第4話 思念型統合心病

夜になり、剣技場へと足を向ける。ここ数週間の日課となっている。


シズは連れてきていない。聖剣を出し、虚空へに剣先を向ける。


目を閉じ、あの時を思い返す。


―2ヶ月前


軍の定期健康診断をシズと二人で受けに行き、その結果で軍医さんに呼び出された。


「ネオ、シズ君とも規定水準をクリアしてますね」


「だけど、シズ君は少し働き過ぎなのかな? 少し体がおかしいなって思ったら直ぐに休憩してくださいね」


「そうですか? 最近は任務が少なか・・・・」


軍医さんが僕に強い目線を送り、何も言うなと合図する。


「シズ君、分かりましたか?」


「あ、はい・・・」

 

部屋の隅で小さくなりながら答えるシズ。


「よし! それじゃ、外で待っててね」


「え、あの・・・」


不安そうに僕の方を見つめる。一緒に居たいんだと直ぐに分かったが、軍医さんの顔を見ると首を振る。


「シズ、少し外で待っててくれないか?」


「うん、分かった」


そう言うと、ドアを開き外へとシズは素直に出て行った。


「・・・察してしまったかな」


軍医さんが不安そうに言う。


「いや、ただ僕が居なくて不安だったんだと思いますよ」

 

僕はシズの結果に何かがあったんだと察したが、シズは多分分かっていない。


ただ、一人で外に居るのが嫌だったんだ。シズはそういう子だ。


「そういうものなのか? まぁ、良い。それでは本題に入ろうか」


少し怪訝そうに首を横に曲げながらも、軍医さんは本題を口にする。


「彼女は、思念型統合心病の兆候がある」


伝えられた病名は聞いた事のないものだった。

 

「珍しい病気ではあるけど、今の状態は重くない。無茶をしなければ充分に活動できる」


重くはないと伝えられたからか、浮遊していた心臓が少し落ち着く。


「病気そのものは、思念を飛ばす際にかかる脳・心臓への負担に体が耐え切れず、血液の流れが正常ではなくなることにより引き起こされる様々な症状を総じて指している」


「シズ君の場合は心臓に負担がかかりやすい思念構造をまだ幼いのに使っているから、思念を何度も連続して使うのは避けた方が良い」


思念構造とは、思念を飛ばす際に行うプロセスのようなもので、それは思念術士によって異なる。


また、無意識に行っている為、前例がない訳ではないが思念術士が意識して構造変化を起こすことは難しいとされている。


「これから思念を使うと、動悸が収まらないとか心臓が締め付けられるといった事をシズ君が言うかもしれない。もし、そういうことがあったら私の所へおいで」


「ありがとうございます。治療法とかはあるんですか?」


「今の所はないね。あるとすれば、思念を使わないことになるけど、軍人である限り難しいと思う」


「・・・はい」


軍人である限り、兵器である限り、帝国が攻めてきたらこの共和国を守らなければならない。


「一応、上には報告しておくけど内地に戻るとかの判断はなさそうだね」


「はい」


兵器は壊れるまで使うものだと考えている上層部がそんな判断をするはずがない。


「シズ君を呼んでくれないかな。簡単に彼女にも説明するよ」


「・・・ありがとうございます」


それから、シズを診察室へと呼び戻し、僕にした説明をより分かりやすく軍医さんはしてくれた。


意識を構えている剣先に戻す。


あの時は重い病気ではない、という言葉に少し安心していた僕だけど、それはあくまでも今のシズの状態だ。


これから帝国と共和国の戦争が終わるまで、シズは戦闘がある度に思念術を使わなければならない。


つまり、病気の悪化リスクは限りなく高い。


かといって、皆が必死に戦っている中で僕たちだけ戦わないということは許されない。


だから、僕が思念術を使い、僕自身の聖剣に共鳴させる。シズの助けを借りずに戦う方法を会得しないと。


意識を1本の線のように絞り、聖剣が発する微細な振動波に想像の領域で近づける。そして、線のようになった意識を剣と同化させれば・・・。


「理論上は、か」


やはり、同化させる瞬間に聖剣が発する波に意識がかき乱される。その結果、纏めた意識は霧状になって消えていく。


「やっぱり思念という概念そのものが理解できないなぁ」


シズにさりげなく聞いたところ、思念とは意識や自我に近いけど、やっぱり何か違うものらしい。


それでも何とか、ここ数週間は頑張ってきたが、遠征までに取得することはやはり非現実的なように思える。


そもそも、シズのように生まれつき思念術が使えているのにもかかわらず、今のレベルまで到達するまで精錬場で12年間もの練習が必要だった。


それを、特に才能のなかった僕が短い期間で覚えるのは無理難題というものなのだろうか。


「アイディア自体は良いと思ったんだけどな」


誰も居ない剣技場で独り言を漏らす。


「今日は帰るか」


諦めはしないが他の策を考えないといけない。あと一ヶ月後に始まる遠征までに、シズの力がなくてもまともに戦えるようにしなくては。


「おはよう」


「うん! おはよう、ネオ!」


数㎝先で寝ていたシズが目を開けたことを確認して、声を掛ける。今日も5時にシズが部屋に入ってきてからずっと起きていた。


「ところで、なんで今日も僕のベッドに居るのかな?」


「そこにネオが居るからだよ!」


そう言ってベッドから飛び起き、床に置いていたスリッパを履く。


「もう朝食に行くか?」


大抵、こんな風に直ぐベッドから出るのはお腹が空いている時だ。特に何もなかったらいつまで経っても毛布にくるまってる。


「うん。用意してくるね!」


そう言って走って部屋から出て行く。夢の中で美味しそうなご飯でも見ていたのだろうか。


制服に着替え、今日のスケジュールを手帳で確認する。そして、聖剣や装備の確認。ここは軍事基地であり、充分すぎるセキュリティーが施されているが、念のための確認を軍規に則って行わなければならない。


そして、それらを終えると歯を磨き、洗顔する。シズを部屋の前まで迎えに行き、食堂へと足を運ぶ。


「今日のご飯はお魚?」


「えっとね・・・うん、魚になってるよ」


「ですよねー!」


嫌いな魚だったことにガッカリしているが、朝食を当てたことで喜んでいるため、何だか微妙な表情を浮かべている。


列にならび、食事を受け取り。二人がけの机に腰掛ける。僕の友人が少いからか、周りの机を見ても知らない人ばかりが居る。


ティトやラウラも誘いたかったが、どうやら時間が違ったようだ。


「・・・あげる」


こっそり焼き魚を僕の皿に置こうとするシズ。


「ダメ、食べないと大きくならないぞ」


僕も身長は高くない方だけど、自分を棚に上げてシズに言う。


「身長、いらない」


「それでも食べるんだ」


「えー・・・・」


しぶしぶ、自分のお皿に魚を戻してくれた。


シズには魚以外にも好き嫌いが多く、野菜は食べたがらないし、キノコも見つけたら僕に食べさせようとする。


直していかないと、と思っているけど、これがなかなか難しい。


シズと一緒に過ごすようになってから、世の中の好き嫌いが多い子を持つ主婦がどれだけ苦労しているかを理解できるようになった。


「今日の予定はー?」


シズが魚をつつきながら聞いてくる。


「シズは午後から思念術の訓練。僕は午前中だけ剣技訓練かな」


「それじゃ、私はネオと入れ替わり?」


「うん、だけど思念術の訓練は見学しとくから僕も居るよ」


「ホント!? なら頑張るね!」


「いや、頑張らなくて良いからな。うーん、でも頑張らなくちゃいけないか・・・・」


病気のことがあるから、なるべく訓練では本気を出して欲しくない。


だけど、上司として、パートナーとして訓練をサボれとは口が裂けても言えることではない。


「うん? どうしたの?」


「いや、適度に頑張ってね。本気は出さなくても大丈夫だからね」


「うん!」


何とか上手く伝えることは出来たと思う。


「あと、訓練中に少ししんどくなったら直ぐに休憩するんだぞ?」


「うん! ネオは心配性だね。私は大丈夫だよ?」


「分かってるけど、シズが居なくなると嫌だから」


どんな事が起きてもシズは守り通すと決めている。だから、いくら訓練であっても気は抜けない。それが、僕のパートナーとしての使命だ。


「そ、そうなんだ。うん」


顔を赤らめ、下をうつむき嫌いな魚を見つめ始める。

 

「そうだ。どうした?」

 

「ううん。何でもないよ。でもいきなり言うのはズルいかなぁ」


声が小さくて聞こえなかったから、適当に相槌を打つ。

 

「もー、ネオは意地悪だね!」

 

「え?」

 

それから何とか魚を食べてくれて、訓練に間に合うことができた。

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