第37話 ジン
時間に余裕を持って起き、朝食をゆっくりと味わい、授業の内容を教室に入ったら予習している優等生にも関わらず、彼に話しかける者はいない。
むしろ、彼が教室に入ってきたら騒がしい教室が一瞬で静かになるのである。
「これって、僕のせい?」
唯一、学校で話せる隣人である同居人に尋ねる。
「はい。まさにそうです」
オブラートに包み込んでくれれば良いものを、包装の「ほ」の文字すら見えない直接的な配達をするミユ。
現実から逃避するために、窓の方を向く。学校は高台の上にあり、景色は良い。今は冬で草木が生えていないが、季節が移り変わると、目下は緑で埋め尽くされるのだろう。
そんな感じで、ホームルームが始まるまで授業の予習をしながら外を見つめていたのだが、授業開始三分前に目の前の景色が少し変わった。昨日は空席だった前の席に人が座ったのである。
そして、驚くべきことに話しかけられた。
「よっす。君が噂の元共和国兵?」
このくったくのない笑顔を向ける男子は軽すぎる挨拶で、元共和国兵を驚かせた。
「う、うん。そうだよ」
「お、よろしく~。俺はジンだ。名前は?」
「ネオだ。よろしく」
「何か困ったことがあったら言えよ!ただ、斬りたくなったからっていう理由で後ろから不意打ちするのはナシだぜ」
「斬らないよ!!」
どんな人だと思われてるんだ、僕は。
「そうなのか?噂で転校初日にリズロットを複雑骨折にしたとか聞いたから、短気なヤツだと思っていたぜ」
「確かに病院送りにしてしまったけど・・・」
ヒュゥ~、と口笛を吹くジン。
「それ本当なんだな!あのリズロットを倒したのか。流石、元軍人だ」
「それ程でもないよ。全然、大したことはない」
首を振りながら、謙遜するネオ。だが、それを見ているミユもクラスメイトもその謙遜は要らないと心からツッコミをしていた。
「そうなのか?まぁ、リズロットよりは強いんだろ? 特殊兵の仕事も頑張ってくれ!」
そう言って僕に親指を立てる。どうやら、昨日は欠席だったにも関わらず、僕が元共和国兵で、現在は帝国軍特殊兵であることを知っているらしい。
「ちなみに、リズロットを病院送りにしたって噂は広まってるの?」
「勿論。この学校にいる全員知っているだろ。俺でも知っているくらいだからな!」
「あー・・・、なるほど」
もうどうしようもないらしい。僕の第一印象は「転校初日に帝国軍特殊兵を病院送りにした元共和国軍の現職帝国軍特殊兵」らしい。現職帝国軍特殊兵しか良いポイントが見当たらず、他は全て完全なるマイナスポイントである。
ホームルーム開始のチャイムがなり、伝達事項が伝えられる。特に何かが起きたってことはなく、一時限目と二時限目が入れ替わったということだけである。時間割を確認すると、今日の二限目は体育。
そういえば、聞いた事がある。一般の学校では、軍事演習ではなくスポーツなどを行う体育なるものが存在すると。もしかして、これが本当の体育なのか?想像の中にあった出来事を実際に今から行うと知り、心が躍る。
「指定の体操服はこちらです。どうぞ」
ミユが僕に体操服を差し出す。
「な、2人ってどんな関係?」
唐突にジンが会話に潜り込んでくる。
「ミユ?彼女は僕・・・」
僕の開いていた口をとてつもない早さで右手を使って塞ぎ、彼女は口を開く。
「唯一の友達です」
「お、そうなのか!だが、俺もネオは友達だと思ってるから、唯一の友達ではないな!残念!」
「あ、はい」
ミユが面倒くさそうな目をして、ジンから目を逸らす。そして、僕の方を見て溜息をつく。
「勘弁してください」
「ごめん・・・」
またもや僕は失敗を重ねるところだった。嘘を付けないのは美徳、という昔からの言い伝えがあるが、僕は嘘をつかなければ学校生活を上手に過ごせないらしい。
もう、失敗しているからどうしようもないけどね。
それから更衣室に行き、体操服に着替える。体操服は着慣れている軍服。そうか、軍服は体操服としても使用されてるんだな。破れにくく、体を守ってくれる。そんな優れものを教育現場が逃す訳がないか。一人で納得して、着替える。
「おい、それはヤバいだろ」
ジンが僕の体を指差し、呟く。振り返ると、更衣室にいる男子全員が頷いている。
「え、何が?」
「筋肉ってそんなに付くものなのか?あと、歴戦の勇者みたいな傷も沢山あるぞ」
自分の体を眺めてみる。引き締まっている身体だとは思うが、そこまで筋肉量は多くないと自覚している。
でも、確かに傷の跡は多い。精錬場時代は下から数えた方が早いほどに弱く、よく剣を打ち込まれていた。その度に傷は増え、今でも消えない一生モノとなっている。
「まぁ、軍人だから?」
とりあえず、無難な答えを頭の中から導き出し、更衣室の皆に伝える。
「俺達もあと数年後には軍人になる予定だけど、そんな体になる未来は見えないぜ」
ジンが呆れた声で言う。
「大丈夫だよ。日々のトレーニングを怠らなかったらいつかなれると思うよ」
そう言って着替えを再開する。上裸で同性なのだが、他人に見られるのはやはり気恥ずかしいのである。
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