第53話
夏休みの一週間というのは意外と早く過ぎてしまうようで、今日からいよいよ俺と先輩は撮影に入る。
「痒いところはないかしらん」
「いえ、特にないです……」
「そお? それならいいのよん」
俺は今撮影用のメイクを受けているのだが、それを施してくれるのはマキさんではない。東西映像制作スタッフさんの一人で、そのメイク担当さん。
もう少し時間がかかるらしいから俺は楽しかったことを思い浮かべながら、この時間(メイクの時間)が無事に過ぎることを祈っている。
――サキたちは今日は何してるのかな……
もちろん、あの時(ウォーターランドに行った日)に彼女たちの夏休みの予定をちゃんと聞けてホッとしているが不安も出た。
それは彼女たちはお盆の間は実家に帰省するが、それ以外はこちらでバイトをするらしいこと。アキラ以外の5人が5人とも。
それが俺としては不安だが、俺も撮影が入り彼女たちに逢えないからどうすることできない。
でもまだバイト先は決まっていないらしいし、取り敢えず決まったら教えてくれるらしいので、今は待つしかない。でもできれば地味なバイトにしてほしいと願うばかりだ。
それと以前、講師にきてもらったレイコ義母さんの同級生である大國翼先生がリアライズ芸能の正式な講師の先生になった。
レイコ義母さんが言うには、これから所属するタレントも少しずつ増やし、アイドル、歌手、俳優、モデルなどのコースを増やしその専門分野の講師も少しずつ増やしていくらしい。俺と先輩は俳優モデルコース。
あまり自覚していなかったが、レイコ義母さんが描く将来のビジョンを聞き、俺も将来のことを少しずつ考えていかなければいけないなと思う今日このごろ。
しかし、アースレンジャーの撮影が始まると知っている大國先生のレッスンはかなり厳しかった。
「あん、ヤマトくん。ここは非常に繊細なところだから動かないでね」
「は、はい」
メイク担当さんが慣れた手つきで俺にメイクを施していく。が目を合わすと危け……じゃなくて、失礼になりそうなので俺はまた思考の渦に飲まれてみる。
――そ、そういえば増えたよな……
思えば俺のスマホはサキたちとの写真が増えて賑やかになった。以前は家族とのLIFEのやり取りやアプリゲームにしか使わずカメラ機能など使用することはほとんどなかった……
――ふふっ。
ウォーターランドの帰りにみんなで撮った(マキさんに撮ってもらった)写真画像は思い出す度に思わず笑みが溢れてしまう。
1枚目はみんな普通に写っているが、2枚目は変顔、3枚目は今日一番のいい笑顔、4枚目はイケてる顔、マキさんにお題を出されて撮った。
元々は俺と先輩のトレーニングを兼ねて出されたお題だったのだが、なぜかみんなもノリノリでそのお題に挑んでいた。変顔だって思いっきり変な顔をしているし、彼女たちみんなの知らなかった一面が見れてうれしかった。しかも、写っている写真はどれもかわいいらしい。
――ぷっ……
俺はあとで気づいたのだが、ナツミだけよほど恥ずかしかったのだろう。顔が赤くなってた。それでも変顔をちゃんとしているあたりが、ナツミのかわいいところでもある。
あとはウォーターランドの中での写真もたくさんある。みんなで撮り合いLIFEで共有したからとんでもない量になっている。
その写真は『水龍の洞窟』『水の迷路』のほかにも、2人1組でカルガモボートに乗り競い合う『カルガモ親子ボートレース』、お化け屋敷の幽霊船バージョンの『幽霊船』、ウォーターランドの外周を一周する『遊覧船』、ジェットコースターのような乗り物で最後に水の中に突っ込む『ウォーターコースター2』、大きな洗濯機を再現した『洗濯物になった気分』、メリーゴーランドのイルカバージョン『海の鳥豚』、あとは流れるプールやウォータースライダー、パンジージャンプに2人乗りジェットスキーのプチ体験や飛び込み専用プールを利用したスキューバーダイビングのプチ体験などをしている写真まで……
俺はサキ、ナツミ、アカリの三人の運動神経がいいことは知っていたが、意外にもアカリだけが泳げずに浮袋を借りることになったのだが……
その理由は、どことは言わないが、昔から発育がよくて男子からジロジロと見られることが多く、特にプールの時間になるとそれが余計に顕著になったのだとか。
そんな視線がイヤで小学生の高学年の頃からプールの授業はすべて休み、その結果泳げなくなってしまったらしいことをサキに聞いた。
ここで俺は、俺だけじゃなく、みんな何かしらのトラウマやコンプレックスを抱えているのではないか、そんなことを考えるようになった。そして、自分の心がいかにモロく弱かったのだろうことも……
――強くならないとな。
彼女ができたからこそそう思うようになった。せめて彼女たちの前だけでも強くありたい、強がっていたい、頼られるようになりたいと。
そう思えるようになった自分は少しは成長しているということなのだろうか? 自分では分からない。
しかしながらアカリに男子の視線が向いてしまうのは無理もないだろうと思ってしまった自分の心はまだまだ弱いのだ。
――心も強く……
浮袋に押し上げられたアカリのあれの存在感は、半端なくかなりの破壊力があった。露出の少ない水着姿だったのにも関わらずにだ。
この時ばかりは、俺の目の安らぎ所がナツミとアキだけになってしまったのだが、なぜか二人から不服そうな目を向けられてしまい思わず顔を背けてしまった。だから俺はその後……
「……くん。ふぅ〜」
俺が思考の渦の中を気持ちよく漂っていると、唐突に俺の耳元に息が吹きかけられる。
ぞわぞわぞわ。
「ぃ!?」
俺の意識が一瞬にして現実に戻される。
「ヤマトくぅん?」
俺の目の前には濃い紫色したレースドレスを着た筋肉ムキムキなのにメイク担当のオネエさんがいるのだ。
「ヤマトくぅん。ワタシ好みのいい男に仕上がったわよん」
「えっと……」
自分でいうのもなんだが、鏡で見た自分はまるで別人。だと思う。メイクによって目つきが鋭くなり、キリッとしまった小顔。それなのに品の良さを感じさせる。これではまるで……
「皇子様みたいでしょ。 孤高の皇子、そんなイメージでって要望だったのよん。でも実際は妹思いで、義理堅い心優しい男なのよね。でもこのギャップの差で若い奥様方の心をガッチリ掴むつもりなのよ。ウチの監督さんはね。それで、ヤマトくんはどうかしらん? 気に入ったかしらん?」
くねくねしながらそう言ったメイクのオネエさんが俺の首元に軽く指を当ててくる。
ぞわぞわぞわ。
「あ、ありがとうございます」
メイクの腕は凄いのに、なぜか身の危険を感じるメイクのオネエさん。俺はすっくと立ち上がり距離を開けて頭を下げる。
「あらあら。ヤマトくんったら、照れちゃってかわいいわねん」
それからメイクのオネエさんは俺の姿を再確認とばかりに頭の天辺からつま先までをまじまじと見てくる。
実際は不完全な怪人として耳が小さな羽に見え、背中にも大きな黒い翼あり、他にも両足は鳥のもので、額にもちょっとした紋様が入っているのだが、今再現されているのは額の紋様と耳の小さな羽のみ。
俺が隠している体でいくらしく、要所要所で使い分けるらしい。
――もしかして翼を使って飛ぶシーンなんかもあるのかな……!? おわっ。
俺がそんなことを考えていると、メイクのオネエさんの表情がガラリと変わっていて、その表情は真剣そのもの。俺が少しでも口を開ける雰囲気ではなかった。
「うん。黒い制服姿でも悪くないわね」
でもしばらくしてから一言そう言ってしまえば、またくねくねとしているオネエさん。雰囲気も緩んだものに変わり俺の緊張も幾分か楽になった。
――しかし、なぜ俺も制服姿なんだろう。
台本を貰い空いている時間に読んでいるのだが、アースレンジャーの主役である5人は青春学園に通う高校二年生。この5人は文武両道で生徒会役員でもある。
ある日、5人が生徒会役員の仕事を終えて帰宅していると、戦闘員コゲニックに襲われそうになっている生徒を見つけ、その生徒をコゲニックの魔の手から助けるが、カワダケ怪人が現れ流れは怪人側へと移り絶対絶命のピンチに陥る。
そこにアース脈を管理するアース精霊が、乱れたアース脈を不審に思い現れたところで彼らを見つけ資質を見出し、アースレンジャーへと変身させるリストアースバンドを授ける。
そのリストバンドには悪と戦う力の他にも、悪の秘密結社ウェル団という悪の組織が普通の人には見えないというアース脈を利用し、全世界中の食べ物を牛肉(戦闘員や怪人の材料)に変えて世界制服を企んでいてアース精霊がそれを阻止していた経験までも追体験させた。
元々正義感あふれる5人の生徒たちだ。すぐに自分たちのやるべきことを理解し5人は世界の平和を守るため悪の秘密結社ウェル団と戦うことを決意する。
というのが始まりだが、俺と先輩は途中で助けられて仲間になる異端の兄妹怪人だ。
アースレンジャーには変身するが、青春学園に通う必要性はどこにもない。だが、なぜか俺ムネニーク改め、ニーク=ピヨッコと妹のササミ=ピヨッコは転校生として学園に通うことになる。
「なぜ制服姿が不思議に思ったのかしらん? 台本にも出てくるようだけど、他のアースレンジャーと同じ学園に通うことで、人間社会を知り、仲間意識を強め連帯感を持たせる。それが後々アースレンジャーの戦闘力アップに繋がっていく、という設定らしいわよん」
「そうなんですか」
「そうよん」
俺の考えを読まれてしまったことに驚くが、納得もできた。
――とりあえず台本には全て目を通しておくべきだな。
「ヤマトくん?」
隣の部屋で準備をしていた先輩もどうやら終わったようだ。
他のメンバーとも今日顔合わせをする手筈なのだが、初日から遅れてはいけないと思った俺たちが早く着いてしまったので先にメイクを施してもらうことになったのだ。
今の時間帯なら、もしかしたら他のメンバーの人もスタジオに来ているかもしれないが、スタッフの方が呼びに来てくれると言っていたので今は勝手な行動は控えておこう。
「はい。どうぞ」
俺の返事に先輩が部屋に入ってくるが、少し照れ臭そうにしている。
「先輩、似合ってますよ」
先輩は白い制服姿になっていたのだが、どこかふんわりとしていて普段の先輩より少し幼く見える。
「なんだか可愛らしいです」
先輩が歳下に見えるから不思議。ほんとメイクの力ってすごい。
「も、もう本気にしちゃうからあまりからかわないの。ヤマトくんの方こそ。普段の雰囲気と違ってびっくりした……カッコいいよ」
「ありがとう」
社交辞令だと分かっていても女性から褒められるとうれしいものだ。
それから担当のスタッフの方が呼びにくるまで待っていたのだが、メイクのオネエさんがなぜか出て行かず(先輩のメイクさんは別の仕事に向かったらしい)時折向けてくるギラッとした視線が怖くて先輩の方に逃げる形で詰め寄ってしまった。
先輩はレッスンの時と同じく顔を真っ赤にさせていた。かなり困らせていた自覚はあるけど、メイクのオネエさんが怖かったのです。とはとても口にできない。
だから俺は心の中で、ごめんなさいと先輩に謝るのだった。
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