第39話 想定外

車窓から外の景色を眺める。


帝国で過ごすことで、共和国に居た頃の知識があまりにも事実とかけ離れていたことが分かった。


今、共和国兵は帝国に侵入したと思っているのだろう。だが、そこは帝国ではない。帝国軍による防衛に頼っていてもそこは旧セルドロス領という、共和国兵が知らない国なのである。端から見ると愚かにも思えるだろう。

 

僕は、共和国ではなく、帝国に行ったことにより、事実を手に入れた。だが、その事実を手にしたことで、僕は僕の過去の努力を美化することは出来ない。ただ、国際的な悪に力を与えていた罪悪感を抱くだけである。

 

僕は未だに選択が正しかったか、を確信することが出来ない。だから、あやふやに生きている。帝国軍としての誇りを持てずに、共和国を憎めずに。

 

「久しぶりの戦場だねー」

 

シズが思い出したかのように言う。


そうだ。これまで、こんなにも長く戦場を離れた時期はない。いつも生活の中心にあったのは戦いであり、この一ヶ月間が人生史でイレギュラーな時期だった。

 

「そうだね。ちゃんと仕事はしてこよう」


半ば、自分に言い聞かせるように言葉を発する。

 

「うん!昨日のやつを使う?」


昨日のやつとは、恐らく新しい思念術だろう。

 

「使う時はそうするよ。だけど、最初は僕だけで充分だよ」

 

「えー、退屈になっちゃう」

 

不満そうな声を漏らすシズをなだめる。

 

「それじゃ、僕の思念術を見ていてよ。改善点が色々あるかもしれない」

 

「あ、そうだ。まだ私、ネオの思念術を見たことない!」

 

「うん。まだシズの前では使ったことがないね」

 

「分かった!それじゃ、私が先生ね!厳しめ採点でいくよ!」

 

「そこは甘めでお願いしたいかな・・・」


シズのような先天性思念術士から見ると、僕の思念術などおもちゃと同然だろう。


厳しめ採点だったら、点数が出るかも分からない。むしろ、点数があるだけマシだろう。

 

それから他愛のない話をし、時が過ぎていく。

 

「そろそろ前線に到着です。用意をお願いします」

 

運転席から声がかかる。

 

「了解です」

 

「はーい!」

 

かなりの早さで飛ばし、10時間かからずといったところだ。


到着時間で考えると、どうやら、旧セルドロス領と共和国の国境付近ではなく、旧セルドロス領の帝国領寄りといったところだろう。


だが、大規模遠征ではないらしい。遠征距離が長くなるにつれ、人員も多くなるのが、遠征の基本なのだが、どういうことなのだろう。

 

「ネオ、シズ特殊兵。参りました!」

 

前線指揮官へ報告する。

 

「良く来たな。元共和国兵」

 

「・・・・」

 

何も返事が出来ずに無言になる。

 

「まぁ、良い。今は味方なのだろう。働いてくれれば、元共和国兵だろうが関係ない」

 

40には達しているだろう。見事な鬚を顎に持っている、指揮官の言葉を待つ。

 

「今の状況は知っているか?」

 

「大規模ではない軍勢が旧セルドロス領へ侵犯している、という情報のみです」

 

車の中で得た情報をそのまま伝える。

 

「あぁ。1日前だったら、その情報で間違いない」

 

苦虫をかみつぶしたような表情で爆発音が鳴り響く前線を見る。

 

「・・・状況が変わったと」

 

「そうだ。お前の元所属部隊だけでやってきやがった」

 

「それは事実でしょうか」

 

にわかには信じられない。僕が知っている共和国軍の戦い方は、通常部隊を前線に出し、特務聖剣部隊に所属している聖剣使いと思念術士は後方からの攻撃に徹する、というものである。特務聖剣部隊を単体で遠征させるなど聞いた事がない。

 

「事実だ。我々も、特務聖剣部隊だけでは動かないはずだと予想していたのだが」

 

一つだけ思い当たる節はある。


僕が最後に出した報告書。その中には特務聖剣部隊だけで遠征させる、という案も含まれていたはずだ。当時は、特務聖剣部隊だけで遠征させれば確実に帝国を落とすことが出来ると思っていた。そして、今もその思いは変わらない。


だが、その作戦は絶対に行われることがないと思っていた。


理由としては、万が一、その作戦が失敗し特務聖剣部隊が失われた場合、共和国は自国を守ることが出来なくなるためである。


共和国の政治家達の思惑により、遠征は行われるが、その政治家達は帝国から追われている身でもあり、共和国という盾を壊す訳にはいかない。


だから、政治家達は遠征に際して特務聖剣部隊を全員派遣するといったことは絶対にしない。しないはずだった。

 

「・・・分かりました。とりあえず、私達が行きます」

 

「頼むぞ」

 

信用していない目が僕の目と合う。当然だろう。このまま、僕が前線で帝国軍として戦わず、共和国軍に再度寝返った場合、共和国軍は間違いなく帝都まで進軍出来るに違いない。


その可能性を知りながら、僕を前線に送ったのは、想像していたよりも格段にマズい状況だと思っているからに違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る