第2話 特殊兵

今や、このルーベル共和国は世界で唯一のイルマ帝国以外の国となっている。


200年程前から統治領を拡大する為に、各国への軍事侵攻を開始した帝国は、数十年の間に世界の四分の一を手に入れた。


その侵略速度はさらに加速し、80年前に共和国を除く全ての国を統治した。


しかし、その後80年間、帝国はたった一つの国を統治下に置くが出来ていない。


勿論、帝国にその気が無かったという訳ではなく、帝国は何度も共和国に侵攻したが、共和国はされる度に帝国を退けてきた。


それが可能にしてきたのは、先天性思念術士の存在。


シズも先天性の思念術を持っており、それは後天的に得られる思念術とはレベルが格段に違う。


先天性思念術士が兵士の持っている聖剣に思念を伝えると、その聖剣は普通の剣では考えられないような威力を持ち、超常的な効果を発揮する。


例えば、ネオとシズの場合は、剣を振ると一面を氷漬けにすることができる。


このような兵器達により、共和国は長年の間、帝国に屈せずに国を保ち続けている。


「ネオ特殊兵、これをどう思う」


「はい! 僕・・・いや、私は」


不毛を極めている会議の内容から離れるため、窓の外へと意識を向けていた。


政治家の任期数ヶ月前に行われる成果作りの為の定期的な遠征。今回の遠征はさらに大規模となっているようだ。


時期的には三期目を狙う国防長官の為といったところだろうか。


適度な遠征を行い、共和国の武力を誇示することは大切だと思う。


だが、今回行われるのは机上の空論そのものだ。


もともと、共和国軍の人員は帝国と比べて圧倒的に少ない。


そのため、大規模な遠征を行うと、共和国本土から相当な距離が離れてしまい、退路が断たれる可能性がある。


上層部は聖剣が使えるから戦闘で負ける訳がないと考えているようだが、その聖剣を使う為に必要な思念術士のことは一切考えていない。


思念術は疲労なしで無限に使用できるようなものではない。むしろ、兵士が聖剣を使用して戦っている間、ずっと聖剣に思念を注がなくてはならないため、相当な集中力を必要とする。


そして、思念術士が体調を崩すと聖剣にも影響するため、思念術士は兵士以上に体調管理を行わなければならない。


だから、この帝都陥落まで目的としている大規模遠征はほぼ間違いなく失敗に終わるだろう。


帝都までたどり着くまでに、帝国軍と何戦交えればいいのだろうか。


何十、もしかしたら百にも到達するかもしれない。


その中で、確実に思念術士の何人かは体を壊すだろう。


そして、軍隊として戦力を失い、敗走しようとしても退路を断たれたら・・・・。


これまでの全てが無駄になる。


「私は、思念術士の事をもう少し考考慮すべきかと思います」


「・・・つまり、どういうことだ」


「万が一、多数の思念術士が体調を崩した場合の事を考え、共和国本土からの距離を短くするべきです」


間接的に遠征距離を減らすように求める。今の僕にはこれくらいしか出来ない。


「ローテーションを組み、同じ思念術士と聖剣部隊兵士が連戦する事態は考えていない」


「それに、思念術士は体調管理にかけては相当の訓練を受けている。よって、既に考慮しており、これ以上に考慮する必要はない」


「分かりました」


面倒くさそうに話しを打ち切った総司令官を少しだけ冷ややかな目で見て、席に座る。


そのまま会議は進み、大規模遠征は当初の予定と何ら変わらない形で決定となった。


「ネオ、お前っていう奴は・・・」


会議室から出ようとしたら少ない友人に出会った。


「ティトか。どうしたの?」


「絶対、総司令官から目を付けられてるだろ。大人しくした方が良いぞ」


「忠告ありがとう。だけど、本当のことだと思わない?」


「あぁ、お前の言ってることは至極真っ当さ。だけど、分かるだろ。あの計画は政治関連だから何言っても変わらないぜ」


「分かってたよ。だけど、言わなくちゃいけないって思ったんだ」


「はぁ・・・。そのうち、特殊兵を下ろされそうだな」


「できるなら返上したいよ・・・・」


「確かにな!」

 

ガハハッと豪快に笑うティト。身長は192㎝とかなり大柄で、筋肉質の身体。聖剣がなくとも戦力になる珍しいタイプの特務聖剣部隊に所属する兵士だ。


特殊兵は特務聖剣部隊の中から5人が選ばれている。主な仕事は、上層部の会議に出席して兵士の目線から提言すること。


一見すると、組織的に良い仕組みかもしれないが、特殊兵の意見を求められることはあるものの、提言を聞き入れてくれることは全くない。


つまり、格好ばかりの仕組みといったところだ。


「でも、給料は下がるわよ」


後ろからする声の持ち主はラウラ。珍しい女性兵だが、実力は部隊トップと言われている。


「その前に給料の使い道なんてあるか? 最後に街で買い物をしたのは半年前だぞ」


ティトがため息をつき、不満を漏らす。


「そういえば私もそのくらいだわ。髪を早く切りに行きたいのに」


「あ、僕が切ろうか?」


精錬場時代、何度もラウラの髪の毛を切っていたことを思い出す。


「そうね。そうするわ」


助かるわ、と手を合わせながらラウラが言う。

 

「俺でも構わないんだぞ」

 

「ティトに任せたら坊主にされそうね。遠慮しとくわ」


あっさりとティトの提案を断り、宿舎とは反対の方向へと歩くラウラ。


「私はあっちに用があるから。バイバイ」


「あ、うん。また今度」


僕もティトも何も用がないので、そのまま宿舎へと足を向ける。

 

「坊主だなんて酷い言いようだな。ま、そうなるのは目に見えてるけどな」


「目に見えてるのにやろうとするんだね・・・」

 

「何事もチャレンジしてみないと分からないだろ?」

 

「それ、今の軍部が言いそうなセリフだ」

 

「・・・確かにな」


この無意味な遠征はあと一ヶ月少しで実行されるだろう。その前に、できることをしておかないと。

 

「シズは大丈夫なのか?」

 

唐突に聞かれた抽象的な問いだけど、それが何を指して、何を心配しているのかは寸分狂わず理解出来た。

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「そうか」

 

無言のまま、宿舎へと歩く。

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