するんだな!」


 追いすがる兵士に怒鳴りつけると、彼らは完全に足を止めた。

 いきなり現れた男が偉そうに振舞うと、人は困惑するものだ。

 本当に偉いのか、頭がおかしいのかは関係ない。ただ、個人としては距離をとって他の者に任せるのが最良の選択なのである。

 ましてその闖入者は平服で、手に棒切れを一本握っただけ。

 数十人からなる武装集団が優位を侵されるわけでもないという思いも判断を誤らせる。

 裕次郎はズンズンと歩を進めるが、前に立つ兵士たちは関わり合いになるのを避ける様に左右へ動いた。

 前衛の味方が通しているのだという打算もあろう。

 しかし、責任を他に転嫁できない者も確実に一人いる。


「誰、アンタ?」


 指揮官と思わしき男が声を掛けてきた。

 年の頃なら二十前後だろうか。まだ若い。

 しかし、腰に提げた短剣の鞘や胸当てにも金のかかりそうな拵えが施されている。更に、彼の周囲にはハッタリの通じなそうな兵士たちが数人、立ちふさがっていた。

 指揮官直卒の兵士だろうか、いずれも屈強で物腰から察するに他の雑兵とは練度が違う。装備もややグレードアップしていて、鎧には肩当てが付いており、兜にも頬当てが付属していた。

 雑兵たちは関わり合いになるのを避ける様に距離をとり、輪になって討伐隊の指揮官とその側近を取り囲む。

 輪の内に上級兵士たちが五人、残っていた。

 裕次郎はそれを確認すると、最も手前の兵士に向かい駆けだした。

 相手が腰の剣に手を伸ばした時には、間合いを詰め終わっている。体が軽い。

 狙いは太もも。

 棍棒代わりの薪は兵士の足を打ち、重たい音を上げた。

 兵士は苦悶の表情を浮かべ地面に倒れる。手ごたえからいって、三日はまともに歩けまい。

 これで一人。

 と、横手から振り下ろされる剣をよけながらその手首を打ち抜いた。

 骨は折っていないつもりだが、しばらくは片手での生活を強いられるだろう。

 いける。裕次郎は新しい体に感動した。

 身体能力もいいが動体視力も反射神経も十分にいい。リンデルはいいものをくれた。

 思いながら三人目の突きをよけ、四人目もあしらう。

 上級兵士たちの剣撃は人を殺すことに慣れた、躊躇いのない、いい攻撃だった。

 が、仲間を壁にして背後から刃物を突き通してくる程の敵ではないらしい。

 体勢を崩した兵士にそれぞれ一撃をくれ昏倒させると、ほんの一呼吸の間に上級兵士の残りは一人になっていた。

 頬に傷を持つ、いかにも古強者といった男は体も大きく、目つきから油断もないことが見て取れる。

 大男は指揮官と裕次郎の間に立ち、牽制しながら片手をあげた。

 それに呼応するように周囲の雑兵たちが槍を手に、ジリジリと距離を詰めて来る。こうなると裕次郎の不利であり、そうさせないための立ち回りであった。

 しかし、もう遅い。

 裕次郎は薪を振りかぶると、あらん限りの力を込めて投げつけた。

 うなりを上げる薪はまっすぐに指揮官の方へ飛んでいき、慌てて遮った大男にぶつかって止まった。

 お見事!

 その忠誠と献身に裕次郎は内心で喝さいを送る。

 わが身を呈して指揮官を守った大男はそれによって大きくバランスを崩し、その隙に忍び寄った裕次郎を振り払うことができなかった。

 一本背負い。

 剣を制しながら大男を地面に叩きつけると、裕次郎は呼吸にあえぐ大男から剣を取り上げた。


「さて、指揮官殿。私としばし雑談などいかがかな?」


 裕次郎は大男の首元に剣を突き付けて指揮官に提案したのだった。

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