第57話

 今日の撮影を終え楽屋(控え室)に戻ってきたヒイロは部屋に備えてある椅子を乱暴に扱い腰かけると、脚を組み右手親指の爪をギリリッと噛んだ。


「ちっ」


「……えっと、ヒイロくんはたしか、これから個人的な用事があるんだったよね? 僕はまだ仕事が残っているからこれで失礼するけど……明日はそこそこファッション雑誌のモデルの仕事が入ってるから、朝9時に迎えにいくよ。それじゃよろしく」


 ひと目見てヒイロの機嫌が悪いと感じとったヒイロのマネージャーは慣れた様子で、明日の予定を伝えるとサッサと退室(別に担当するタレントの所に行った)した。


 ヒイロはゴッディスボーイの優勝者で、大手ファンション雑誌のモデルをしているが、それでも大手芸能事務所からすれば芸歴や実績も浅く、期待はされているものの粗が目立ち、まだ専属マネージャーが与えられるほど認められてはいなかった。


 見た目は爽やかなイケメンのヒイロは、普段からモテていたが、ゴッディスボーイ優勝後は、雑誌やテレビなどで報じられたこともあって、学校の女子は勿論のこと全ての女性から注目されている、というのがヒイロの中での認識だ。


 元々自信過剰なヒイロだからこそ、そう思い至るのも無理もない話だった。実際に報じられた前と後では、群がってくる女性の数が大きく違っていたのだから。


 年齢的にも色欲旺盛なヒイロ。当然、来るもの拒まず、どころか気にいった女性を見るや手当たりしだいに手を出し、ヒイロが付き合っている女性の数は日を追う毎に増え続け、今も尚更新中である。

 勿論会社から何か言われても、付き合っている、合意の上だ、場合によっては結婚も考えていた、とちゃんと反論できるように逃げ道も残していた。


 これは一夫多妻、一妻多夫制が認められている社会だからこそファンすらも納得できる言い訳だ。


 だが、そんなヒイロの彼女たちの扱いはけしていいものではない。

 付き合うまでは狙った獲物は逃さないとばかりに食事や花束などのプレゼント攻撃。甘い言葉は当たり前。しかし、付き合ってしまえばその扱いはウソのように雑になる。いや、罵声や手が出たりと酷いものになるのだが……


 それでも女性から不満の声が上がらないのは、ヒイロが女性の扱いに長けており、自分の魅せ方をよく理解していた為だ。


 不満の声を漏らした女性に対してはきつく罵声を浴びせたかと思えば、砂糖ほど甘い言葉を囁き、言葉巧みに丸め込む。

 必要ならば「俺には君が必要なんだ」と泣き落としにかかる。


 最終的にはその優しさにつけ込み、不満を持った報復とばかりに自分に貢がせるように仕向けるなどかなり悪質であった。


 要するにヒイロは自分の好き勝手に、自分の思うがまま望むまま振るまいその望みを全て叶えてきていた。

 それがなんだ。今日に限っては何一つ思い通りにならなかったのだ。


「くそっ! ……何なんだ、アイツはっ!?」


 楽屋で一人になったヒイロの口から次々と愚痴が溢れる。

 ヒイロは先ほどの出来事を思い浮かべていた。


 それは戦闘シーン。定番の戦闘員コゲニックが多数現れ激しく戦う戦闘シーンだ。

 今回は特にアースレンジャーに変身する前の7人で初めて挑む、皆の気合が入りかなり盛り上がるシーンに仕上がっている。


 これは仲間が増えた最初の回だけあって監督を含むスタッフ一同、気合の入り方が違った。指導員の意気込みも今まで以上に熱が入り凄かった。


 だが、そんな回だからこそ、ヒイロは逆にチャンスだと思っていた。

 ヒイロは激しく人が入り乱れるこの場面を利用し、ヤマトのミスを誘いヤマトの評価を下げるつもりだったのだ。


 ――――

 ――


 授業中に空間が歪み街中に戦闘員コゲニックが現れると教室から街中へとシーンが変わり戦闘シーンへと突入した。


 ショウヤ「みんな行くぞっ」

 みんな「「「「「「おおっ!」」」」」」


 それから俺は戦闘員コゲニックのパンチを身体を大きくそらしてはヤマトの肩にわざとぶつかったり、すれ違い様、軽く足を引っかけたりと戦闘シーンが不自然にならない程度に手を出し足を出す。


 勿論、監督の目は十分警戒し、カメラが向いていない時に狙って行動した。


「ムカつくムカつくムカつくっ!?」


 始めは思惑通り、軽くぶつかった拍子にヤマトの演技が止まる。


「あっ……ヒイロさんごめん」


 ――よし。


 ヤマトが謝まってきたので、ここぞとばかりに、


「ああ、気にするな……といいたいがこれは遊びじゃない。みんな真剣にやっている。もっと視野を広げて周りもよく見るようにっ」


「視野を……分かった。教えてくれてありがとうヒイロさん」


 マドカ(イエロー)やアヤカ(ピンク)、それにミキ(ホワイト)にも聞こえるように声を大にして指摘した。ヤマトは申し訳なさそうに深く頭を下げた。


 胸がスカッとした。


 ――だがまだまだこんなもんじゃない。


 その後も何度も小さなミスを誘い、恥をかかせて少しずつ心を折っていくつもりだった。


 ――おかしい。なぜだ。なぜっ!?


 だがヤマトに指摘できたのはその一度だけ。その後ヤマトは後ろにも目があるんじゃないかと思うほどの感の良さで、ことごとく俺の嫌がらせを回避した。


 しかもアクションスタントマンも顔負けの、軽業師のような軽やかさでキレのあるバク転やバク宙を披露し、ヤマトの身体能力の高さを見せつけて。


「ヤマトくん……何今の演技、動きがヤバイんだけど」


「私あんな動きできない。凄い」


 それは監督を含む撮影に携わっていた全てのスタッフに露呈した瞬間でもあった。


「いや、たまたまなんですけど勝手なことしてすみまん」


 自分の所為で演技を止めたくないと思ったらしいヤマトは、人にぶつかり倒れそうになった身体を自然な流れで体勢を整えただけのことで、たまたま戦闘シーンのそれっぽくなったので、そのまま続けたと言っていたが、嫌な予感がした。


 ――くそっ、くそっ、くそっ!? 俺はレッドだぞ。俺の方が目立つ存在なんだぞっ!?


 周りはそうは見なかった。


「ヤマトくん。今のシーンもう一回いける? ついでに戦闘員コゲニックの蹴りを、身体を仰け反らして避けるシーンから、バク転を二回入れて回避するシーンに変えてみせてくれないかな?」


「仰け反りをバク転二回にですね。分かりました」


 ヤマトの身体能力の高さを知った監督は両手を叩いて喜び、通常なら別撮りでアクションスタントマンが担当するシーンですらヤマト自身に演じさせてみた。勿論ケガにならない無理のない範囲で。


 そして、ヤマトは監督の無茶振りを全てを演じきった。


 ――くそっ。どうしてだ。どうしてこうなった。


 愕然とした。気づけは大したことないと思っていた他のメンバーもそんなヤマトに刺激されて、今までよりもキレのある演技を披露していた。


 ――俺がレッドだ。レッドなんだぞ。


 俺だけが取り残された気分だった。


 ――――

 ――


 そのことを認めることのできないヒイロの顔は険しい。


「どいつもこいつも……あれくらい俺だってできる」


 今日の撮影を終えた後のヤマトは皆に囲まれていた。

 女(アヤカとマドカとミキ)とぺちゃくちゃ喋り撮影に対する真剣さが足りないとヤマトのことを認めないと愚痴っていたヒデオ(ブルー)やユウシ(グリーン)までもが一緒なって。途中加入のヤマトを中心に皆がまとまりつつある。


 ――気に入らねぇ。


 俺は「今日の演技凄く良かったよ。共にいい作品になるよう頑張ろうな」


 と取り繕ってみたが、内心では腹のワタが煮え繰り返るほどヤマトのことが憎らしかった。


 というのもヤマトが来るまでは俺が中心にいた。ヒデオやユウシはどうでもいいが、アヤカやマドカは常に俺の側にいた。


 相手にもマネージャーがいる為、手が出せないでいたが、いずれ俺の女にしてやろうと思っていた。


 それがなんだ、たった一度共演しただけでアヤカとマドカはヤマトの側を離れやしない。ふざけるな。


 しかもアヤカはギャルっぽい口調だったはずだが、今日のアヤカは先輩風ふかせて、やたらと丁寧なものになっている。


 ムカつくことはそれだけではない。男性経験がなさそうなミキならば簡単に落とせるだろうと鷹を括っていたが、目は合わせない、顔は逸らさせる、でまともに会話が成立しない。


 要するに女性からチヤホヤされるはずの立場は俺のものだった。こんな展開など認められるはずない。


 俺は戦隊の中でも中心となる人物であるレッドアースなんだ。俺が主役だと言っても過言ではないのだから。


 今日はたまたま……そうだ、今日はたまたま、ヤマトが初日だったからこうなった。


 初日故に皆が気を使い、たまたまヤマトが思っていた以上の演技を見せたから、たまたまチヤホヤされているに過ぎないだけだ。

 すぐにいつもの日常が戻ってくる。はず。

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