第56話

 校長「失礼するよ多田野先生。おはようっ! 親愛なる学生諸君っ」


 校長が元気な声を張り上げながら教室に入っていった。


 生徒「えっ!」

 生徒「校長!?」

 生徒「なんで?」

 生徒「何かあったか?」


 生徒たちは予期せぬ校長の登場にざわめき教室内は一気に喧騒に包まれるが、それでも俺と妹のササミは校長から呼ばれるまで廊下で待機していなければならない。


 担任「こ、校長っ!? なぜウチのクラスに? ……いえ。校長先生、ど、どうかなされたのですか? ウチのクラスで何か問題でもありましたか?」


 クラスの担任も校長の登場には驚き。可愛そうなくらい酷く狼狽してみせる。

 でも、その様子は、側から見ているとどこか面白く思わず笑ってしまいそうになる。


 というのも、朝の職員会議で転入生の話はあったが、さすがに今日という話ではないだろう。では、なぜ校長が私の教室に入ってくるのか? それもホームルームを始めようとするこのタイミングで。何か不味いことでもしたか? ないはずだ。はっ、いや待てよ。あれか!? 校長の話を真剣に聞いている風を装い実は隣の薫香先生の可愛らしい横顔を眺めていたことがバレた、のか? というようなことをクラス担任は考えているらしいのだと台本にある。


 後で担任の心の声が挿入されるらしいからここでは数秒ほど担任の顔芸が拝める。


 顔色が青くなったり白くなったりと、表情が大げさにコロコロと変わるから見ている者を飽きさせないのだ。


 そんな先生は、何か思い立ったかのように突然へらへらと作り笑いを浮かべたかと思えば、両手を擦りながら、腰をへこへこして校長にすり寄って行く。


 ――ぷっ……


 台本通りなんだけど、思わず笑みが溢れる。


 校長役の遠藤さんも担任役の多田野さんも。後で知ったことだが多田野(多田野伸雄)さんも名脇役として有名な俳優さんの一人だった。この時俺は失礼にも劇団員の方だと思っていたけど。


「ふふ」

 ――?


 俺の隣で教室内の様子を伺っていた先輩が口元に手を当て肩を震わせている。先輩は笑いを堪えているのだろうが、それだけ先輩も二人の演技に引き込まれているのだろう。


「先輩。俺たちも頑張りましょう」


 気づけばそんなことを口にしていた。なぜそんな言葉を口にしていたのか。

 それは考えるまでもなく、俺も先輩と同じく遠藤さんや多田野さんの演技に引き込まれ、彼らと共演できることが楽しみにならないのだ。


 こんな感情を抱いたのは初めてのことで、自分でもちょっと驚いているが、悪くない気分だ。


「うん。がんばろうね兄さん」


 俺を一瞥した先輩が少し目を見開いていたが、すぐにくすっと笑い小声で応えてくれた。しかも役になりきったまま。


 そうだった。俺もすぐにスイッチを切り替える。


 ――俺はニーク=ピヨッコ…… ニーク=ピヨッコ…… ニーク=ピヨッコ……


 自分なりにイメージしたニーク=ピヨッコの仮面をかぶる。


 ――よしっ。


 だが、先輩はまだ口元に手を当てくすくすと声を殺して笑っている。


「ササミ?」


「ふふふ……ごめんなさい兄さん。兄さんが人に感化されているのが珍しいなって、可愛い兄さんも悪くないと思うよ……ふふふ」


「可愛いって……はぁ……初めて言われましたけど、あまり嬉しくは……ない、かな……」


 自分でも気持ちが浮ついたまま言ってしまった感はあったが、可愛いはないよな。しかも先輩、笑い過ぎ。


「それは残念……ふふ」


 ちらちらといつまでも見てくる先輩の視線が小恥ずかしいので、俺は先輩の視線から逃れるように、再び教室内へと視線を戻した。


 校長「脇田先生。脇田先生の担当しているんだ。このクラスで問題などあり得んよ。はっはっはっ」


 担任「校長はそこまで私のことを……ありがとうございますっ」


 担任と校長のコミカルな掛け合いの後、


 校長「こほん。すまんすまん。話が逸れてしまったようだ。君たちも待たせてすまなかった。入ってきたまえ」


 一度咳払いをした校長が俺たちの方に顔を向け手招きをした。これが入室の合図。


 ――よし。


 俺と先輩はタイミングを合わせてゆっくりと教室に入った。ここまでNGもなく、いよいよ俺たちの出番である。


 生徒「えっ、転校生?」

 生徒「ちょっと、やだ〜超イケメンじゃん」

 生徒「おおいっ、み見ろよすげ〜可愛い子が入ってきたよ」

 生徒「俺、モロ好みかも」


 俺たちが教室に入ると台本通り教室内でざわめきが起こる。そのざわめきの中には当然ヒーローたち五人の姿もあった。


 ショウヤ「マジか!? なあリョウ。あいつらって……」


 リョウ「ああ……信じられないが、グランがわざわざ俺たちの教室まで連れて来ているんだ、間違いないだろうね」


 マイ「じゃあ、あれが昨日のヒヨコ怪人なの。うそ〜信じられない。何あの変わり様、すごくカッコいい」


 リク「あはは〜見てよグランのあのしたり顔。俺たちの反応にご満足そうだよ」


 ルカ「ふーん」


 俺たちが校長の隣に並ぶと、校長が俺たちのことをみんなに軽く紹介し始めた。


 校長「え〜、彼がニーク=ピヨッコくんで、彼女がササミ=ピヨッコくんだ。

 二人は兄妹になるが家庭の事情で、海外から我が校に転入してきた。

 あ〜心配せずとも二人とも日本語はペラペラだから安心するといい」


 そう、なんと怪人たちはどこの国の言葉もペラペラ。というか怪人たちにはその自覚はなく、普通に言葉を発しているだけ。それだけでどこの国の言葉にも勝手に変換され、苦もなく会話が成立してしまうという超ご都合設定だ。


 校長が俺とササミの肩にぽんっと手を乗せる。


 校長「え〜では、一言ずつ挨拶でもしてくれるか?」


 ニークとササミはウェル団から始末されそうになっていた所を助けてくれたアースレンジャーに感謝しているが、それはアース精霊であるグランにも当てはまる。


 特にグランは、憎きウェル団と戦うための力を与えてくれ、住む場所まで用意してくれた。

 そんなグランにニークとササミは忠誠を示すべき存在であり我が主であると認識している。

 だから断る理由がなければグランの言葉はほぼ肯定してしまう。


 俺は台本通り肯定の意思を示すために頷いてみせると、生徒たちに向かって口を開いた。


 ニーク「ニーク=ピヨッコだ。グラ……校長がここで人間社会を色々見て学べと言ったからそうすることにした。よろしく頼む」


 まだ人間社会での仕組みがよく分かってないので、ニークの挨拶は少しおかしなものとなっているが、生徒たちからは軽いジョークだと思われくすくすと笑いが起こる。特に女子生徒から。


 ササミ「……私はササミ。よろしく」


 ただ、ササミが短い言葉で挨拶すると、教室内はシーンと静まりかえる。

 これはササミがにこりともせずというか無表情で淡々とした言葉を発したからだ。ニークはグランから挨拶は笑顔がいいぞ、と聞いていたので軽く笑みを作っていたが、ササミはそうはならなかった。


 でもそれは無理もない話だった。グランは平気だが、ササミは不遇な環境に居たため兄以外を信用することができないでいたのだから。


 校長「うむ。慣れるまで少し時間がかかると思うが今日から頑張るのだぞ。みなもよろしく頼む。

 それで君たちの席だが、一番後ろに丁度二席空いているからそこに座るといい。脇田先生、後の事はよろしく頼むよ」


 担任「は、はい校長っ。お任せください」


 校長は担任からのその言葉を満足そうに聞き入れたあと、教室から出て行ったので、俺とササミは脇田先生の指示で後ろの席に向かった。


 生徒「なぁ、今ふと思ったけど、このクラスに空いてる席なんてあったか……?」

 生徒「えっ? いやそんな席なんてなかっ……うぉっ、席がある。いつの間に?」


 そんな疑問の声がちらほら生徒たちから上がる中、俺とササミは自分の席へと歩く。


 ちなみにアースレンジャーの五人の席は窓側の真ん中辺りで、俺とササミは窓側の一番後ろで少し離れている。


 彼らの横を通り過ぎ俺とササミが自分の席に着くと、担任がクラス全体を見渡しながら口を開いた。


 担任「え〜今日から共に学ぶ仲間が増えたのだが……リョウにルカ、お前たちは生徒会役員をしていて大変だと思うが、ニークとササミがこの学園に慣れるまで少し気にかけてやってくれ」


 リョウ「はい」


 台本では、ここでこのシーンは終了となるはずなのたが、リョウより少し遅れて「はい」と返事をしたルカが突然立ち上がった、かと思えば……


 スタスタと俺の席の近くまで歩いてくると、俺の隣の席に座る男子生徒ににこりと笑みを向けた。


 ルカ「私、ニークくんとササミさんがこの学園に早く慣れるように近くでサポートいたしたいと思いましたの。

 モモブくん、私の席と代わってくださると嬉しいのですが、お願いできませんか?」


 ルカはこの学園でもトップ3に入るほどの美少女。そんなルカに笑みを向けられたモモブくんこと男子生徒は。


 男子生徒「は、はい。僕の席でよろしければどうぞルカさん」


 嬉しそうにささっと立ち上がり、素早く机の中の教科書やカバンを両手に持つと、あっさりと席を譲った。


 ルカ「モモブくん、ありがとうね」


 そして、ルカは俺の隣の席に座る。俺は事態が飲み込めずにルカの行動を黙って眺めていたが、それは他の四人も同じ。四人は口をぽかんと半開きに開いていた。


 ――監督はストップしないけど、これってアドリブになるんだよな……


 ルカ「これからよろしくねニーク」


 俺「あ、ああ。よろ……」


 桃川さんの突然アドリブが入ってきたが、これで漸くこのシーンも終わりかと思った。けどそうはならなかった。


「ちょ、アヤカっ、何勝手なことを……!?」


 リョウこと爽やかイケメンのヒイロさんが役名でなく、タレント名でルカのことを呼んだ。しかも俺が会話をしている途中に。本人はすぐに失敗したとでも思ったのか、一瞬だけハッとした表情を浮かべたが、すぐに悔しそうに顔を歪めた。


 ルカのアドリブは監督からすれば許容範囲内だったらしくオッケーだったようだが、リョウの失言でもう一度撮り直しすることになった。リョウとルカが少しゴタツキ結局take4までやる羽目に。


 少し気疲れしてしまったが、気にしないようにしよう。次はアクションシーンが入るのだから。戦闘員コゲニックとの戦闘。マッスルレンジャーを見ている俺としては、ちょっと楽しみ。俺は自分なりに軽く身体を解していた。


「私身体動かすのは得意だから次のシーンは楽しみ」


 先輩も同じように身体を解し始めた。


「先……ササミは運動神経いいもんね」


「うん。でも兄さんには敵わないけどね」


「そんなことないと思うけど」


「へぇ、ヤマトくんは運動得意なんだ」


「ん? アヤカさん?」


「私も居るよ」


「マドカさんまで」


「私たちもご一緒してもいいかしら?」


「あ、はい」


「ありがと。私は少し苦手でね。初めてのアクションシーンはなかなかオッケーがもらえず泣きそうになったよ」


「そうね。マドカは何度も撮り直しをしていたわね」


「あははは……」


 なぜか俺と先輩の会話に混ざってきたかと思えばマドカさんとアヤカさんも軽く身体を捻り始める。


 それからマドカさんとアヤカさんは次のシーンに入るまでの間、一緒になって身体を解しつつ、アクションシーンでの失敗談などを楽しげに語ってくれた。特にマドカさんが。


「チッ」


 ――?


 背後から舌打ちのような音が聞こえてきたが、そこには爽やかイケメンのヒイロさんしか見当たらない。

 きっと気のせいだろう。俺たちは次シーンに備えて教室内の自分の席に着いた。

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