第49話
「ふぅ、プリントはこれでラストかな」
次の日の今日は夏休みが始まってまだ2日目だが、俺は朝から夏休みの宿題に取り掛かっていた。
というのも俺は夏休みが始まってから一週間で夏休みの宿題を全て終わらせ残りの期間はゆっくり過ごすのが好きなのだ。
ただ今年は彼女もできてアースレンジャーの撮影まで入ってくる。だから、いつもよりペースも早い。
なるべく自由にできる時間を確保しておきたいとも思ったわけだ。
ちなみに夏休みの宿題は国語、漢字、数学、英語、のプリントが数十枚に、読書感想文、環境問題に関する作文、書道、 教科書の予習など、他にも男女の向き合い方などの作文があったり、学園で取り入れてほしい行事(意見書)などわりと細々としたものもある。
「……よし、プリントは終わった」
午前中だけで宿題プリントを全て終わらせた俺。なかなか良いペースだと思う。
「そういえば……」
夏休みの宿題をしていてふと思った。みんなはアパート暮らしだけど帰省するのだろうか? と。
「まいったな……」
気づけば俺は置いていたスマホに右手を伸ばしていた。
「そんなことも知らないなんて……」
オーディションが受かったことは伝えた。これは俺のこと。ウォーターランドについてのやり取りもしていた。俺も参加するから。でもそれだけだ。俺は彼女たちの夏休みの予定を全く知らない。
つい最近彼女たち一人一人と向き合おうと決めていたばかりなのに……
「なんてこった……」
そんな自分が彼氏として恥ずかしく思えてきて、俺は思わず頭を抱えた。そんな時だった。
ピロン♪
――?
俺がLIFEを打つ前にメッセージが届いた。
――先輩からだ。
《ヤマトの部屋》
ミキ:突然でごめんなさい。水着、できればみんなとあわせたいなぁと思ったの。こんな感じでいいのかな?
そんな先輩からのメッセージとともに先輩の水着姿の画像届いた。
――ぶふっ!
先輩はスレンダー美人。水着姿でも胸元がしっかりと隠れているタイプの水着を身につけていていやらしさはない。ただただ綺麗な人だなと感じさせる画像だった。
俺の手はすでに画像保存のボタンを押している。
――俺ってヤツは……
昨日に続き今日までも反射的に同じことをしてしまった自分に自己嫌悪。でもそんな間にも、
サキ:先輩、すごくいいです。でもあたしはビキニだし、先輩ももっと露出してもいいかなと思うんだよね……
ミキ:そっか。サキさんの意見はもう少し露出した水着がいいのね。
ナツミ:いやいやサキ。先輩はうちと似たような水着だし、センスあるし……先輩もそのままでいいと思うし。
ミキ:あら、そうなの。それはうれしい。一着はこれに決めるわ。
ミユキ:先輩。それなら二着目はビキニでお揃いになる。攻めは大事。
ミキ:そ、そうなんだ。ビキニはたしかに攻めてる気がするわね。そうよね。攻めも大事、よね。
アキ:先輩。ミユキのことは放っておいていいですから、ワンピースタイプはどう思いますか?
ミキ:ワンピースタイプはデザインが豊富で、私も好きよ。そっかワンピースタイプもいいわね。
ミユキ:先輩。アキは判断ミスしてる。攻め大事。ヤマトは攻めないと沈まない。
アキ:ちょっとミユキ。あなた今異空戦艦ヤマトのアニメ観てるでしょ。
ミユキ:アキ、感がいい。正解。今いいところでヤマトが魔導砲を撃つ。
紆余曲折しているが彼女たちのそんなLIFEはしばらく続く。一応俺も『いいと思います』と始めの方で打っていたが、果たして気づかれているのかどうか。
というのも、このチャットの内容が男の俺ではだんだんと参加しづらいものになっていた。しかも、なぜか俺がビキニが好きだと確定していたし、いや好きだけど。当てられててすごく恥ずかしい。サキか、たぶんサキだろう。
でも何か言い返したとしても墓穴を掘りそうなので、俺は黙って静観にするに徹した。
ミキ:みんなありがとう。今日は助かったわ。
そこでグループチャットは終わる。一瞬だけ、この機会に夏休みの予定を聞いてみようかと思ったが、でも明日はみんなでウォーターランドに行くことになっている。
顔の見えないLIFEで聞くよりも、直接会ってみんなの顔が見える状態で聞いた方がいいような気がした。
「よし、残りの宿題を終わらせよう」
俺は再び夏休みの宿題に取り掛かった。
――――
――
わずか一日で夏休みの宿題を8割ほど終えた翌日。今日は皆とウォーターランドに行く。
朝食を終えた俺は、早速カジュアルな格好に着替えてレイコ義母さんの下に行く。
「準備ができたようね」
「はい」
俺がそう返事すると、レイコ義母さんは俺を見てから何やら考える素振りを見せたかと思えば、
「ヤマトくん。ちょっと待ってて」
そう言い残してリビングを出て行った。
「ヤマトくん。今日は楽しんでくるのよ」
「ウォーターランドは広いから、行きたいところを先に決めてから行動した方がいいわよ。時間なんてすぐに過ぎるのだから」
「はい」
カナコ義母さんとメグミ義母さんがウォーターランドの楽しみ方を教えてくれた。行ったことの無い俺には、とても参考になった。
そう、ウォーターランドには俺が行かなかっただけで弟と妹はすでに二度ほど行っている。
でも、仲の良い父さんと母さんたちだ。若い頃にはネズミーマウスランドと同じくらい行っているかもしれない。
「ヤマトくん。待たせたわね……」
リビングに戻ってきたレイコ義母さん。その手には何やらメガネのケースのようなものが握られている。
「はい、これ」
――?
レイコ義母さんはそのメガネケースをカパッと開けると、中に入っていたモノを俺の方に差し出してきた。
「サングラス? ですか」
たぶんブランドもののサングラスだ。その中でもたぶん男女兼用のデザインのモノ。見るからに品があってカッコいい。
「そう。これでも顔が隠せるでしょ」
俺がなかなか受け取らないからか、レイコ義母さんが一度自分で掛けてみせる。美人なレイコ義母さんによく似合っている。
「そうですね。あ、レイコ義母さんよく似合ってるよ。でも俺にはメガネがあるから、たぶん使うことはないかなぁと思うけど……」
「あら、ありがとう。お世辞でもうれしいわよ。でもこれはヤマトくんにあげたいの。せっかくウォーターランドに行くのよ。素顔は出せなくても彼女たちに少しでもカッコつけてみせるのよ。
それに、彼女さんたちに奢りたいからお金も準備したんでしょ」
バイト代を先に貰っている手前、レイコ義母さんには全て読まれてる。
「あはは……はい」
断るのが無理だと判断した俺はレイコ義母さんからサングラスを素直に受け取った。
「じゃあ今日はヤマトくんが、彼女さんたちに甲斐性がある姿を見せてあげないとね。あ、なんならエスコートをしてみせるのもいいわね。ほら紳士っぽく、ふふふ」
「メグ、それいいわね。昔を思い出したわ」
「せっかくだから今度タケルくんに、またエスコートしてもらいたいわね」
「ふふふ。そうね。私、新しい水着でも買ってみようかしら」
「どうせならタケルくんに選んでもらうのもいいわよね」
「そうよね。そうしましょう」
なんだか話が勝手に進んでいって、父さんに飛び火してしまった気がするので、取り敢えずLIFEで謝りのメッセージを送っておく。
タケル:? ヤマト、何かあったのか?
ヤマト:分からない、けど、なんか謝らないと行けないと思った。
タケル:?
後日、父さんから栄養補助飲料と補助食を頼まれることになるが、それは今ではない。
「うん、ヤマトくん。思った通り、よく似合ってるわよ」
サングラスをかけた俺を見てレイコ義母さんが笑み浮かべて頷いた。
「そうですか?」
「誰が見てもカッコいいと言うはずよ。だからそれはヤマトくんにあげる。メガネがかけれない時にでも使うといいわ。たぶんこれから必要になってくると思うからね」
「誰が見てもって、それは大袈裟に言い過ぎだと思うけど、でも、ありがとうございます」
――? そうか……
レイコ義母さんにお礼を言いつつピンとくる。それは事務所に入る時だ。
事務所にはメガネをしたままでは入れない。なぜなら俺の正体がバレてしまうから。
いずれバレてしまうことにはなるだろうが、それは今じゃなく、せめて彼女たちがメガネをかけている時と同じような態度で接してくれるようになった時の方がいいと俺は思っていたりする。
そのためにも今でも彼女たちには好きな時にメガネを外させて、素顔で接する時間を少しずつ増やしている。
けど、これは本当のところ、自分の自己満足に過ぎない。その理由に、俺はまだ過去の出来事を恐れているから。
あの時と男女のあり方だって大きく変わってきているからそれはないだろうと思っているが、でもどこかで、また同じことを繰り返すのではと思っている情けなく弱い自分がいる。
もし教室でメガネを外して、昔みたいにクラスの女子たちの仲がギスギスしたものへと変わってしまったら、もし彼女たちが危害を加えられたり虐められたりしたら、他にもそれが原因で、彼女たちから距離を取られてしまうことになってしまったら、そんなこと今でも時々考えることがある。
そんなことになれば、たぶん今の俺では立ち直れない、それだけ彼女たちの存在が俺の中で大きくなってきているのだから。
――やめよう。
本当いつまでも心の弱い自分が嫌になる。ブサメン転生の主人公みたいに心の折れない強い自分にならないと。
「ほら、ヤマトくん。みんな待ってるだろうから急いで行くわよ」
「あ、はいっ」
それからレイコ義母さんと俺はメグミ義母さんがいつも使うワンボックスカーに乗り彼女たちが待つアパートに向かった。
「サキちゃんに、アカリちゃんに、ナツミちゃんに、アキちゃんに、ミユキちゃんよね。今日はヤマトくんのことお願いね」
彼女たちと挨拶を交わしたレイコ義母さんは突然そんなことを言った。小さな子どもの面倒を見てもらう親のような挨拶を、俺の立場からすると、これはちょっと恥ずかしい。
「ちょ、ちょっとレイコ義母さん。俺はそこまで子どもじゃ……」
「それならヤマトくんもまたメガネをかけてないで、せっかくあげたサングラスをしなさい」
――なるほど、そう言うことか。
アパートの前になり、いざ彼女たちの姿が見えてくると恥ずかしくなって俺はサングラスからいつものメガネに切り替えてしまった。
レイコ義母さんはそのことを不満に思っていたらしい。でもそこまで気にしているとは思わなかった。
「え、サングラス? 見たい見たい。ヤマトっちのサングラス姿見たい」
サキのそんな声にみんなが興味津々と言った様子で視線を向けてくる。
――うっ、仕方ない、のか……
自分の招いた結果だと諦めて俺はメガネを外してサングラスをかけた。
「ほぉ〜」
「へぇ〜」
「はぅ〜」
「わぁ〜」
「ほほ〜」
そんな俺が反応に困る声を上げる彼女たち。
――えっと、これは……
尚も俺に見続ける彼女たち。さすがに居心地が悪くなった俺はワンボックスカーの後ろを開けて、彼女たちの着替えの入った手荷物をどんどん載せていく。
「ほら、レイコ義母さんも笑ってないでアキラや先輩が現地で待ってるんだから行くよ」
「ふふ、そうね。それじゃ向かいましょう」
それから俺はさっさと助手席に座った、いや座ろうとして、
「ダメよ。ヤマトくんは後ろよ」
「……はい」
乗ったり降りたりする俺を見て笑うみんなにジト目を向けつつ、スライドドアを開けてから後部座席に座る俺、かっこ悪い。
ちなみに俺の両隣はじゃんけんで勝ったらしいアカリとミユキが座り、
「今日は朝からヤマトの隣でツイてるね」
そう言ったアカリが身体を寄せてきて俺の左肩に頭をこてんと乗せる。
「ヤマトの隣、ゲット」
最近のミユキはアニメやラノベ好きなことを隠さなくなったせいか、トークにもそれが現れ始めている。
俺もアニメやラノベが好きだし、それに無理して我慢されているよりも自分を出せるようになってきたミユキには好感しか抱かない。
――ん?
そんなミユキはずりずりと身体を寄せてきたかと思えば俺の右腕にピタリと張り付く。
でも自分の頭を後部座席の背もたれと俺の背中との間に挟めて何かしたい。俺が背もたれが使えないので、ミユキの頭をぐいぐいと押し返したら満足そうにしていたミユキ。ちょっとよく分からない。
さらにその隣にはナツミとアキがぎゅうぎゅうなのに「詰めて詰めて」と入り込んできて、なぜかサキだけが助手席に座りレイコ義母さんと楽しそうに話していた。
やはりサキはコニュ力が高いようだ。
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