第62話

 俺に「あがってあがって」と調子良く我が家に招き入れてくれた元気いっぱいの彼女たちだが、新しい我が家には彼女たちも興味津々できょろきょろ、わーわー、きゃあきゃあ、とテンションはかなり高め。


 というのもお母さんたちも何にでも興味を示す娘の反応がうれしいようで「ここは私がこだわったところ」「こっちは私」「ここは私ね」と我が家自慢が始まっている。


「サキ、ここどう」


「うん、なかなかいい感じだね」


「ナツミ、ここがあんたの部屋。あんた一人部屋が欲しいって言ってたから」


「そうだけど、無理した?」


「大丈夫大丈夫。無理だったら無理だったって言ってるから」


「ならいいし」


「こっちがアカリの部屋ね」


「わぁ、ここが私の部屋になるんだ。ありがとう」


「荷物整理して運ばないとね」


「うん、分かった」


 側から見ている俺からすれば仲が良さげで親子の会話というより姉妹って感じがする。


 でもしかし、彼女たちの部屋はまだいいが、お風呂場やトイレ、妹さんやお母さんたちの部屋とか寝室とか、プライベート空間まで案内されても俺は困るんだけど。嬉しそうに語りかけてくるから言わないけど。


「ヤマトくん、この部屋なかなかいいと思わない?」


「え、は、はい。ゆっくり寛げそうですね。いいと思います」


 時間にして10分くらい? それほど時間は経っていないのに言葉を選んでいたからとても疲れた。


 一通り家の中を見て周り「ちょうどいい時間かも」というナツミのお母さんの声を合図に、最後に案内された先はちょっと広めのリビング・ダイニング・キッチン 。居間と台所と食堂の機能が1室に併存した、大きな窓から光が入りお洒落な感じのする明るい部屋だった。


 ――!?


 部屋に入るとまずは美味しそうな香りが鼻腔をくすぐり、次にエプロン姿の男性が目についた。


「おっ! タイミングバッチリ。ナツミ、サキ、アカリおかえり」


 エプロン姿の男性が笑顔を向けてくる。その男性は大きめのダイニングテーブルに、おしいそうなクリームパスタをきれいに並べていた。

 もう片方の手にはまだ並べ終えていないクリームパスタが握られている。それをテーブルに並べた。


「「「ただいまマモルさん。すごくいい匂いがするね」」」」


 ――マモルさん?


 俺はパッと見てその男性は彼女たちの父親だろうと思ったんだけど……


 俺は少し首を傾げる。サキとアカリにとっては母親の再婚相手、この年でお父さんとは呼びにくいだろうから、分からないでもないが、ナツミまでその男性のことを名前で呼んでいる。


 ――うーん。


 気にはなるけど、そんなこと軽々しく聞いていいことではないだろう。取り敢えず黙って彼女たちと嬉しそうに話すその男性を眺めておこう。


「そう、ならクリームパスタにして正解だったね。ちょうど準備も終わったから、適当な席に座って」


 その男性が皆をテーブルの席へと促す。


「はーい。ヤマトっちも座って」


 サキがサッと自分の席を確保してその隣の席の椅子を引く。


 どうやら俺の席はサキの隣らしい。と思っていたらその反対にはナツミが。アカリはナツミの隣り。不意にアカリと視線が合えば「負けちゃた」と声にならない声で口だけを動かす。どうやらこの席もジャンケンで決めていたらしい。いつの間に。


「ヤマト、マモルさんのクリームパスタはウチが作るより美味しいし」


「そうなんだ、えっと、柊木邪馬人と言います。今日は突然お邪魔してすみません」


 誰だか分からないが身内には違いないと思い、席に座る前に取り敢えず挨拶だけはしておこうと思った。


「えっと……」


 その男性は俺のそんな言葉に少し驚いた素振りを見せ、彼女たちや彼女たちの母親の方に視線を動かした。まるで彼女や彼女たちの母親の顔色を窺っていたような感じだが……


「顔が良いいのに礼儀も正しいんだね。おじさんちょっとびっくりしたよ。

 僕は一応彼女たちの父親になるんだけど義理でね、ヤマトくんも気軽にマモルって呼んでくれ」


 はははと笑うマモルさん。明るく笑っているが何処か哀愁が漂っているように感じる。

 たぶんだけど、本当は娘になる彼女たちにもお義父さんと呼んでもらいたいのかも。


 そんなことを思いつつ、ちらりと彼女たちを見て見れば三人が三人ともバツが悪そうに目を泳がせている。


 ――まあ……


 マモルさんにはちょっと気の毒に思えたが、彼女たちの気持ちもなんとなく分かる。この歳で母親の再婚相手にお義父さんとはなかなか言いづらいしね。


 ――あれ? ちょっと待てよ。今の言い方だとナツミにとっても義理ってこと? 


 よく分からないが同じくバツが悪そうにしているナツミの反応を見るにその可能性が高い。


 ――うーん。でもな……


 次の言葉が出てこない。この話題に触れてマモルさんをさりげなくフォローするべきなのか、それとも何も聞かなかったことにしてスルーするべきなのか。こんな時、自分にもっとコミュ力があればと思わずにはいられない。


 ――どうしよう。


 俺が言葉に詰まっていると、


「はいはい。マモルもずっと娘たちからマモルさんって呼ばれてたんだから、すぐにお義父さんとは呼びにくいのよ。

 それよりみんなお腹が空いてるわよね、冷めないうちに食べないと」


 ――そういうことか。


 察してくれたサキのお母さんが食事を勧めてくれた。さりげなくお義父さんもフォローしているし、助かった。彼女たちも「ごめんね」とこくこく頷きつつも、何処かホッとしている。


「じゃあ「「いただきます」」」


「いただきます」


 それからは彼女たちのどうでもいい話題で盛り上がり会話も弾む。もちろん俺はほぼ聞き役だけど。でも……ちょっと戸惑うことが。それは、


「「「「はぁ〜」」」」


「あ、あの〜」


「あ、もしかしてパスタが苦手とか? それともクリーム系が苦手?」


「いえ、どちらも好きです、とてもおいしいです」


「それならよかった、遠慮はしなくていいからね」

「そうよ」

「おかわりもあるわよ」


「あ、ありがとうございます」


 じー


「……」


 じー


「……」


 じー


「「「「はぁ〜」」」」


 そう、パスタを食べていると空いていたテーブル席に座り紅茶を飲んでいる妹さんやお母さんたちから視線を感じるのだ。

 他にも首を小さく振ったり、意味深なため息吐いたりと……


 ――……。


 行儀よく食べていたつもりだったが、知らぬうちに粗相があったのかも。鈴木家家訓に反するような何かが。いっそのこと、口に出して「そうじゃない」と注意してもらった方が楽なんだけど……

 大目に見てもらっているのだろう。


「あはは、なんかごめんねヤマトっち」


 ――?


「ミオもお母さんも、恥ずかしいし」


 ――??


「お母さ〜ん気持ちは分かるけど本当にやめて、恥ずかしいから。って聞こえてない? ああもう」


 ――???


 突然俺に謝ってくる彼女たち。不思議に思い俺が少し首を傾げていると、アカリは一度、頬を風船のように膨らませたかと思えば、自分のスマホをポケットから取り出し、何らやら操作してからアカリのお母さんの前に置いた。


「お母さんたちはこっちを見ててよ」


 残念ながら俺の位置からは離れているためそのスマホの画面は見えない。

 何の画像なのかちょっと気になるから後で見せてもらうと思ったが、


「これヤマトくんじゃない?」


 どうやら俺の画像だったらしい。どうやらアカリなりに粗相をしているらしい俺のポイントを稼いでくれているのかも。ありがとうアカリ。


「うん。あ、そっちはモデルをしてるヤマトの画像」


「モデル? え、どういうことなの? ヤマトくんモデルなんてやってるの? まあ、本当だわ、すごい。

 えっ、えっ、きゃっ、アカリ後でこの画像私のスマホに送って頂戴……!?

 え、ちょっと待って。うそっ、これグレイドの商品じゃない!? 見てサツキ、カオル。ヤマトくんグレイドでモデルをやってるわ」


 ちなみにサツキさんはサキのお母さんで、ツカサさんはアカリのお母さん。カオルさんはナツミのお母さん。


 アカリの思惑通りにいったのかも? 粗相をしてしまったらしい俺をお母さんたちが信じられないといったような目で見てくる。


 それからは食べ終えたサキやナツミまでも加わりスマホの画像を覗き込んではわーわーきゃーきゃーと勝手に盛り上がり始めた。


 もう間違いない。どうやら俺の粗相はモデルをやっていたことでチャラになったらしい。やっててよかったモデルの仕事。


「あれ、ヤマトくんのモデル紹介欄チェックしていたら別のサイトに飛んじゃったけど……リアライズ芸能?」


「それヤマトっちが所属してる芸能事務所だよ。わぁ、この前見た時と感じが変わってるね。更新されたのかな……ああ!? ヤマトっちの自撮り画像が載せてあるよ?」


 ――ん? サキが言う自撮り画像ってあれかな? 


 最初だから数枚だけ早めに欲しいって事務所の桂木さんに頼まれて渡した自撮り画像。


 ――桂木さんに急かされてトレーニング中の画像にしたっけ。


 こっちに話が振られれば説明くらいはするんだけど、余計にはしゃぎ始めた彼女たち。少し聞こえた「やって欲しいことだって」いうサキの言葉にチラチラと感じるみんなの視線。でもみんなワイワイ賑やかで楽しそうだからいいけど、みんなでスマホいじって何をやってるのだろう。


 俺だけ一人手持ち無沙汰になってるし……そんな時俺を呼ぶ声が聞こえてくる。


「ヤマトくん、ヤマトくん」


 ふと、声の方に振り向けば、マモルさんがリビングの方にあるL字に置かれたソファーに腰掛け俺に向かって手招きしていた。



※最後まで読んでいただきありがとうございます。フォロー、応援、評価、にはいつも励まされています。

今回はレビューまでいただき感涙しました。


更新が遅くなっていますがすこしずつ早く更新できるように頑張りますm(__)m

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