第63話

「えっと……」


「こっちこっち」


「……あ、はい」


 何を言われるのか少し怖いが、マモルさんが手招きしながら俺を呼んでいるので、席を立ちそのソファーまで歩く。


「そのへん、適当に掛けてくれ」


 側に行くとすぐにマモルさんからソファーに座るように促されたので、心臓をバクバクさせながらも顔に出さないようにそれに従う。


「はい」


「いやぁしかし、ヤマトくんは同性の僕から見ても惚れ惚れするほどのイケメンだね」


 ――えっ。


 そう言ってから笑みを浮かべているマモルさん。


「……そ、そうですかね」


 すぐに理解ができなく反応が遅れてしまったが、たぶんこれはお世辞、社会人であるマモルさんからすれば社交辞令は当たり前だ。そう思えば納得もできた。


 ――あぶないあぶない。


 義理とはいえ彼女たちの父親であるマモルさんに悪い印象は与えたくない。


 一瞬だけマモルさんはそっち系の人なのかと失礼なことを考えてしまった。奥さんが三人もいるのにね、なんかすみません。


「ところでウチの娘たちは、君に迷惑をかけてないかな?」


「……」


 何て答えようか少し迷ったが別に考えるまでもなかった。俺はすぐに頭に思い浮かんだ言葉を素直に口にする。


「迷惑だなんて、それどころか彼女たちのおかげで学園でも楽しく過ごせてますよ」


 そうでなければ俺の生活は何一つ変わることなく、今でも一人で学校生活を送っていただろう。


「そう、か。君もなんだね。それならいいんだ。ウチの娘たちは母親と似ているところがあるから心配してたんだよ」


 ――君も?


「はぁ」


 ちょっと理解できない部分もあったが、そんなことを言って夫婦仲が悪くなったりしないだろうかと少し心配になりダイニングテーブルの方をチラリと一瞥すれば、母と娘でお互いにスマホの画面を見せ合いながら楽しそうにしている。


 ――あれなら大丈夫かな……


 そんな俺の視線に気づいたマモルさんが笑う。


「あはは、大丈夫大丈夫。ああなると僕の声なんて耳に入らないしよ。それにこんなことはいつものことだから……」


 それからマモルさんは俺に色々と質問をしてくる、かと思ったがちょっと思っていたのと違う。


 ――おかしいな……?


 マモルさんが自分の事しか話さない。マンガやラノベから得た知識では、娘に悪い虫がついてないか質問攻めしたり、無理難題を吹っかけている展開なはずなのに。


 俺はただただマモルさんの話に相槌を打つだけだった。主にマモルさんの趣味だという料理の話について。正直俺は料理をあまりしないからよく分からないけど料理の事を語るマモルさんはなんだが楽しそう。


 ――いいのかなこれで? いいんだよ、ね……


 俺の頭上には疑問符が沢山浮かんでいただろう。そんな時だ、背後から不意に声がかかる。


「マモルくんは肝心な時にヘタレっちゃうのよね」


「そうね」


「うーん。聞きたいことが一杯あるって言ってたのにね」


 その声の主はサツキさん、ツカサさん、カオルさんだった。かなりビックリした。夫に対してそんなこと言っていいのかと思うも、構わないのだろう。サツキさんが話を続ける。


「あ、ヤマトくん勘違いしないで普段はちゃんとしてるのよ」


「そうなのよ。マモルくんはこれでも銀行員でね、仕事の時はしっかりしているの、それにスーツ姿なんてなかなか格好いいのよ。

 でもプライベートではそうもいかなかったみたいで……マモルくん結婚詐欺にあっているの、それも2回」


 カオルさんがわざわざ指を二本立てて俺に見せてくる。


 ――結婚詐欺って現実にあるんだ……でもそんなこと俺に話していいの?


 俺が恐る恐るマモルさんの方に視線を向けるとマモルさんは俯きぷるぷると震えている。


 ――こ、これはまずそうだよ。


 俺の背中に冷や汗が流れるが、彼女たちの話しは留まるところを知らないようで、


「マモルくんは彼女なんていたことなかったらしいから色々と、ほら、お金とかね。かなり溜め込んでいたらしいけど。そこを狙われちゃったよ。やれ母親の治療が足りないからとか、独立して美容室を開きたいからとか普段の彼なら気づきそうなものなのにね」


「だから自分に自信が持てなくなってるんじゃないのマモルくんは。あ、でもマモルくんは昔から勉強ばかりしていて女性慣れどころか、人との交流自体してなかったわね」


「そういばそうね。あの頃、学生の頃から……」


 しんみりと語っていたはずなのに、なぜか話題がマモルさんの高校生時代へと移り、そこでもまた盛り上がりだすサキさんたち。


 ――ああ、もうやめてあげて……


 そろそろぷるぷる肩を振るわせていたマモルさんが怒り出すんじゃないかとチラ見をしたら逆だった。顔をそろりと上げたマモルさんの顔は気の毒なほど真っ青。そんなマモルさんの視線は定まらず母親と娘たちの間を漂っている?


 これは俺だけじゃなく、サキたち(いつの間にか周りに集まっていた)にも聞かれたくなかったんじゃないだろうか。


 でも、そうは思うが滑舌に語るサツキさんたちの会話に割り込む勇気がない。

 俺はただ静かに耳を傾け終わりがくるのを待つことしかできなかった。


 本当ごめんなさい。でもマモルさんの高校時代のことがなんとなく分かった。ボッチで勉強ばかりしていたところなんか今までの俺(サキたちと出会う前の俺)とちょっと似ていてびっくり。


 そして、いじめられていた訳じゃないが、いつもこの三人から揶揄われていたという衝撃の事実も。


 今の状況からも、その時の状況が手に取るように分かる。正直、マモルさんはよくサツキさんたちと結婚したもんだと思う。


「あ、ヤマトくん今、私たちとマモルくんがよく結婚したなって考えていたでしょ」


 ぎくっ。


 さすがはサキや、ナツミ、アカリの母親だけあって彼女たちも勘が鋭い。ちょっと考えていただけなのにサツキさん、ツカサさん、カオルさんがじーっと俺のことを見ている。これはバレている。誤魔化せない。


「えっと、あはは、はい。すみません」


「もう……そんな素直に謝られると許しちゃうじゃないの。でもね、ヤマトくんはもう身内も同然だから話しているのよ」


 ――ん? 身内? 俺が?


「? ヤマトくんはもう身内よ、ひょっとして私たちの勘違い?」


 なぜかマモルさん以外のみんなが笑みを浮かべているが、この笑みはレイコ義母さんが本気で怒る一歩手前の笑みに似ている……これは逆らったらダメなヤツだ。


「い、いえそんなこと無いです。俺うれしいです。ありがとうございます」


 俺の言葉にみんながよろしいと言わんばかりの満面の笑みで頷く。先ほどまでの変な圧も感じない。どうやら今の回答で正解だったらしい。


「もうこの際だから話すけど、私たちはマモルくんが変な女性に騙されないように助けることを条件に結婚してもらったの」


 カオルさんが少し寂しそうな表情をしてから子どもたちに視線を移す。


 ――条件?


 次にそんなカオルさんを見て、みんなに話すんだとも取れる、やはり少し寂しそうな表情を浮かべたサツキさんが続けて口を開く。


「そうなのよ。私たちはシングルマザーでは色々と手が足りなくて大変だろうから、僕と協力し合わないかと手を差し伸べてくれたの。肝心な時にヘタレるのにこの時はしっかりと語っていたわね。タイミング的にはカオル、ツカサ、私(サツキ)の順ね」


 そこでサツキさんは一度サキたち子どもたちを見る。


「私たちは正職員だから別にお金に困っていたわけじゃないの。ただ私たちの両親はすでに他界しているから先の事を考えるとマモルさんやツカサやカオルと一緒になった方がいいと思ったのよ。実際、毎日が楽しくなったし精神面でもかなり楽になったわ」


 これには三人が三人とも頷く。でもマモルさんだけは違う様子。このことを聞いてなかったような感じだ。これでもかってほど目を見開き驚きを露わにしている。


「だ、か、ら、マモルくんはしっかりといい人を見つけなさいよ。私たちが協力するんだから」


 サツキさんの言葉を聞いたマモルさんがすぐに否定するかのように首を振る。


 ――うーん。これはちょっとすれ違い感が……


 俺がそう思うと同時に焦ったようにマモルさんが口を開く。


「ち、違うんだ。僕はもうサツキさんとツカサさんとカオルさんの夫で、他に妻をもらうつもりはないんだ」


「えっ? そうなの……だってマモルくんあなた……」


「ご、ごめん。僕は昔から君たちが好きだった。そのことを吹っ切る為に婚活したら騙されたんだけど……運良く僕は君たちと再会できた。正直チャンスだと思った。でも断られるのが怖かった。実際再会して少し会話をしてもシングルマザーだから再婚は考えてないって君たちの会話にあったからね。

 だから僕は本音を言わず、というか言えなくて、経済的な理由を上げて僕の婚活に協力して欲しいと条件を出して結婚をお願いした……

 経済的な理由を上げたのも僕の偏見によるものが大きい。実際、取引のあるお客様(シングルマザーの人)で困っていると相談を受けた案件が幾つもあったから」


「えっ、む、昔から好きってそれは……もしかしてサツキのこと?」


 何だか話しが変な方向に、完全に俺が軽々しく口出しできる状況ではなくなってしまった。正直この場を離れた方がいいとすら思える。でも動けない。俺は息を潜めつつも少し心配になったサキたちの様子を探る。

 するとサキたちは眉尻を下げて心配そうに状況を見守っていた。

 そして、そんなマモルさんはツカサさんの言葉に首を振った。


「じゃ、じゃあカオルなのね?」


 首を振られたサツキさんが少し寂しそうな声でそう告げる。すると、またしてもマモルさんは首を振る。


「そっか、ツカサなのね」


 今度もどこか寂しそうな表情を浮かべたカオルさんがそう告げるが、なぜかマモルさんはまたもや首を振る。


 ――ん? どういうこと? 


 俺がそう思ったのだ、当然当事者たちも意味が分からないらしく顔色を変える。


「マモルくん」

「ちょっと」

「揶揄ってるの?」


 そしてそんな反応を示したサツキさんたちにマモルさんは慌てた様子で違う違うからと両手を振り言葉を続ける。


「違うんだ。僕には選べないんだよ。僕は3人とも昔から好きで、3人が仲良く話している姿が好きだった。それは今も変わらない。だから僕は君たちと一緒に居られるだけで満足してるんだ」


「「「えっ」」」


「おおっ」と驚く俺の彼女たちと、マモルさんから突然の愛の告白(俺は勝手にそう思ってる)に女性の顔になったサツキさんたち。


 少し顔を赤らめたサツキさんたちはたどたどしくも、もっと早く言いなさいよ、とか、ギリギリだけどマモルくんとの子ども考えてあげてもいいわ、とか、俺には理解できない大人の会話が飛び交う。


 サツキさん、ツカサさん、カオルさんは満更でもない様子。たぶんサツキさんたちもマモルさんのことが好きだったのだろう。


「ヤマトっち、あっち行ってよう」


 そんな大人の会話にいち早く反応したサキ、次にアカリ。二人の顔も真っ赤。

 サキとアカリが俺の手を取り小声であたしたちの部屋に行こうと引っ張る。


「ほ、ほら。ナツっちもミオっちも行くよ」


「あ、ああ「うん」」


 少し遅れてナツミとミオちゃんがついてくる。ナツミとミオちゃんの顔も赤くなってる。

 ミオちゃんは年下だからちゃん付けで呼ぶことにした。まだ一度も呼んでいないから嫌がられたらやめようと思ってる。


「あはは、な、なんかいい感じにまとまったね」


 引っ越しができてなくてまだ何もないサキの部屋の床で、円になるように座った俺たち。そんな言葉を吐き出したのはまだ少し顔が赤いがどこかホッとした様子のサキ。


「う、うん。ほんと良かったよ」


「だ、だね」


 サキだけじゃなくみんなまだ顔が赤いんだけどね。


 落ち着いてからサキたちと話しを聞けば、お互いが好き合ってる様子なのに、どこか遠慮していて見てる方は色々とジレンマがあった。そしてその一歩を踏み込めない理由が自分たちにあることも。仲が良さげだから余計に。


 だからサキたちは自宅から通えない高校を選んだのだとか。一人で育ててくれていた母親にも幸せになってほしいから。ただお金のことまでは考えていなかったと反省していた。


「これもヤマトっちのおかげだね」


「いや、俺は何もしてないから」


「ううん。ヤマトが来てくれたからこそお母さんとマモルさんが踏み込んだ会話ができたんだよ」


「そうだし、ウチら女七人を前にマモルさんが本音を吐くなんてはなっからムリだし」


「マモルさんは肝心なところでヘタレになるからね」


「こらミオ」


「いいじゃんか。姉貴はそっちに(アパート)にいるから分からないけど、一緒に生活してるウチからすれば丸わかり、だから、わざわざ無理して用事作って外出したり大変だったし。ふぅ、これでやっとウチの肩の荷が降りたって感じ?」


 どうやらサキたちだけじゃなくミオちゃんも心配していたようだ。優しい子なんだな。


 でも4人ともホッとした様子でよかった。彼女たちが言うように俺が彼女たち鈴木家の一助になれたのだとしたら来たかいがあったと思う。俺も自分のことように嬉しく感じた。

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