第58話

「そうだ。俺はレッドアースだからな」


 そう結論付けたところで、


「ヒイロく〜ん。いる? 入ってもいいかな? 入るよ〜」


「ちっ、ちょっと……あなた。そんな勝手に」


「いいのいいの」


 ノックのあとに楽屋のドアがガチャリと開く。入ってきたのは俺の彼女たち。


 一人は顔だけがいい頭の悪そうなバカ丸出し女。もう一人は醜く太ったブス(あくまでもヒイロ目線での評価)


 どちらも同じ学校の同級生。俺は芸能科だがこいつらは普通科だ。

 最近俺の彼女になった女なのだが、身持ちが固く身体に触れることすら嫌がる生意気なヤツらだ。


 正直俺の女として相応しくない女たちだと思っているが、こいつらはどこかの社長令嬢だと聞いている。というか普通科は芸能科に比べて偏差値が高く社長令嬢や令息が多い。


 ちょうど欲しい高級腕時計があって俺から声をかけたのだ。要するに俺のサイフ代りに使ってやろうと思ったのさ。


 そんな彼女たちは、


「へぇ〜ここが楽屋の中なんだ〜……狭いね」


「ちょっとナナコ。失礼だよ」


「アユコもそう思ってるくせに〜。顔にそう書いてるよ〜」


「うっ……」


「でもヒイロくん、突然呼び出すなんて何かあったの〜? っていうか他のタレントさんは居ないの? それが楽しみだったからわざわざ来たんだよ〜」


「ナナコっ」


 俺が呼び出した理由は新しい服でも買おうかと思い、金を持っている女、全てにLIFEしたから。


 その中で一番近くで遊んでいたらしいのが、このバカ女とブス女の二人。


 彼女たちは二人で行動することが多いらしく、好都合だと思った。

 こいつら彼女にしたはいいが、その存在を忘れていてほったらかしにしていたことを思い出したのだ。

 こいつらには俺の高級腕時計を買わせないといけないということも。


 俺は服を買う(買ってもらう)予定から、場合によっては高級腕時計に変更してもいいかもと考え直す。


 ヤマトに対する苛立ちや鬱憤をこいつらで晴らさせてもらおうと思った。


 ふと、もう少し時間をズラして(遅くして)ハッスルさせてくれる社会人の女(彼女)を呼び出せばよかった? とも思ったりもしたが、今更である。


「ちょうど撮影の仕事が終わったから君たちと食事でもしたいなと思ったんだ」


 物事には順序がある。特に今回の場合、久しく逢っていなかったから、少し慎重になるべきだろう。

 呼び出してそうそう腕時計を買ってくれと言うほど俺は愚かではない。


 特にこいつらはお財布代りに俺から誘い付き合うことになった女たちだ。彼女たちが完全に堕ちるまでは軽率な言動は控えるべきなのさ。堕ちてしまえばすぐに躾けて自分の立場を分らせてやる。それまでは我慢だ。


「へぇ〜、私たちを食事に誘ってくれるんだ〜。ちょっとうれしいかも。で、どこいくの〜?」


「ここから車で十分ほどの所にお洒落なレストランがあるんだ。雰囲気もいいし味も保証するからそこに行こうよ」


「お洒落なレストラン? どこの店だろ? まあいっか。私行きたい〜勿論アユコも行くよね〜?」


「私は〜、どうしようかな」


 ――ちっ。ブスに限って即決せず、焦らすんだよな。早く決めろよ、ってか、お前は別に来なくてもいいんだが、貴重な金づるだからな。


「そこまで遅くならないから行こうよ。ね?」


「アユコ〜行こうよ〜お洒落なレストラン。私美味しいもの食べたい〜」


「分かったわよ。もう」


 ブス女はしぶしぶといった様子で頷いた。俺はそんなグズのブス女に苛立っていたが、後でたっぷり利子をつけて返して貰えばいいだろうと溜飲を下げる。


「ん?」


 それから俺たちはタクシーを拾おうと建物から出たのだが、何やら駐車場付近が騒がしい。


「ねぇ、ねぇ、あの人だかりなんだろうね?」


 バカ女が首を傾げて俺を見てくる。俺は今日共演した他のメンバーを思い浮かべてから首を振る。


 他のメンバーは生意気にも次の仕事があると言ってすぐに帰った。

 それに俺が彼女たちを待っている間にも結構な時間が経っている。


 だからあの人だかりが何なのか俺には全く検討がつかなかった。


「きゃー」

「きゃー、こっち向いて……くん」


 少し近づくと、騒がしい声は誰かのファンらしき黄色い声援だとすぐに理解した。


 ――忌々しい一体誰だ。


 俺は不愉快になりながらもその声が向けられている先に視線を向ける。が、ファンに囲まれたそいつの姿は見ることができない。


「ねぇねぇ、私ちょっと見てみたい〜いいかな?」


 バカ女がそんなことを言った。俺も少し気になる。だが近づいたことで、それが思っていたよりも規模が小さく十数人程度だと分かる。

 正直、俺の足下にも及ばないファンの数だが、この世の女は全て俺のもの。


 ――気に入らねぇ。


 俺が行ってあいつのファンを奪ってやろうか。いや奪ってやる。


 ――ふふっ。


 思わず笑みが溢れる。そう思い至った俺はの足は自然とその集団へと向かう。


「ねぇねぇ、ヤマトくん。一緒に写真もいいかな?」


「……ぃいですよ」


 ――ああん?


 今一番聴きたくないヤツの名前が聞こえた気がするが、俺はすぐに首を振った。


 いや、それはあり得ない。きっと気のせいだ。


 ヤマトとミキはエンディングで踊るダンスミュージックビデオを観て覚えてから帰るよう監督に言われていた。俺も観て覚えたから分かる。あの振り付けは結構難しく50分ほどはかかる。はず。

 今はまだミュージックビデオを鑑賞し振り付けを覚えているはずだ。


「ヤマトくん。私もお願い」


 ――ん?


「ヤマトくん私も」


 ――んん??


「ヤマトくん私も一緒に」

「私も」


 そう言ったファンたち一列に並び綺麗に整列すると、その姿が見える。結果ヤマトだった。


 なぜだ。どいうことだ。


「あれ、ヒイロさん?」


 そこでヤマトも俺のことに気づいた。


「ヤマトは何をやってるんだ?」


「えっと実は……」


 ヤマトが言ったことをまとめると、信じられないが、ヤマトは振り付けはすぐに覚えてしまったらしいが、ミキはまだ覚えている最中でミュージックビデオをまだ観ているとのこと。

 プレッシャーをかけたくないから建物の外に出て息抜きでもしようと思っていたら、今日がヤマトの初撮影日だと知るファンたちが花束を持ってまち構えていてくれたそうだ。


「な、なるほどね」


 よく見れはヤマトは花束やら手作りのお菓子やら何やらを、両手いっぱいに抱き抱えている。


「そう言うことならば」


 俺もサービスとばかりに一緒に写真入ってやろうと思った。勿論ヤマトのファンを奪う腹ズルで。


「あ、アカイさんは遠慮して欲しいです。私たちはヤマトくんのファンなので、アカイさんとの写真なんて必要ありません。ね、みんな」


「はい会長。その通りですアカイさんはいりません」


 思ってもいなかった言葉が返ってきた。しかも、ヤマトのファンらしき女たちは互いに頷き合っている。


 ――そんなバカな。


 こんなこと初めて、というよりきっと聞き間違いに違いない。

 俺は髪をかき上げて必殺のキメ顔を披露する。大概の女はこれでイチコロ。さあ、先程の言葉取り消すがいい。


「えっと、ヤマトは俺の後輩にもなるわけだし、遠慮なんてしなくても」


「いえ、結構です。迷惑ですから、ね。みんな?」


「「「はい」」」


 ヤマトのファンから白い目が向けられている。なぜヤマトのファンからそんな視線を向けられなければならないのか理解できないが、さすがの俺でも歓迎されていないことは理解できた。ならば長いは無用。


「そ、そっか。そういうこなら邪魔して悪かったね。ヤマト、次の撮影日に会おう。またな」


「え、あ、はいヒイロさん。なんかすみません。また」


 ヤマトの物言いが上から目線のように聞こえて、カチンとくるが、多勢に無勢。


 ――今日の所は引いてやるが、お前のファンを根こそぎ奪ってやるからな。


 そう決意し、踵を返すと、


「ねぇねぇ、アユコ。あの人って、グレイドのモデルをしてるヤマトくんだよ〜」


「う、うん、ナナコ。ヤマトくんだ。本物っぽいよ。信じられないよ」


 俺の彼女たちが、涙を流してヤマトのことを見ている。俺は嫌な予感がしたが、


「お腹も空いてきたし、俺たちはレストランに行こうか?」


 そう彼女たちに言葉をかける。できる限り優しく、甘く囁くように。だがしかし、彼女たちは揃って首を振る。


「ヒイロくん、私気づいちゃった。私やっぱり付き合えない〜ごめん」


「私も。ごめんねヒイロくん」


 それから彼女たちはすぐにヤマトの元に走って行った。それから握手をしてサインをもらい嬉しそうにツーショット写真を撮っている。


 ――許せねぇ。


 怒りで頭がおかしくなりそうだった。そんな時、


「すみませんアカイさん。ちょっとだけいいですか?」


 ヤマトのファンの中で会長と呼ばれていた女から突然声をかけられた。

 その様子は少しもじもじとしていて、何やら言いにくそうであり恥ずかしそうでもある。


 俺はピンときた。


 ――なるほど。無理もない。


 超絶イケテル俺がモテないはずはないんだ。彼女はきっと皆んながいる前だったからあんな態度をとったのだろう。会長だけに。だが、ついに我慢できなくなって俺に声をかけたと……


 ――いいだろう。先ほどの発言は許してやろう。だが、後でたっぷりと貢がせてやる。有り難く思え。ふふ。


「これ、お願いします」


 そう言って差し出されたのは彼女が持っていた、かなり質の良さそうな一眼レフカメラ。


「?」


「それでみんなを撮って欲しいの。後輩のためだから願いできるよね」


 俺の先ほどの言葉を上手く利用した発言。やっぱりこいつはムカつく。

 見ればヤマトを中心にファンたちが集まり、横断幕が広げてある。


 ――ヤマトくん初撮影おめでとう♡、だとっ!? 許さねぇ、許さねぇぞ。


 しかも、俺の彼女だった二人はなぜかヤマトの両隣で満面の笑みを浮かべている。


「……それじゃあいくよ。はいチーズ!」


 俺は引きつりそうになる頬を必死に押さえて笑顔でシャッターを押した。


「アカイさん、念のためあと5、6枚お願いします」


 ヤマトのファン会長が厚かましい。なんてヤツだ。俺はこれでもタレントだぞ。レッドアースだそ。ヤマトのマネージャーじゃねぇんだ。今に見てろ。お前たちはいつかひぃひぃ言わせてやる。


「……分かった」


 俺は爽やかにそう返した。


 カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ!


「ヒイロさん、ありがとうございます。今度ヒイロさんのファンが来た時には俺がシャッター押しますから」


 ――そうかよ。その言葉忘れるなよ。100枚くらいシャッターを切らせてやるからな。


「そうか? じゃあその時は頼むよ」


「はい」


 今に見ていろヤマト。お前のファンなんて全て奪ってやるからな。

 そう決意しつつも表情は爽やかさをキープして俺はその場を後にした。

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