第12話 一人二役
それから2週間が経ち、遠征の計画も詳細が明らかになってきた。今日もラウラに練習を付き合って貰うため、夜になると剣技場へと向かう。
「今日も行くのー?」
僕の部屋で寝転んでいたシズが不満そうに声を漏らす。
「うん、最近忙しくてごめんね」
「うーん、別に良いけど・・・。ラウラさんと一緒なんだよね?」
「うん、そうだよ」
急にシズが立ち上がって背伸びをし、耳の近くで囁く。
「変なことはしちゃダメだからね?」
「しないよ!」
全く。一体誰がこういう事を教えてるんだ?
そう思って、僕自身はどうやってそういう知識を手に入れたのか思い出してみるけど、全く記憶してない。
やっぱり、年を取ると自然と身につく知識なのだろうか。
「遅いわね」
剣技場へ着くとラウラが既に待っていた。
「ごめん。待った?」
「少しだけよ。早く用意してちょうだい」
ラウラが素振りをし始めると、聖剣がとてつもない音を立てて空を切っている。僕には到底出せない音だな。
こう言ってしまうと、ラウラが筋肉質のパワー重視型だと思われてしまうけど、実際には違う。ラウラは、生まれ持った運動神経が良いのか、体の使い方がとてつもなく上手い。
つまり、ラウラは筋肉ではなく体の重心を使うことで、想像以上のパワーを出すことを可能にしている。
さらに、重心移動が早いため次の動作も通常の人と比べて一段階早く行うことが出来ている。
「まだかしら」
「あ、もう大丈夫だよ。今日もお願いします」
「それじゃ、昨日の続きをやってみて」
「分かった」
銃の所持を認められなかったあの日から、一度は無理だと諦めた自分自身で思念術を行使する練習を再開した。
だが、前回とは違いラウラの助けをもらいながら行っている。ラウラは特務聖剣部隊の中でも一人で二役可能な希な人物であり、今の僕が目標としている姿とピッタリ一致する。
天才肌で、教え方が感覚的なのが悩みの種だが、贅沢を言っている場合ではない。
集中し、自分が脳内で認識している事項を全て押し込めるようにして、構えている聖剣の形にする。
ここまでは大丈夫。そして目を開けて、実際に構えている剣へ入れ込むように思念を放つ。
すると、微かながらに聖剣が震え始める。
だが、それが数秒続くと、聖剣は何もなかったかのように静まり返った。
「凄い上達してると思うわ。聖剣が反応しただけでも収穫よ」
手をパチパチ叩きながら褒めてくるラウラ。だけど、気になった点はいくつかあった。
「さっきの震えは聖剣が思念を拒否していたってことなの?」
「そうよ。でも拒否されたのは思念の強度が貧弱だったから。これまでシズちゃんの思念を受けていた剣だもの。ネオが今放った程度のものでは満足出来なかったのでしょう」
そうなのか。いつの間にか、僕の剣は贅沢になっていたらしい。
「それと、思念っていうものは今みたいなもので大丈夫なの? そもそも、どんなものか理解出来ていないんだけど・・・」
「ええ、問題ないわ。そもそも、思念っていうのはただの概念なのよ」
「概念? だけど、その概念が分からないんだけど・・・」
「そうね。聖剣はアルタマイト鉱石で作られたもの。それは知っているわよね?」
「うん」
アルタマイト鉱石とは、人が触れる、近づくと色が変わる特殊な鉱石だ。この色が変わる要因はその人の感情などからくる脳波だと言われている。
「アルタマイト鉱石の特性は本来、色を変えるだけだわ」
言葉を選ぶようにしてラウラが話す。
「だけど、私達はそれを超越した能力を引き出さなければならない。だから、アルタマイト鉱石にとって強力に作用するような脳波を出さなければならないの。それが、思念。人によって作り方は大きく違うし、思念の絶対的な定義は存在しない。ただの呼称なのよ」
「なるほど・・・」
これまで、思念にも絶対的な何かは存在すると考えていたが、これが間違っていたらしい。
「さ、もう一度やってみて。体に痛みはないでしょ?」
「うん。ないよ」
ふと、シズのことを思い出す。聖剣を握りしめる力が無意識に強くなる。
「もう一回やってみるね」
さっきの話を聞くからにして、僕は強くアルタマイト鉱石が反応するような思念を作ることが出来れば良い。
今、僕がもっとも強く思っていること。
シズを守りたいという決意を型にして、剣へと放つ。
すると、黒の聖剣がオレンジ色の光を持つようになる。
「それよ! 少し振ってみて!」
ラウラが興奮気味に叫ぶ。
だけどこれは思ったよりも大変だ。思念術士がいかに集中力を必要としているかが本当に理解出来た。
あくまでも感覚なのだが、剣と脳に線が繋がっているような感触がある。
剣を少し動かすだけで糸が揺れ、剣との繋がりが薄くなる気がする。
季節外れの汗を垂らしながら、剣をゆっくりと鉄製の的人形へと向かって振り下ろす。
すると、想像の10倍以上の感触が手から腕へと伝い、剣はオレンジ色から黒へと戻っていった。
「出来たじゃない!上出来よ!」
自分のことのように喜ぶラウラを見て、少し頬が緩む。
「ラウラのお陰だよ」
椅子に移動することすら出来ず、床へと腰を下ろす。
これまで、思念術士には負担が大きくかかるとは知っていたけど、これ程とは想像すら出来ていなかった。
これを経験すれば、確かに思念術士と聖剣使いは別々にしなければならないと納得できる。
幼少期から何の訓練も受けていない普通の人ならば、絶対に耐えることが出来ないだろう。
「成し遂げたのはネオよ。疲れた?」
「うん・・・。しばらくの間、歩くのも難しいかも」
ラウラがドヤ顔をキメてこちらを見てくる。
「私はこれを走りながらしているのよ。凄いでしょ」
「うん。もう、素直に尊敬するし、逆に恐ろしいまであるよ」
これを走りながら、剣を振り回しながら行うのは人ではないのかもしれない。どれほど、ラウラが超人的な存在なのか改めて思い知った。
「でも、続けていれば慣れるわよ。私も慣れるまではそんな感じだったわ」
あと、一週間でこれを自分のものにしなければならない。無理と言われるのは目に見えているが、僕は既に覚悟を決めている。
それから少し剣技場で休憩し、自室へと帰る。それにしてもオレンジか。少し意外だったな。
いつも、シズの思念術を受ける時には綺麗な青に剣は染まっている。色には聖剣使いも影響していると言われていて、だから僕も青に近い色かと思ったけど、まさか青と反対の赤に近い色だったとは。
だけど、色は僕が思念術使うには一切関係がない。
シズのように先天性思念術士であり、長期間かけて思念術の練習をすると、特殊効果を引き出すことが出来、それがその色に関連したものなのだ。
だけど、先天性思念術士ではない人がその領域に達したことは聞いた事がない。だから、色がどうであろうとただのビジュアルにしかならないのである。
「おかえりーってどうしたの!?」
僕の部屋でお菓子を食べながらお茶を飲んでいたシズが汗だくの僕の格好を見て、慌てて玄関まで走ってきた。
「ただいま。うん、ちょっと練習がハードでね。お風呂に入ってくるよ」
「うん。着替えを用意しておくね」
「ありがとう」
普段はシャワーのみで終わるが、今日はお風呂にも入る。暖かいお湯の中で筋肉をほぐすことによって明日に疲れを残さないことが目的だ。
お風呂に浸かりながら考える。今、僕が何を練習しているかシズに言うべきなのだろうか。
シズの性格上、僕が思念術の練習をしているとすれば、私の居る意味がないと言い出しそうなのだ。
そして、私のせいでネオが頑張らなくちゃいけない、と勝手に責任を感じてしまうのではないのだろうか。
だが、このまま隠し通せるものではない。どうするべきか・・・。
悩んでも結論は出ない。
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