第60話

 誤って打ったLIFEメッセージ。行くつもりなんて考えてもいなかったから気まずいのやら、申し訳ないのやら。俺はどんよりとした気分のまま自転車を走らせ近場駅に辿り着いた。


 ――この辺りのはずだけど……


 待ち合わせの場所できょろきょろと辺りを見渡していると、ふいに彼女たちの声が聞こえてくる。


「おーいヤマトっち」


「ここだよ、ここ」


「あはは、そっちじゃない、こっちだし」


 先に俺に気づいたらしい彼女たちは満面の笑みで両手を大きく振っていた。突然帰省すると伝えてきた彼女たちに、俺に対して思うところがあるのではないかと少し不安になっていただけにホッとした。


 ――笑顔、だな……よかった。


 近場駅は大きな駅なので人通りが多く、行き交う人々の視線を集めてしまうが、それも一瞬のこと。基本的に自分に関係ないことに首を突っ込んでくる人なんていないから、そんな視線もすぐになくなる。


 いつもそうだが、彼女たちが楽しそうにしていると俺までうれしくなってくる。どんよりもやもやしていた気分もウソのように晴れている。


 俺の口角も自然と上がりつい笑顔が溢れそうになったが、地味偽装をしているので誰にも気づかれることはない。

 俺はすぐに彼女たちに片手を少し上げて応えると、少し早足で彼女たちのもとに向かった。


「待たせてごめん」


「別に急ぎじゃないし、全然っ大丈夫だよっ」


 サキがそう言いつつ流れるような動作で俺の横に並び自分の腕を俺の右腕に絡めてくる。


「やっぱりヤマトっちの隣は落ち着くね」


「……そっか」


「うん、久しぶりだから余計にうれしくなるね」


 今度は左側からアカリの声が聞こえ、少し照れくさそうにしたアカリは俺の左手を両手で包み込むように握り身体を寄せてきた。


 ――うぐっ。


 彼女たちの柔らかさが伝わってくる。登下校時ではごく当たり前のように感じていた彼女たちの柔らかさ。

 でも少し期間が空くだけで新鮮な気持ちというか、初めて腕を絡められた当時を思い出して、ちょっと恥ずかしい。俺は必死に平静を装う。


 ――や柔らか……じゃなくて平常心、平常心だ。


 そう、こういう時にこそ役に立つのが演技力だ。やってて良かったよ。それに、


「ヤマト〜うちジャンケンに負けたし……」


 そう呟いたのはひとり取り残されていたナツミだ。そんなナツミは肩を落としながら俺の羽織っていた半袖の上着をちょこんと摘んできた。


 ――ふふっ。


 じゃんけんに負けたことがよほど悔しかったらしく(ヤマトはそう思っている)眉尻を下げてしょんぼりとしていた。そんなナツミの顔がおかしくて、変な気が削がれた。


 ――でも、俺もまだまだだな。


 演技しようとしていても演技ができないこともあるんだな。もちろんその原因は分かっている。でも、これじゃいけない。もっと練習をしないと。


 ここまで演技にハマるなんて自分でも信じられないが、それだけ今の環境(撮影現場)は楽しいのだ。監督から無茶振りをされるがそれにうまく応えると、監督やスタッフがめちゃくちゃ褒めてくれる。共演者の人たちもそう。ヒイロさんだけは少し距離を感じるようになったが、気のせいだろう。監督は人をのせたりやる気にさせるのが上手い。


 余計なことを考えてしまっていたけど、ちなみにサキたちのような行動をすれば悪目立ちしそうだが、実はそうでもない。

 ちょっと辺りを見渡すだけで普通に目にすることができる光景なんだ。駅だけでなく街中でもそう。

 複数の女性を連れている男性たちや、複数の男性を連れて歩く女性たちをね、だから俺たちが目立つことはない。


「えっと、手荷物は……なさそうだね」


「うん、実家に帰るからね」


 サキが言うように、彼女たちの手に目立った荷物はない。お洒落な小さなポーチを肩から下げているだけだ。実家に帰るから着替えの心配はないのだろう。


「でも、帰ったらすぐに片付けしないとね」


「片付けか〜嫌だな〜……面倒だし」


「だね〜」


 ――? よく分からないが、サキたちは帰ってから片付けをしないといけない? ……ということは……


「片付けって誰か引っ越しでもするの? あ〜、もしかして、それで帰省することになった?」


「うん、あたしんちね」

「わたしの家も」

「うちもだし」


「え? 三人とも? そんな偶然ってあるんだ」


 驚きである。思わず彼女たちに顔を向ける。


「へへへ」

「そうだね」

「にしし」


「本当だよ」と言う彼女たちは、俺が驚く顔がよほど面白かったらしく、彼女たちはにまにまと笑みを浮かべている。


 ――うーん……


 三人の引っ越し。引っ越しの理由がすごく気になる。

 でも、付き合っているとはいえ、よそ様の家庭内のことまで興味本位で聞いてはまずいだろう。


 ――でもなぁ、気になる……


 そんなことに思考を巡らせてひとりうんうん唸っていると、いつの間にやら切符も買ってないのに俺は改札口の列に、サキたちに引っ張られる形で改札口の列に並んでいた。しかもサキとアカリが手を離してくれないから俺だけ横向きに並んでいる。変に目立っていてこれは恥ずかしい。


「ちょ、サキ。俺まだ切符を買ってないから」


「あはは、大丈夫大丈夫。あたしたちがヤマトっちの分は準備しといたから。はい」


「そうそう」と頷いているらしいアカリとナツミの声が耳に入るが、俺の意識はサキに向けられたまま。サキが手を離し切符を差し出してきた。


「え、あっうん」


 すぐ受け取るとサキは人の流れに乗って改札口を抜けていく。

 俺も後ろに迷惑をかけたくないのですぐに改札口を抜けた。


「サキ、切符代」


「いいからいいから」


 すぐに切符代を払おうしたが、サキだけでなくアカリやナツミも受け取ってくれない。


 ――まいったな。


 あまりしつこくして彼女たちに嫌われたら嫌なので、後で食事でも奢ることにしようか。


 それからすぐに電車に乗り込み30分ほど電車に揺られて降りた駅は田舎手前町。これはかなり予想外だった。俺が思っていたよりも遠かったのだ。


 確認しなかった俺が悪いんだけど、いや、確認していても今日は休みで暇だったから着いてきたな。


 初めて訪れた印象は街だけど緑も多く見られ、過ごしやすそうな町、かな? ここが彼女たちが過ごしてきた町なのだと思うと興味も湧く。俺きょろきょろと辺りを見渡す。


「はぁ〜離れてたった四ヶ月しか経ってないけど、帰ってきたって感じがするんだね」


「そうだね」


「なんとも思ってなかったのに不思議だし……って、もうバスが来てるし」


「へぇ? あ、ほんとだ。急がないと」


「ヤマトっち、ほらほら、走るよ」


「え、あ、分かった」


 ナツミ、アカリ、サキが駆け出したので俺も走る。すぐに追いつき追い抜きそうになったのでペースを落とし一番最後にバスへと乗り込んだ。


「はぁ、はぁ、間に合った」


「はぁ、はぁ、ふぅ〜、よかった、空いてるね。一番後ろに座ろうよ」


「だね」


 席はサキ、アカリ、俺、ナツミの順に座る。今度はナツミがうれしそう。ちょっと面白い。

 でもサキの話では、ここからさらに15分くらいバスに揺られるらしい。遠いね。


「ヤマトっち飴玉舐める?」


「ん、ありがとう」


 サキがくれた飴玉を舐めつつ俺はふと思った、誰の家に向かっているのかと、それとも三人はご近所さん?


「なあ、みんなは引っ越しの準備をするんだろ? 俺はどこに行くことになるのかな?」


「あたしんちだよ」

「わたしの家」

「うちかな」


「なるほど、順番に行くってことかな」


「ふふふ、ヤマトっち残念。惜しいけど、正解じゃないぞ」


 にこりと笑ったサキがチッチッチと人差し指を左右に揺らす。


「? 正解じゃない……」


 ――本当に分からないんだが……


 俺の困り顔にサキ、アカリ、ナツミがお互いに顔を頷きサキが口を開く。


「ヒントはあたしの家でもあるし、アカリの家でもあるし、ナツミの家でもあるんだ。これでどうだ?」


「え?」


 ――? 急に問題にされてしまったが、サキの家でもあり、アカリの家でもあり、ナツミの家でもある……? 意味が分からん……ん! あ、そうか、三人の家は同じマンションってことじゃないか?


「ふふふ、サキ分かったぞ。実は同じマンションだったってオチだろ」


「おお、でも正解じゃないんだよね。ちゃんとした一軒家らしいよ……」


「らしい?」


 ますます意味が分からなくなってきた。


「えへへ、実はあたしたちもまだ新しい家見たことないんだ」


「サキもっと詳しく教えてあげないと、見てよヤマトが混乱しているって」


「あはは本当だ。えっと、分かりやすく言うと、ナツミんちにあたしんちの親(母親)とアカリの親(母親)が嫁いだってことなのよ。あたしんちとアカリんちは片親だったからね」


 結局アカリが後から補足してくれたが、ナツミの両親(夫婦共に)とサキとアカリの母親は幼馴染だったらしいが、それは学生時代までで、でもサキたちが中学生の頃、ある事がきっかけで(ここのところは聞いても教えてくれない)偶然再開して、それから再び交流が始まったのだとか。そして、サキたちが高校進学をしてから一ヶ月後に籍を入れた。突然苗字を変えることに抵抗があったサキとアカリは旧姓のままにしたのだとか。

 そして、つい先日、新居ができたから一度帰って来いと連絡があったそうだ。


「ということはサキたちは義理の姉妹になってたってこと?」


「そうなるね」


 ――マジですか。じゃあ、俺って義理とはいえ三姉妹と付き合ってるってことだよな。これっていいのか? というかサキたちの親になんて言えばいいんだ。特にナツミの父親。俺、刺されないだろうか?


 まだ見ぬ新居の話に花を咲かせるサキたちをよそに、俺の気持ちはどんどん沈んでいくのであった。

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