第51話

「みんな、ふらふらしてるけど大丈夫なのか?」


 サンオイルを塗り終わり今は『妖怪ハンター』というアトラクションに向かって歩いていた。


 このアトラクションを選んだのはアキラ。ここが入り口から一番近く、効率よく回るには都合がいい。


 それでいて、このアトラクションは、名前の通り俺たちがやっていたゲームの世界観を取り入れたアトラクションで子どもたちにも大人気、とウォーターランドのハンドブックには書いてあり、今でもハマっているゲームなだけあってアキラは興味津々、もちろん俺も。


 しかしながらサンオイルを塗ってもらった時に彼女たちは皆鼻を抑えていた。聞けばのぼせたと言っていた。おぼつかない足取りの彼女たちはその状態からまだ回復しきっていないように見えたのだ。


「だ、大丈夫だし、ていうかヤマトっちこそ、アカリとナツミとアキの方には顔を向けて話しているのにあたしたちの方には、どうして顔を向いてくれないのかな? もしかして怒ってる?」


「怒ってないって、えっと、それは……」


 サキはにまにま笑顔。


 ――うっ、サキにはバレてるのか……


 そんなサキが歩いている俺の正面に割り込んでくる。あれは俺が目のやり場に困っているのを知っているのだ。違いはあれど彼女たちはみんなスタイルがいい。

 それでいてアカリ、ナツミ、アキ以外の四人はビキニを着ていて肌の露出が多いのだ。せめてラッシュガードのチャックを閉めてくれればまた違ったのだが……


「ねぇヤマトっち?」


「うっ」


 さらに距離を詰めてくるサキ。あ、視線が勝手に下に……


 ――白桃……って、そうじゃない。


 サンオイルを塗った時にも思ったが、サキとミユキのビキニは、先輩やアキラのビキニよりも布面積が狭い。


 ここはウォーターランド。俺以外にも男たちの目がたくさんあるし、ちょっとした仕草で大きく揺れるから、そのたびに狭い布から飛び出すんじゃないかとすごく心配してしまうし、見せたくない。


 そんなことを思ってしまう俺は、かなり独占欲が強いんじゃないだろうか? だから男たちとすれ違うたびに、その男たちの視線の先を確認してしまう。


 ――はぁ、やっぱり見られてるよな……


「サキ……いや、みんなもだけど……前のチャックは閉めてくれた方がいいかな」


 とうとう我慢できなくなった俺がそう言えば、みんなの視線が一斉に集まる。サキ、ミユキ、アキラ、先輩にいたっては少し動揺しているようにも見える。


「? どうして」

「なんで? ヤマトはビキニ好き?」

「そうだよ、ヤマトちゃんはビキニが好きって聞いたから」

「ヤマトくん、私の胸が小さいから見苦いと思っていたのね」


 サキは少しからかい過ぎたかな? と言った様子でアカリやナツミに近づきコソコソなにやら話しているし、ミユキは自分のお胸をぽよんぽよんと触っては、アキからやめなさいと注意され、アキラはなぜか昔みたいにちゃん付けに戻っているし。先輩は胸の小さなことがコンプレックスなんだと思わせるようなことを、普段の先輩ならまず言わないような発言だ。


「いや、違うんだ。その、すれ違う男たちの視線が……みんなの方にいくから……それがちょっと、いやかなりイヤで……せっかく新しい水着を買ったって聞いていたけど、なんかごめん」


「そ、それなら気にしなくていいし」


 あからさまにホッとした様子のサキがチャックを閉めるが、それは途中までで少し胸元が開いている。


 これはアカリやナツミもだが、これは仕方がないことだ。サキたちは制服の半袖シャツでも第二ボタンまで開けているのだから。でも今の彼女たちは不満そうな顔ではなく、どこか嬉しそうに見えるのは俺の気のせいだろう。


 ――怒ってないようだから、よかった。


「そういうことか〜」


「そう言うことなら、仕方ないし」


「そうね」


「みんなで決めてたけど、イレギュラー。これは仕方ない」


 アキとミユキは首元までぴっちり閉めてしまったが、アキとミユキもなぜか嬉しそうに見える。というかミユキは何か意味深なことを言ってないか、そんな疑問を抱くも、


「ヤマトちゃんがそう言うなら」


「そっかヤマトくんは、そんな感じなんだ」


 ――アキラと先輩も笑顔?


 ちょっと先輩がよく分からないことを言い、みんながチャックを閉めてくれたことに安堵して、先ほど抱いていた疑問も何処かに行ってしまった。


 ――よかった。


 これで周囲にいる男たちの視線を遮り、俺の目にも優しくなって……


 ――!? ……ない。


 彼女たちがラッシュガードのチャックを閉めたら閉めたで、少しだけ覗かせる彼女たちの水着下がかなりセクシーに見えてしまうのはなぜだ。


 ――もしかして、これがチラリズムってヤツ!? これほどの威力があるのか……


 俺はなるべく視線を下に落とさないようにしようと顔を上げた。俺の理性が飛ぶと大変だから。


「いよいよボクたちの番だね」


『妖怪ハンター』のアトラクションはボート(十人乗り)に乗り、水龍の洞窟の中を進んでいく(自動で進む)。水龍討伐というクエストだ。


 ボートに備え付けられた水鉄砲で飛び出してくる水型の妖怪たちを倒していくのだが、妖怪を倒せず取り逃す度に、横からシャワーが飛び出す仕掛けになって、かなり濡れると注記してある。


 そして、最後には大ボスである水龍と水鉄砲で戦うらしいのだが、時間内に倒せないと滝のような雨が降って世界が終わる。つまりゲームオーバーってことだろう。勝てればちょっとした記念品がもらえるようだ。


 そして、このアトラクションは10人乗りなので、席が空いていれば相乗りとかもできて回転も速い。

 だから俺たちの番もすぐにきた。


 そして俺たちは8人いるので、8人だけでスタートしてもオッケーだとスタッフさんが言ってくれた。これはありがたい。


 ボートの席は3、4、3であり、俺たちは8人なので、3、2、3で席に着くのだが、ここはアキラが選んだアトラクションなので、この席はアキラの指示に従い乗る手筈だ。


 ちなみに席順はこうだった。


 1サキ、2ナツミ、3アカリ

 4ヤマト、5アキラ

 6アキ、7ミユキ、8先輩


 そしてこのボートは一斉に乗ると大きく揺れるらしいので一人ずつボートに乗っていく。でも底が固定されているので実際のところ転覆することは100%ないらしい。


「うわっ、揺れる」

「きゃっ」

「結構揺れるね」


 でも、この揺れがあることで本物のボートに乗っている気になるから面白い。


「あはは、ナツっち落ち着きなよ」


「だってさ、うちドキドキするし」


「ナツミは暗いところが怖いんだよね」


「うっ、違うし、怖くないし、武者震いだし」


「あははナツっち。その安全ベルトはあたしのだし」


「あう……」


「ナツミ、それは私のだって」


「う、うん……実はうち薄暗い場所が苦手だし」


「あはは知ってるし」


「うん、知ってる」


 まだスタートもしていないのに、薄暗く見える水龍の洞窟の方眺めたナツミはどうも怖がっているように思える。ただ安全ベルトを付けるだけなのに、さっきからサキとアカリがくすくすと笑っている。


 また一つナツミの秘密が暴かれた瞬間だったが、ナツミの怖がりはDVDを見た時に知っていたので別に驚きもしない。アカリが「それ知ってるし」と言っていた気持ちが理解できた瞬間でもあった。


「ボクわくわくしてきたよ」


「ああ、楽しみだな」


 腰の辺りに安全ベルトをしっかりと嵌めたアキラは早速水鉄砲を両手で構えては何もない空間に狙いをつけてみたりして楽しんでいる。

 もちろんそれ俺も同じ、この水鉄砲が妖怪ハンターに出てくるシューター職の武器に模してあるから余計にわくわくする。


「どうしようミユキ、私こんなのはじめて」


「アキさん。実は私もなのよ」


「黒木先輩もアキも大丈夫? 私FPS得意。妖怪ハンターもやってる。バンバン打ち落とす」


 背後からミユキの頼もしい声が聞こえてきたので、


「おっ、ミユキも妖怪ハンターしてるのか? 俺とアキラもよくしてたんだよ」


「ボクは今でもしてるよ。ヤマトがログインしてこないだけだよ。ミユキちゃんもしよかったら、今度一緒にやろう」


「やる。ヤマトやろう」


「そうだね。でも俺久しぶりだから下手になってるかもな〜」


「その時はボクが守るよ」

「私が守る」


 お互いに一歩も譲る気がないらしく、しばらく二人の攻防を眺めていた。そんな時だ。


 ビーーー


 開始のブザーがなりグラグラッとボートが揺れた後に勝手に進み出す。


「うわ〜動いたし」


「そりゃあ動くよ、それよりナツっち水鉄砲を構えないと」


「あ、そうか」


 ボートは水路を少しずつ進み、薄暗い洞窟に入るとすぐに急斜面を滑り出し、ふわっとした浮遊感が襲ってくる。


「「「「「「「きゃー」」」」」」」


 彼女たちから悲鳴が上がったかと思えばザバッと水しぶきが上がり急降下の終わりを告げてくるが、


「うえーん、びしょ濡れ」


 衝撃で水しぶきが降ってきて俺たちは魔物の脅威は一瞬にしてびしょ濡れになった。暑かったからいいんだけど、いきなりびしょ濡れになるとは思わなかった。


「ヤマトちゃん来るよ!」


 それでも隣のアキラは楽しそう。アキラがそう叫ぶと正面の水の中から大きなカッパが4体現れ、洞窟の側面にある穴からイボカエルの妖怪が穴の中から6体顔を出す。


「きゃっ」

「むっ、背後にも、トカゲ?」


 どうやら前や横だけじゃなく、後方にもトカゲのような妖怪が4体現れていたようだ。


「ここだな」


 ここでボートもストップしたことからここが第一関門ってことなのだろう。


「あたしたちが前だね。ナツっちアカリっち。今日 

 とことんやっちゃおうっ」


「おー」


「う、うん。やってやるし」


 元気いっぱいのサキとアカリ。ナツミは少し引き気味で頼りなくかんじたが、楽しければそれでいい。


「ボクが右やるから、ヤマトちゃんは左のカエルお願いね」


「分かった」


 アキラも楽しみそうに水鉄砲をイボカエルの穴に向けて発射している。ただこの水鉄砲が加圧式水ピストルだから数秒間は強力な水を射出させてることができるが、勢いが弱まれば発射口の下に下にある発射レバーを何度かシュポシュポとスライドさせなければならない。


「あれ、水が飛ばなくなったっし」


「ナツっち、こうするらしい」


 サキがナツミに発射レバーを何度かスライドさせれば、ナツミが顔を真っ赤にする。


「あれれ、ナツっち顔が真っ赤」


「な、なんでもないし……」


「にしし、いやーん、ナツっちのえっち」


「ち、違うし」


「ナツミはえっちだなぁ」


「あ、アカリ、これは違うし」


 このスライドが圧が増すごとに重くなっている。彼女たちにはキツイらしく、サキたちはきゃーきゃーと……


 ――? きゃーきゃー? 楽しそう?


「あーあ、カエルに逃げられちゃったよボク」


「大トカゲも逃げた」


 俺が担当した右側と加勢した正面はうまく時間内に倒しせたものの左側と後方は時間切れだった。


「うわっぷ」

「「「きゃー」」」

「いたい、いたいって」


 まるで洗車される車の気分。第一関門から敗北した俺たちは横からプシューと吐き出してきた強めのシャワーでびしょ濡れになった。髪を掻き上げる彼女の仕草が色っぽい。


「次こそは頑張ろぉ」


「「「「おー」」」」


 それでも彼女たちのテンションは高い。俺も洞窟内で暗い上に濡れて見づらくなったサングラスを外し、濡れて張り付いた髪を掻き上げる。


「ふぅー俺も、さっきまでは暗すぎてよく見えなかったけど、これならちゃんと見える」


「う、うん」

「がんばろう」


 ――?


 急に彼女たちがしおらしくなったように感じたが、きっと気のせいだろう。今度はぐるぐると水の坂を登っていく俺たちのボート。妖怪ハンターの世界観を出す演出なのだろう。少し幻想的な水路を進み、次の第二関門に到着する。


 今度は海坊主に、海和尚に、不知火が姿を現す。


 ちなみに海坊主は、海に現われる大きな坊主頭の妖怪。 海和尚は亀に人間の坊主の頭を持つ妖怪。 不知火は海上に浮かぶ人魂。


「ぎゃー人魂だし」


「お、お化け」


 これにはナツミとアキが軽くパニック。


「ちょっと、ナツミもアキも倒さないと、時間が……」


「うわっぷ」

「「「「「きゃー濡れる〜」」」」」


 本日二度目の洗車される車の気分。第二関門も敗北した俺たちは、またしても横からプシューと吐き出してきた強めのシャワーを浴びてびしょ濡れになった。


「あはは……」


 笑いながら髪を掻き上げる彼女たち。


 結局全ての関門で敗北しつづけた俺たちはプールに使ってもいないにびしょ濡れになってアトラクションを終えた。

 最後なんて滝のような雨が30秒ほど降り注ぐ。気持ちいいと思えば気持ちいいのだが、水龍に敗北した罰ゲームのようなものなので気分はちょっと複雑。


「悔しい〜結局全部負けちゃったよ」


「あはは、でも楽しかったし」


「うん」


「またやりたいし」


「ナツミはまた怖がって何もできないんじゃないの」


「そんなことないし」


 ボートから降りて出口に向かって歩いていると、


「ほら、見て、写真だよ」


 今日一という画面に俺たちの写真が表示されている。ご丁寧に敗北してびしょ濡れの髪を掻き上げている写真だ。彼女たちが色っぽいが、俺も素顔だ。


 彼女たちがその写真を食い入るように見ている。これはお金を払えばそのデータと写真を購入できるシステムらしいが、


「写真いる?」


「欲しい」


「じゃあ買おう」


 彼女たちが欲しがったので俺はみんなに一枚ずつその写真とデータを購入した。


 彼女たちは俺に奢られるのを遠慮していたが、ここでも彼氏らしくしたいと言うと素直になる彼女たち。


 ついでに先輩にも買ってあげると、少し顔を赤らめて貰ってくれた。普段からお世話になっている先輩なのに、先輩だけ奢らないなんてできないしね。


 俺もモデル以外では、素顔で写った写真なんて久しぶり、それが彼女たちと一緒となると初めて。だから俺もその写真を買ってしまった。


「みんなで写る写真もいいもんでしょ」


「そうだね」


 彼女たちもそうだが、俺もしばらくその写真を眺めていた。

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