第4話 アリクイ

「ときに裕次郎」


 リンデルは机にもたれながら口を開いた。


「ここは、実はお主のおった世界とは別の世界じゃ。異世界、といっていいじゃろう。おおよその物理法則や大気組成は似たようなもんじゃが、違う点もある。最大の違いはワシの様な高次元生命が生息しておることじゃ。そうして、人類の保持する文明の程度はお主の元おった世界と比べて低い。特異的に進んだ技術もあるが、全体的には五〇〇年ほど遅いかの。これも、様々な理由があるが、最大の理由はワシと同種の生命体が影響しておる」


 リンデルは詰まらなそうにため息を吐くと、尖った目つきで天井を睨みつける。

 その態度にコンプレックスと嫌悪感を読み取り、裕次郎は首を掻いた。

 化け狸には数百年を超えて生きる者もおり、そういった存在は神にも近いと本で読んだことがある。リンデルという狸が不可思議な力を所持していることに疑いはないが、それでも更に上位の存在には届かないのだろうか。


「わざわざ世界を渡って、俺のいた世界に隠れていたのもそれが原因かね?」


 化け狸には化け狸の都合があるのだろう。

 裕次郎の問いにリンデルは顔をしかめる。

 

「……まあ、そうじゃな。この森に隠れておるのもそう。人間に扮しているのもそう。この世界に生きる別個体を警戒してじゃ。しかしの、ただ己の長命を頼みにのんべんだらりと時を過ごす愚か者どもとは違うぞ。ワシは常に力の獲得にむけて働いておる。年寄どもなどいつか、軒並み牙にかけてくれるわ」


 剣呑な態度の少女を見ながら、裕次郎は残りの粥を口に掻きこんでしまった。

 満腹には程遠いが、体も温まった。

 狸がいれば狐もいるのだろうか。幼いころ、唐傘お化けに会いたかったのをふと思い出す。

 

「さて、それでは最初の槍働きを命じようかのう。実は、この森に向けて不敬にも討伐隊が向かっておる。ワシが正体を隠しているとはいえ、焚火に盲進する蟻のごとき愚行じゃ。その気になれば、ワシと遭遇する前に自らの命を絶たなかった愚行を後悔させるのも簡単なんじゃが……」


 あくまで傲慢で強気な態度をリンデルは崩さない。

 しかし、裕次郎は彼女の力のほどを計りかねていた。

 確かに不可思議な存在ではあろう。しかし、彼女がそれにのぼせ上がった蒙昧なのか、正しく脅威の塊であるのかは見極めを付け難い。

 

「俺が、その蟻どもを痛めつけて追い返せばいいのだろう」


 裕次郎は木椀と匙を置いて立ち上がった。こういうのは慣れたものである。

 リンデルもチラリと視線を上げ、頷いた。

 

「難儀なもんでな、ワシが力を振るうと大げさになりすぎる。ワシがここに伏せておるのを同類に察知されかねん。それはおおいに困るのだ。ここを気に入っておるでな」

 

 リンデルが木椀を取って立ち上がり、部屋を出ていくので裕次郎も席を立って後について行く。二人は扉を開けて外に出た。

 そこには畑が広がり、様々な花や作物が植えられていた。

 数ヘクタール程の農園だ。その周囲を囲むように鬱蒼とした林が広がっている。

 やや肌寒く、日差しは強い。

 今まで中にいた小屋は、中からの印象通り粗末な木造だった。

 手動ポンプ式の井戸が扉を出てすぐのところに設置してあり、その下には大きめのタライが水を張って据えてあった。リンデルは木椀をタライに投げ入れる。パチャリ、と着水した木椀はそのままプカプカと水に浮かんだ。

 

「ここを作って整備するのに二十年あまりかかっておる。生えておるのは貴重な作物や薬草の類なので捨てるには惜しい。出来るならワシの力は使わずに話を済ませたい」


 なるほど、見事なものである。作物の周りには雑草の一本もない。

 と、リンデルが口笛を吹いた。

 作物や花がワサワサと揺れ、その陰から小さな人影が飛び出て来た。

 身長は二〇センチほどだろうか。禿頭で、体に布切れを巻いた小人である。

 それが物陰から次々と這い出してきて、リンデルの前に整列した。

 ざっと二百体ほどおり、手に手に自らの身長ほどの小さな銛を持っている。


「こいつらは作物の管理を担当するホムンクルスじゃ。ゴーレムの技術も入っておるが、おまえの先輩たちだと思え。こいつらを作物に隠し、畑を戦場に迎い打てば討伐隊くらい追い払えようが、それだと畑が踏み荒らされるしこいつらの数も減ってしまう。おまえの登場したタイミングはちょうどよくてな。荒事は得意じゃろ」


 リンデルの指は、林の切れ目を差していた。

 二メートルほどの道が林を裂いており、畑側の出口には柵が設置してあった。


「おまえがあそこに立ち、攻めてきた兵士を牽制する。その隙に小人たちが横手の茂みから攻撃するのよ」


 ふっふっふ、と笑うリンデルに裕次郎は頷く。

 悪くない戦法だろうとも思う。敵が不用意に林へ立ち入った場合も、見えづらい小人たちが脅威になるだろう。


「それでリンデル。討伐隊というのはどの程度の規模で攻めて来るものなのかね?」


 裕次郎はリンデルに尋ねた。

 リンデルの作戦で防げるとすれば攻め手がせいぜい百名くらいまでの場合だ。

 それ以上になれば小人たちを排し、強引にでも林に押し入って通過し、背後に周りこまれてしまうかもしれない。

 

「なに、向こうはワシをただの美しい小娘と思うておる。大したことはない。物見の報告によれば総数で四十名前後の歩兵が王都から半日の行程を終え、間もなく向こうの丘に布陣する頃だそうだ。しばしの休憩を終えれば本格的な攻撃が始まるぞ」


 この娘はなんでも知っている。思わず裕次郎は感心した。

 口では敵のことを蟻と表現しておきながら、まったく油断をしていない。

 警戒の深さは小心によるものか。

 

「質問だが、向こうの装備に銃はないのかね?」


 五〇〇年前の水準なら原始的な銃が存在してもおかしくない。しかし、リンデルは首を振った。


「この世界にもおまえのいう銃が存在しないわけではないが、冶金技術が未発達の地区では出回っていない。この国もそうだが、討伐隊の武装は大半が槍、数名が私物として短弓を持っている程度じゃ。それも林に守られたここでは怖いものではないのう」


 なるほど。非常に参考になる。


「ちなみに、討伐隊の連中と俺は会話が可能なのか?」


 裕次郎の言葉にリンデルは目を丸く見開く。


「言葉が通じるか、という意味なら通じる。ワシは不細工な仕事はせんのじゃ」


 じゃあ、問題ない。裕次郎は頬を緩めた。

 こういう仕事は、やはり楽しい。

 

「とりあえず偵察だ。敵をこの目で見てくる。先輩方に準備をさせて待機していてくれ」


 裕次郎は小屋の軒下に積んである薪の山から握りやすいものを一本拾って、少女に告げるのだった。

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