第52話
「あの人カッコいい……あれ? ねぇねえ、あの人、柊大和に似てない?」
このウォーターランドは富裕層の客もかなりいる。その中には当然ながら、グレイドの優良会員の姿もあった。その会員はある人物に見て少し興奮していた。
「? 柊大和って、グレイドのファッションモデルしてる彼のこと? 最近大学でも先輩からサークルに入らないかって誘われるのよね。ヤマト推しの会」
「サークルはともかく、その彼よ。似てると思わない?」
「言われてみれば……あ! あの水着、グレイドの商品だわ。彼氏にプレゼントしようとしたけど、売り切れで買えなかったモノと一緒だわ」
それからすぐにスマホ取り出した彼女はグレイドの通販サイトを開くと、
「ほら、やっぱりそうよ」
売り切れの表示があるサーフパンツのページを開いてみせた。
「はぁやっぱり柊大和はカッコいいわね。でも売り切れでよかったじゃない。その彼氏に昨日フラれたのよね? あ、でも私はそのおかげでただでここに入れてるんだった」
そう言って少し上品に口元をかくして笑う若い女性。
「もう〜それは言わなくていいの。今日はとことん遊んでやるんだから、カモメも最後まで付き合ってよね」
「はいはい、ちゃんと分かってるわよ。それで、彼はやっぱり柊大和のようだし、どうする? 実物はもっとカッコよく見えたけど、思い出にサインは……さすがにサインペンがないから写真の一枚でもお願いしてみようか?」
そんなことを言う、若い彼女たちは『水の迷路』というアトラクションに向かっているらしいヤマトたちの姿を眺めていた。
「うーん、でもほら、そんな彼を見てよ。多分彼女だと思うけど7人もいるじゃない……それも綺麗な子や、可愛い子ばかり。きっと女を女とは思っていなくて、アクセサリーか何かと勘違いしているクズなのかもよ。
サークルの仲間からファンにならないかって誘われてて、ちょっといいな、応援してあげようかなって思っていただけに残念だわ」
少し不機嫌そうな顔で首を振る彼女。
「あはは、スズメったら、フラれたばかりだからって僻まないの。でも、面白そうだからあと付けてみようよ。スズメも水の迷路は絶対入ってみたいって言ってじゃない。そのついでよ、ついで」
幼馴染みで付き合いの長い彼女はスズメの扱い方を知っていた。
「そっか。ついでだね。ならちょうどいいわ。柊大和のクズっぷりを暴いて誘ってきたサークルメンバーに送りつけてやるわ」
「あはは、まだ言ってるよ」
水の迷路は普通に迷路の中を歩いて進むだけ。単純だが一定時間ごとに大量のシャワーが降ってくる。所々にセーフポイントがありそこだけは濡れなくて済む。
入場の際に付けられる紙のブレスレットが最後まで破れずに残っているとちょっとした景品がもらえる。
実はこの景品の中には、ヤマトの好きなブサメン転生のブサネコのキーホルダーがあった。
私たちは彼らから2組後ろに並んでいるから彼らの様子がよく見える。
でも迷路には30秒遅れで1組ずつ入っていくので、私たちは1分遅れで入ることになる。それがちゃっと不安。
そして、この迷路の入り口は結構広く家族4人が横に並んでも少し余る。
彼らを見ると横に4人、その後ろに4人と、二列になって並んで待っていた。
「カモメ見てよ、あれ」
「あらあら」
予想通り、彼は両隣の彼女と腕を組み、その彼女がなな、なんと胸を押しつけているではないか。なんて破廉恥な。
きっと彼がそうさせているに違いない。男はみんなスケベだと知っているから。と思っていたけど、
「? 彼、照れてるわね」
「照れてるね」
しかも、両腕を組まれている彼が、
「あはは、やめ、やめろって、他のお客さんに迷惑かけるから」
後ろに並んだ彼女たちから両脇をくすぐられていた。両腕が使えないから彼は必死に身体をクネクネさせて抵抗しているように見える。ちょっと可愛い。ってそうじゃない。
「おかしいわね」
しかし、意外なことに、
「彼の彼女たちって仲がいいわね」
「カモメにもそう見えるんだ」
彼の愛を独り占めにしようとする女の一人や二人はいてもいいはずなのに、大学では日常茶飯事でそんな光景はよく見かける。
でも彼の彼女たちは女同士でも仲がいい。もしかして彼女じゃないのか? そう頭に過ったがすぐに首を振ってその考えを否定した。
「次、うちだし」
「な、ナツミも近いって」
「さ、サキとアカリと一緒だし……」
「あれ? ナツミ大丈夫か? 顔が真っ赤に……」
「な、なんでもないし」
彼らは待ち時間を利用して、ペアで自撮り写真を撮っている。当然彼女たちは代わる代わる彼に密着して写真を撮っていたのだ。しかもなぜか初々しく見える。彼女じゃなければそこまで密着はしないだろうと思ったからだ。
「どうしてよ」
今のところ彼のクズなところが見受けられない。それどころか密着して自撮りする彼女たちには優しい瞳まで向けている。カッコいいのに優しいだなんて、ちょっと羨ましい。
いやいや、騙されたらダメ。大学でもそうじゃない。顔のいい男はみんな釣るまでは優しくて、釣り上げた後は放置。そんな男たちの彼女は当然複数人いて、いつも違う女を連れていた。彼もきっと同じような人種なのよ。
「彼、8人で入っていったわね」
「カモメ、分かってるわよね?」
「分かってるわよ」
それから30秒経って1組入り、さらに30秒が経つと、
「次の方、どうぞ入って下さい」
スタッフの人から声がかかる。私とカモメは早足で歩く。
「追いつくわよ」
「分かってるってスズメ」
すぐに左右に別れていたが、私は右に向かう。意味なんてない。なんとなく右だと思ったのだ。
「あ、行き止まり」
なんてことだ。結構長い一本道での行き止まりは少し堪える。
「こっちじゃなかったのね。別れ道までもど……きゃー」
そこへ、突然のシャワー。いやこの勢いはシャワーじゃない。土砂降りだ。私とカモメが一瞬にしてずぶ濡れになる。
「ぷっ、スズメお化けみたい」
「カモメだって、貞子みたいよ」
「えー、ちょっと酷くない」
一頻り笑い合った私たちは張り付いた髪を掻き上げ別れ道まで戻った。
結局彼は一度も遭遇することもなくただ只管迷路を進むことになった。
シャワーは何度も浴びてすでに紙のブレスレットは破れて流れてしまっている。
「次は右に曲がろう。いい加減、この迷路から出たい」
「うん。私もそう思う」
すでに20分は歩いている。どれだけここの迷路は大きいのだろう。そんな時だった。
ドンッ。
「「きゃっ」」
私とカモメは大きな何かにぶつかり尻もちをつく。
「いた〜い」
「いたたた」
「すみません。大丈夫ですか」
すぐに、そんな声が聞こえてきて誰かにぶつかったのだと理解する。
「ケガはありませんか?」
「「え!?」」
私の頭は真っ白になった。なんと目の前には心配そうに私たちをみる彼がいるのだ。そんな彼が少し前屈みになり右手を差し出してくる。
しかも、そんな彼の右腕には紙のブレスレットが残っていた。
「あ、失礼ですよね」
突然のこと過ぎて、私がその彼の手に反応できずにいると、彼からそんな声が聞こえたかと思えば、
「「!?」」
彼は、かけていたサングラスを外してからもう一度右手を差し出してくる。
――やばい。本物。カッコいい。
私は彼の顔をまともに見ることができなかった。
それでも少し伸ばしていたらしい私の手を彼が引っ張ってくれて立ち上がったはいいが、そのあとの記憶が曖昧だった。
「連れが一人、はぐれてしまって慌ててました。すみません」
頭を深く下げて去っていく彼に何も言えなかった自分がかなり恥ずかしい。
「ヤマトくん。カッコいいのに、優しかったね。しかも丁寧」
「うん。ヤマトくんカッコよかった」
彼女たちは後日、ヤマト推しの会のサークルに入り熱心なヤマトのファンとなるのだが、当然ながらそんなことはヤマトが知る由もなかった。
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