第10話 ネオ:美容師編

シズに布団を掛けてあげて、ラウラの部屋へと行く。


実は昨日、いや今日、基地に帰還したタイミングでラウラと出会い、髪を切る約束をしていた。


時間は決めてなかったけど、今日は一日中暇してると言っていたので、今からでも大丈夫だろう。


ラウラの部屋は僕やティトと違い、5階にある。


階段を上がり、528号室を探す。

 

部屋を見つけるとインターホンを押し、居るか確認する。

 

「はーい」

 

「あ、ネオです」

 

「あ、お久しぶりっす。今、開けますね」

 

ラウラのパートナーであるナナが変わりにドアを開ける。

 

「どぞどぞー。部屋主は今、買い物に行ってるんで待っててください」

 

「ありがとう。お邪魔します」

 

案内されるがままに部屋に入る。部屋の構造は僕の部屋と全く変わらないのだが、綺麗に物が整理されているから広く見える。

 

「どうします? 紅茶かコーヒー」

 

「寝起きだからコーヒーを貰おうかな」

 

「了解っす」

 

ナナはシズやレイとは違い、16歳。僕たちとは年が一つしか違わない。


これには一人の特務聖剣部隊の兵士の為に、12年間かけてその兵士に相性が良い思念術士を作り上げる思念精錬場のシステムの欠点が原因だ。


シズやレイは物心が付いた時には僕やティト、つまり自分が将来パートナーとなる人を知っている。


そして、そのパートナーに高い適性を示すような思念術を作るように教育される。


しかし、ナナはシズやレイとは少し事情が違った。ナナも、将来、自分がパートナーとなる人を知っていたが、そのパートナーは病死し、特務聖剣部隊員になることはかなわなかった。


その為、ナナは途中でパートナーが変わった。しかし、これまで他の人への適性を一切考えず、亡くなった人の為だけの思念術を訓練してきたナナにとって、いきなり新しい兵士の為に根本から思念術を変えることは思念精錬場に居る残り期間では難しかった。


その結果、2年間の期間延長を経て思念精錬場を卒業し、思念術士となった。


しかし、この2年間の延長だけで済んだというのは前例から見て明らかに優秀なのである。


大抵は5年から6年かかっており、長いと10年かかるケースもある。

 

このように、このシステムには絶大な軍事力を手に入れることが出来る代わりに貴重な人材の育成が遅れる欠点がある。


「ナナ、最近はどう?」


話が続かない他人の家ほど気まずいものはない。会話を作る為に、コーヒーを豆から入れてるナナに声を掛ける。

 

「うーん、特に何もないかな。昨日も結局何もなかったし」

 

「・・・そうだな。ラウラとは仲良くしてる?」

 

「普通―。さっきもそこでお茶してたし」

 

コーヒーをトレーに乗せ、持ってきてくれる。

 

「あ、でも先輩の普通とは少し違うかもしれないっすね」

 

ニヤッと笑ってコーヒーを僕の前に置く。そういえば、僕だけが何故か先輩って言われている。ティトやラウラは名前呼びだった気がするけどな・・・。

 

「ありがとう。それで僕の普通は違うって?」

 

「それはもう違うでしょ~。先輩のシズへの愛情は半端ないって良く部隊内でも聞くしー」

 

「えぇ・・」

 

そんな噂が流れていたとは。本人は許可した覚えがないぞ!

 

「ま、そうだよねー。ウチもシズから良く聞くから実情はバッチリよ」

 

ウィンクしながら答えるナナ。そして、おい、シズ。お前は何を喋ってるんだ!?

 

―ガチャ

 

「おっ、帰ってきた」

 

「ナナ、私が帰って来たのにその言い方はなに?」

 

「お客様を上げていますわよ、部屋主様」

 

慌てた目線が右下に居る僕とマッチする。

 

「お邪魔してます」

 

ラウラが3秒間停止した後、コホンッと咳払いした。

 

「そう。そうね。確かに今日だったわね」

 

「あ、迷惑だった?」

 

ラウラが少し慌てている様子。もしかして、迷惑だったかもしれない。

 

「あ、そうじゃないの。だけど・・・」

 

いつもハキハキしているラウラらしくない。

 

「あ! 洗濯物!」

 

ナナが気付いたように言う。

 

「ナナァ!」

 

ラウラが狂ったようにナナの肩を揺さぶり始める。

 

「いやそれくらい良いでしょ! ウチが片付けてきてあげるから!」

 

「それくらいで片づけるものじゃないでしょ!」

 

矢継ぎ早に言い合いをするラウラとナナ。だけど、何で言い合いをしているのかは分かった。


この宿舎の部屋には浴室乾燥機がついており、洗濯物は各自ですることになっている。


どうやら今日はまだ洗濯物が浴室に残っていて、髪を浴室で切る前に片付けたかったらしい。

 

「僕は部屋の外で待っているから。準備出来たら言ってね」

 

言い合いをしている二人に声を掛け、勝手に外へ出る。


こういう時は自分から動くことが大切だということ知っている。そういえば、ラウラも女の子なんだよな。下着とかは見られたくないのだろう。戦場ではあんな暴れ方をするラウラが、洗濯物で恥ずかしがるとは何とも意外だ。


長い付き合いだけどこういう一面は知らなかった。

 

ドアが開き、ゲッソリとしたナナが顔を出す。

 

「もう良いっすよ。ウチは部屋へ帰りますね」

 

「う、うん。お疲れ」

 

部屋に入ると、そこにはいつもの冷静沈着なラウラが待っていた。

 

「取り乱したわね。ごめんなさい」

 

「いやいや、大丈夫だよ」

 

「それじゃ、早速お願い出来るかしら」

 

「うん」

 

ラウラがシャツだけになり、風呂場へと移動する。そして小さな椅子に座り、準備は済んだとばかりに目を瞑る。態度の豹変ぶりに戸惑いながらも理髪用のはさみを取り出す。

 

「シズの髪を最後に切ってからしばらく経っているから、下手かもしれないけど・・・」

 

ラウラの髪に水を濡らしたタオルを被せる。

 

「大丈夫よ。短くしてもらえれば文句はないわ」

 

タオルを取り、髪に水分が充分に行き渡ったことを確認する。

 

「髪型とかはどうする?」

 

「お任せで大丈夫よ」

 

「了解」

 本人が短い髪型をご所望しているので、首の付け根から少し下にある髪からはお別れして貰おう。

大体の完成図を頭の中に思い浮かべながら取りかかる。

 

髪を切ることは嫌いではない。むしろ好きな方だ。


どこが好きか、と聞かれると沢山答えたいけど、やっぱり一番のポイントは自分が思い浮かべた完成図に近づける過程だと思う。


それをシズに言うと、戦争が終わったら彫刻家にでもなりそうだね、と言われた。


言われた時には否定したけど、今思い返してみると確かにそうだ。彫刻とかの芸術作品を見ることには一切興味がないけど、芸術作品を作る過程は楽しそうだと思う。


もし、戦争が無くなれば芸術家として生きていくのも良いかもな・・・。


そんな未来が想像出来ないけど、願わず、思わずには居られない。


戦争さえ無くなれば良いのに。

 

「こんな感じで大丈夫?」

 

1時間ほどかけて髪を切り終わった。目を瞑って眠っていたのか、瞑想していたのか区別がつかないラウラに尋ねる。


「凄いわね・・・。ありがとう」

 

どうやら気に入ってくれたようで、胸をなで下ろす。

 

「本当にプロレベルね。軍属の美容師としても働いたら儲けられるわよ」

 

嬉しそうに、鏡に映った自分を様々な角度で見るラウラ。

 

「これ以上は働きたくないかな」

 

「それもそうだわね」

 

クスッとおかしそうに笑うラウラ。それにしても、こんなに喜んでくれるとは思わなかった。

 

「今すぐシャンプーをした方が良いよ。多分、髪を落としきれてないと思うから」

 

「そうね。少し早いけど、今からシャワーにするわ」

 

「うん。それじゃ、また今度」

 

ドアに向かって歩く。もうシズは起きているだろう。すると、ふとラウラに聞かないといけないことを思い出した。

 

「ラウラ、拳銃の申請って事務から出来るんだよな?」

 

「そうね。認可が下りれば2日程度で支給されるはずよ」

 

「分かった。助かったよ」

 

そう言い、部屋を後にする。シズと夕飯を食べた後に事務に少し立ち寄ろう。


いつまでもラウラの拳銃を借りて練習する訳にはいかない。階段の窓から外を見ると、既に周りは暗くなっている。


シズに遅いと文句を言われるな、と思いながら部屋へと急ぐ。

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