第61話
バスを降りて新築住宅や分譲地販売中という看板が目に入る住宅街を五分ほど歩いた頃、
「グルグルマップだとこの辺り、なんだけど……ぇ……」
グルグルマップアプリを頼りに俺たちの少し先を歩いていたナツミ、そんなナツミが不意に立ち止まったかと思えば俺たちの方に振り返り困った顔を向けてくる。
「サキ〜アカリ〜っ」
――あの顔……ダメっぽいな。
「どうしよう。住所を教えてもらってたから大丈夫だと思ったけど……グルグルマップだと空き地だったし」
大きくため息を吐いたナツミがトボトボと肩を落としながらこちらに戻ってくる。
「あはは、ここって新興住宅地らしいからそんな気はしてたんだよね。あー、でも引き返すくらいならこの近くの家だけでも見て回ろうか」
「そうだよナツっち。案外この近辺を探せば見つかるかもよ」
一方のサキとアカリは俺の少し後ろで、事前にもらっていたらしい新居の画像と目につく近隣の住宅とを一軒一軒見比べながら歩いていた。
「じゃあ俺も探すの手伝うよ」
彼女たちからは何もしなくていい、と言われていたが、状況が状況なので俺も何かせずにはいられなくなった。
「なんかごめんねヤマトっち。でも、ありがとう」
「いいっていいって」
――彼氏として当然だし。
彼女たちのためになると思えば気合もはいる。それから俺もサキから自宅の画像を送ってもらい家を探すことにしたんだけど、
「……? ぁれっ、ん、ここって……似てる? おーいみんな、ここじゃないかな? なんかそれっぽい」
――え?
俺が探すまでもなく、すぐにスマホの画像を頼りに歩いていたサキがある家の前で立ち止まった。その声にアカリとナツミが勢いよく駆け寄る。
「え、本当!? どれどれ、あ、鈴木って表札がある。たぶんそうだよ、ここで合ってるよサキっ」
「よかった。ヤマトがせっかく来てくれてくのに、ウチどうしようかと思ってたし」
「うんうん」
「だね」
俺のやる気は空回りしたが、彼女たちのホッとした顔を見れば、そんなことどうでもよく思えた。ほら、彼女たちには不安そうな顔よりも笑顔でいてもらいたいから。
「……でも母さんたちなかなかやるじゃん。いい感じの家だし」
新しい我が家を見つけて一安心のナツミは、早速インターホンへと手を伸ばすが、
――ん?
それよりも早く中学生くらいの女の子がその家の中から出てきた。
――……おお。
妹がいるのはナツミだけだから、たぶんナツミの妹さんなのだろうけど、彼女はショートパンツとTシャツにサンダル姿。ラフな格好なのに、顔のメイクはかなり派手、髪の色なんて真っ赤だった。バンド流行りの髪色
――……反抗期か?
「ん? 誰かと思えば姉貴じゃん。それにサキ姉にアカリ姉も。もしかして今着いた?」
「そんなとこ……っていうかミオあんた何その頭!?」
どうやら真っ赤な頭はナツミも知らなかったらしい。
「あ〜これね、ウチ最近みんなとバンド始めたんよ。へへへ、どう? いい感じでしょ」
ナツミの妹が髪をかき揚げた後に得意げに胸を張る。妹さんは形から入るタイプらしい。
「バンド、ねぇ」
「そうバンドだよ。でも姉貴ちょっとビックリしてたよね。にしし、大丈夫だよウチは姉貴たちと違……ぶっ、ふがふが」
ナツミが突然慌てだし、気づけば妹さんの口元を押さえている。
――……? ああ……
俺に聞かれたくないことを妹さんが口走りそうになっていたのだろう。慌てた様子のナツミがチラチラと俺の顔色を窺っているのが分かる。
――おや?
いや、よく見ればナツミだけじゃなくサキやアカリまでもが挙動不審。俺と視線が合いそうになるとさっと逸らして目を泳がせている。
――なんだこれ。
意味が分からない。俺が首を傾げていると、
「み、みミオ。ほ、ほらヤマト。ウチの彼氏なんだ」
妹さんから離れたナツミが俺の背中に手を回し少し寄りかかってくる。でも気づいているぞ、妹さんに向かって右目をパチパチとして合図を送っていること。
でもナツミはウインクが苦手らしく結果的には両目をパチパチしてしまっているけどね。
「そ、そうなんだ。そいつ姉貴の彼氏だったんだ。姉貴たちが男連れてきてたから誰だろとは思ってたんだけど、姉貴のねぇ意外〜」
「ちっちっちっ、違うよミオっち。あたしとアカリっちの彼氏でもあるんだぜ。ほら……いつもこんな感じね」
そう言いつつサキが横から抱きついてくる。先ほどまでの目を泳がせていたサキはもういない。いつものサキだ。
「えっ」
「そうだよミオちゃん。ヤマトは私たちの彼氏なんだよ」
にこにこ笑顔のアカリ。さすがににアカリは抱きついてこなかったが、なんでだろう。妹さんに笑顔を向けているんだけど、目が笑ってないように感じる。
「そ、そうなんだ。ふ、ふーん」
可哀想に妹さんもなんかダジダジになっているよ。
「で、でもさ、そいつ……じゃなくて、ヤマト兄は背は高かいから文句ないけど、何その前髪、それにいつの時代のメガネなの? 地味ってかダサッくね?」
でもさすがはナツミの妹。気が強いというか、気になることは聞かずにはおれない。違うな。なんでお前のようなヤツが姉貴たちの彼氏なんだよ、というような疑いの目で睨んでくる。
「あはは、ミオっち。ヤマトっちはこれでいいの。じゃないと大変なの」
とサキが目が妖しく光。
「ひぃ」
「そうだよ。ヤマトはあたしたちの彼氏。ミオちゃんには関係ないよね」
とアカリの笑顔がより深くなる。
「ひぃぃ」
「そういう訳だから、ミオは気にしなくていいし。とりあえず家に入るし。ヤマトも入って」
可哀想になくらい顔色を青くしていたナツミの妹さんだが、いつもと変わらぬ姉の言動に顔色を取り戻す。
「う、うん。そうだね。母さんたちも待ってるしね」
調子を取り戻すと妹さんはまた、俺が気になってくるらしく、
じー
じー
じー
視線が痛い。俺が気づいてますよ、というような意味を込めて視線を向けてみても効果がない。俺を気にした素振りもなく視線を向けてくる。
しかも「あやしい〜」とか呟いているし、その呟きは聞こえてるんだけど、今まで人との交流を避けていたため、正直どう反応して、どう返していいのか判断に困る。特に彼女の妹だし。
すがるような思いでナツミやサキ、アカリに視線を向けて見るも「放っておけばいいよ」と気にするどころか俺の背中を押し、俺はそのまま家の中へと案内された。
「「「ただいま〜」」」
「お、お邪魔しまーす」
玄関に入ると新築住宅独特の匂いが鼻をかすめる。物が少なくまだ引っ越しが終わってないことがすぐに見て取れた。でもそんなことは、
「「「おかえり〜」」」
奥から彼女たちの母親らしい女性の声が聞こえてきてそちらの方が気になり意識の外へ。
パタパタパタと複数のスリッパの音。明らかに走るまでではないが小走り程度の急ぎ足。複数の気配が近付いてきているが分かる。長く感じるがこの間、数秒ほどだ。
――やばい、なんだか緊張してきた。
顔には出さないが、撮影時とは違った独特な緊張感。俺の背筋が自然と伸びる。
「遅かったね〜お昼まだなんでしょ。準備してるわよ」
そんな声と共に彼女たちと面影の似た女性が現れその目が俺に向けられた。その様子は俺を見定めるというよりどこか楽しそう。
――お母さんだよね?
彼女たちに姉がいるとは聞いてない。たぶん目の前の女性たちが彼女たちの母親なのだろう。
「あれ、彼氏くん一人しか見えないけど? 後の二人は外?」
「その子は誰の彼氏くん? もしかしてサキ?」
「ん? じゃあナツミの彼氏くんはどの子?」
楽しそうにそう口にする母親の視線はそれぞれの娘へと向けられた。
「えーと、ヤマトっちはあたしの彼氏だけど」
「私の彼氏でもあって」
「ウチの彼氏でもあるし」
そう言った彼女たちが少し照れ臭そうに俺の上着をちょこんと掴んで彼氏アピールする。
「「「え」」」
彼女たちの言動に驚いた母親たちは瞳を何度かパチパチさせた後に顔を見合わせて「変なところまで似なくてもいいのに」「まあ私たちの子供だしね」「こういうこともあるかもね」と頷き合いすぐに納得していた。
それから母親たちの視線が俺へと向けられるのは自然の流れ俺は再び姿勢を正すと、
「サキさん、アカリさん、ナツミさんとお付き合いしています柊木邪馬人と言います。今日は突然お邪魔してすみません」
俺は慌てて名前を名乗り頭を下げた。
「え、あ、い、いいのよ」
「そうそう気にしないで」
「自分の家だと思ってゆっくりして行って」
なぜだろう。少し挨拶しただけで彼女たちのお母さんたちがえらく動揺驚している。そんな反応をされると俺まで動揺してくる。
――……何、俺、失敗した?
それから母親たちの視線はそれぞれの娘へと向けられている。やはり俺が何か失敗したのだろう。
動揺が不安へと変わる。不安を隠すように俺の右手は自然と頭を下げた際に少しズレたメガネへと伸びる。そして気づく。
――……ぁ!? メガネ!
でも俺がひとり思考の渦に呑まれてい間にも彼女たちも母親の会話は進んでいた。
「意外だわ。ウチの娘がまともな子を連れて来てるわ」
「ねぇヤマトくんウチの娘たちは迷惑をかけてない?」
「ヤマトくん、無理やり連れて来らさたんじゃないの? この際だから正直に言っていいわよ。私たちがヤマトくんの味方になってあげるから」
「「「お母さんっ」そんなことしないって」違うし」
だが俺には彼女たちの母親と初めてお会いするという一大イベント故の極度の緊張状態、更には何か失敗したかもという不安から、そんな彼女たちと母親のやり取りは耳に入っていなかった。
だから俺はひとり勝手に失敗は地味偽装にあると結論付ける。
――なぜもっと早く気がつかなかったんだろ。彼女たちの家に来てお母さん方に会っているというのに、伊達眼鏡と前髪で顔を隠したままだったなんてことを。俺はなんて失礼なヤツなんだ。
俺はスッとメガネを取り前髪をかき揚げもう一度挨拶する。
「失礼しました。サキさん、アカリさん、ナツミさんとお付き合いしてます柊木邪馬人です。よろしくお願いします」
そう言ってからもう一度頭を下げる。
「「「「え」」」」
頭を上げ、お母さん方と目が合った。いつ間にか妹さんも目の前にいる。その顔は真っ赤だ。親子揃って真っ赤。お口も半開きのまま惚けている。
「「「わぁ」」」
そんな状態がなぜか隣で俺の上着を掴んでいたサキやアカリ、ナツミまで伝染していた。
「ええ?」
俺は気づいていなかった、ヤマト耐性がない母親たちはもちろんのこと、レッスンで更に磨きがかかったことで、意図せずに向けた真剣な眼差しが、彼女たちが身につけていたヤマト耐性を軽く超えてしまうまでに磨かれてしまっていたことに。
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