第50話

 ウォーターランドの駐車場にはアキラと先輩がすでに待っていて、俺たちに気づいたアキラは大きく手を振り、先輩は少し照れくさそうに小さく手を振っていた。


 ――ん? 誰?


 アキラの隣には見慣れない若い女性がいる。


「あら、久しぶりねサヤカ」


「レイコねぇさん、ご無沙汰してます」


 レイコ義母さんはその女性のことを知っていたようで、その女性に嬉しそうに近づき「少し見ない間に大きくなったわね」と感心している。


 口振りかもレイコ義母さんとその女性は顔見知りだろうことはわかる。そこから思いつくとすればアキラの身内で、歳上そうだからお姉さんといったところだろうか。


 俺がそんなことを考えていると、


「ヤマトちゃ、ヤマトは、今日はサングラスなんだね。カッコいいよ」


 俺がボーっと見ていた視線の先を気にしたアキラがそう言ったあとに「私の姉」だと教えてくれた。姉さんはアキラの3歳上で大学生らしい。


「そっか」


 ――姉妹か……


 今日のアキラはメガネをしていない。言われてみればそっくり、というかレイコ義母さんとも似ている。ほんと不思議だ。


「それよりアキラは……今日はメガネはいいのか?」


「ん? うん。みんなには水着を買う時にこれが伊達メガネだって話していたし、今日は水がかかって邪魔になるかと思って」


「なるほど」


 アキラにそう言われて納得する。サキたちも気にならないようだし、メガネは水がかかると見づらくなっる。


「あ、そうそう開園時間まで、まだ少し時間があるから、みんなで行きたいところを決めてて」


「うん」


 俺がカナコ義母さんから聞いていたことを彼女たちに伝えると、スマホを取り出しウォーターランドの公式サイトからアトラクションの紹介ページを見ながら「どこから回ろうか」と楽しそうに話し始める彼女たち。

 そんな彼女たちを眺めていると背中越しに俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ヤマトくん、だよね」


「はい」


 呼ばれたのでくるりと振り返れば、そこにはアキラの姉さんが立っていた。


「アキラの姉さん?」


「そうよ。初対面だよね、アキラに聞いた?」


「はい」


「そっか。ふふ、アキラは子どもっぽくて、危なっかしいところがあるけど、今日はよろしくお願いね」


 アキラの姉さんがウインクしながら気さくな感じでそう言ったはいいが、ご丁寧に右手を差し出してきたので、俺は慌ててサングラスを外し、


「はい。というか、お互い様なんですよね。でも任されました」


 気分を害さない程度に、少し軽い感じでそう答えたあと、差し出されたお姉さん右手には両手で握手をした。


 歳上だと分かっているから歳下の俺はそうするべきだと思った。


「!? な、なるほど、アキラが他の男に言い寄られても頑なに……こういうことね。我が妹ながらなかなかやるじゃない」


 俺と視線があった途端に、視線を手元に向けた姉さんはボソボソと何やら呟いていたが、その呟き声が小さすぎて聞こえてこない。


「ん?」


 思わず姉さんに聞き直してしまったがお姉さん少し恥ずかしそうに首を振るだけだった。


 ――??


「いえ、なんでもないの……っ!? そ、それじゃあ、私はこれで失礼するけど、ヤマトくんまた会いましょうね」


 そして一度だけ俺に顔を向けたお姉さんだが、すぐに慌てたように明後日の方向を向いたあと、そう言ってから再びレイコ義母さんの下に駆け寄るアキラの姉さん。少し不思議な人。


「うーん?」


 それからレイコ義母さんとマキさんは仕事があるからと帰って行ったが、アキラの姉さんもレイコ義母さんたちの後をついていくように帰って行った。


「ヤマトっち行こうよ」


 開園時間も迫り、人がわらわらと入り口の方に集まり始めたので俺たちは慌てて開園を待つ四つの列の内の一つに並んだ。夏休みだけど、まだ夏休みが始まったばかり、しかも平日だったこともあり人がわりと少なく感じた。


 ――小さな子を連れた家族が多いな……


 そんなことを考えていると、


「まだかな」

「あと2分くらい?」

「あと2分もあるのか」

「ネズミーマウスランドと同じくらい広いのね」

「これ。気になる」

「ボクはこっちかな」

「初めはみんなで参加できるのがよさそうじゃない」


 待ちきれないといった様子できょろきょろそわそわしている彼女たちが可愛い。聞けばみんなウォーターランドは初めてだという。


 俺も初めてだが、彼女たちが楽しめるように頑張ろうと思った。


 それから開園時間となり俺は彼女たちと一緒にウォーターランドに入った。


 ――――

 ――


 入ってからお土産コーナーを抜けるとすぐに更衣室が見えてくる。俺はそこで彼女たちと別れて、日焼け止めクリームが塗れる待合室で合流することになった。


 俺はグレイドの撮影時にもらった落ち着いた感じのサーフパンツに着替えて待合室の前で待つ。


 ――ここで待ってよう。


 というのも待合室の中はカップルや家族連れが多く、一人で入るには勇気がいった。


 ――?


 やたらと視線を感じるが、サングラスはちゃんとかけてる。きっと気のせいだと思い俺は気にせず彼女たちを待った。


「ヤマトっち〜」


「ヤマト〜」


 ――ん? ぶふっ!


 サキとアキラの声が聞こえたので、声の方に振り向けば、手を振りながらサキとアキラが色々大きく揺らしながらこっち向かって駆けてくる。


 ――これは、なんてことだ。


 せっかくラッシュガード着ているのに、二人はラッシュガードの前チャックを外しているから中に着ているビキニがバッチリと見えている。しかもそのビキニがかなりセクシー。


 男性の注目を浴びそうなので、俺は必死に歩くようにジェスチャーで伝えた。


「ヤマト、さっきの動き面白かったよ」


「ヤマトっち、ぷくく、もう一回やって」


 近寄ってきた二人の第一声がこれである。二人は男の視線を舐めているんじゃないかと心配になるが、


「ヤマトっち、心配しなくてもヤマトっち以外誰も見てなかったから大丈夫だし」


「そうそう、ボクも人の視線にかなり敏感だから」


 杞憂だったらしい。


「それならいいんだけど……?」


 と言いつつ、二人の視線は俺の顔の方に向けられたかと思えば、身体の方に行ったりと、さっきからきょろきょろと落ち着きなく泳いでいる。


 ――はて?


 今のヤマトは自身で鍛えあげた綺麗な肉体美を晒しているのだが、入園している他の男性たちもヤマトと同じように上半身裸の格好をしていたので、なんとも思っていなかった。


「みんなは?」


「も、もうすぐ来ると思うよ」


「もうすぐ」


 やはり二人の動きはぎこちない。目も泳いでるし、耳が少し赤く見える。


「二人とも風邪でも」


「きた」

「みんなが来たよ」


「あ、本当だ……ぇ」


 それからすぐにみんな揃ったのだが、サキやアキラに続き、ミユキと先輩までもがセクシー系のビキニの水着を着ていて目のやり場に困ったが、アカリとナツミとアキが露出控えめで、なんだかホッとした。


 ちなみにラッシュガードはみんな着ている。パーカー付きの可愛い感じのやつを。でもなぜかチャックは開けてあるけど。


「揃ったね。みんなは中で日焼け止めクリームを塗ってくるといいよ。俺はここで待ってるから」


「ヤマト、何か言うことない」


「言うこと?」


「うん」


 ミユキが片手を頭の後ろに、もう片方の手を腰にあててからクネクネと不思議な踊りを見せてくる。


 ――??


 はっきり言ってミユキの行動は読めないことが多い。だから今回も諦めかけていたのだが、


 ――まてよ。


 そこで俺はメグミ義母さんの言葉を思い出した。


 ――『彼女さんたち水着を買いに行ったの? じゃあヤマトくんは褒めてあげないとね』


 見ようと思えばミユキは俺に買った水着を見せているようにも見えた。


「ミユキ、その水着よくにあってる」


「そ、そう。やっぱり」


 ミユキが珍しく照れて俯く。どうやら正解だったらしい。でも俺がホッとしたのも束の間、


「ヤマトっちあたしたちは?」


 サキのそんな声にみんながまるでモデルにでもなったかのように魅惑なポーズを決めてくる。特にサキとアキラ。先輩はカッコよくてアカリとナツミとアキは照れが入ってて可愛い。


 もちろん俺には褒めるという選択肢しかないので褒めた。


「みんなもよく似合ってるよ」


 が、この褒め方はまずかったらしい。


「えー、ちゃんと見た?」

「むむ〜」

「適当に言ったようにしか聞こえないよ〜」

「ヤマト〜」

「ヤマトくん、もっとちゃんとした感想が……」


 彼女たちに詰め寄られてタジタジになる俺。しかも後が壁で逃げ場がない。


 ――近い、近い。それに当たる。


「えっと……ちょっと落ち着こうか」


「分かったヤマトっち、取り敢えず中に入ろう。そして、はい、これをお願いします」


 にっこりと笑みを浮かべたサキが、よく分からない容器を俺に手渡してきた。


「日焼け止めクリーム……?」


「うん。塗って欲しいな」


「いやいや、それは……」


「ほらほらヤマトっち、みんなもこれで許してくれるらしいし、時間ももったいないし」


「え、いや、そうなの? でも……」


 結局俺は、彼女たちの機嫌をとるために日焼け止めクリームを塗ることになり、


「ええーい、ヤマトっちにも塗っちゃえ」

「おおー」

「ぬりぬり」


 俺も彼女たちから日焼け止めクリームを全身に塗られてしまった。


「ち、ちょっと、誰だ。変なところ触るのは」


「き、気のせいだよ。ヤマトっち」

「き、筋肉……ステキ」

「あはは……」

「ふふ、ふふ……ぶはっ」


 やたらと張り切っていた彼女たち。ただ今回はナツミや先輩だけじゃなく、俺の肌に直接触れたサキやアカリ、アキにミユキ、アキラまでもが鼻血出してしまい、しばらく待合室で過ごすハメになった。


「「「ごめん」」」


 しょんぼりと肩を落とす彼女たちが少しおかしくて、これもいい思い出である。

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