第54話
「あ〜しかしよぉ、気にくわねぇよな。グラン(アース精霊)のヤツ。勝手にアイツらをアースレンジャーにしやがって。あいつら元々ウェル団だろ? 敵だぜ敵。そんなヤツいらね〜よ」
ホログラムでリアルに再現された通学路を歩く5人の学生。この5人が同級生であり幼馴染でもあり地球の平和を守るためにグラン(アース精霊)に力を与えられた我らがヒーロー、アースレンジャーだ。
そしてショウヤ役(ブルーアース)の
俺は今少しでも役になりきれるよう、台本を片手に登場人物の情報を出演者と一致させているところだが、セリフは台本通りだけど言葉が少し軽い感じがしてワイルドというより少し悪ぶった感じの……
――あっ……
俺も人のこと言える立場ではないことに気づき頭を振る。
――落ち着け俺……
どうも俺は緊張しているらしい。ついつい余計なことを考えてしまっている。
というのも次のシーンでは俺と先輩が5人と同じクラスに転入するシーンがある。今までは怪人姿でしか登場していないちょい役怪人。
それがいきなり主役級になるのだ。人化した姿ではこれが初登場となる大事シーン。まだ怪人が人化できることを知らない五人が驚くシーンでもある。
グラン(アース精霊)だけは知っていたが精霊故にそんな些細なことを気にしていないらしい。
それで、青木英雄は赤井緋色と歳は同じで俺の一つ上。ゴッディスボーイコンテストの準優勝者らしい。所属芸能事務所も赤井緋色と同じだと聞いた。
第一印象としては短髪ショートだがお洒落にカットされていて爽やか。彫りの深い顔立ちで少し日本人離れしたイケメン。挨拶した感じでは役と違って礼儀正しい人だったけど、にこりともしないから近寄り難い雰囲気だった。
ちなみにグラン役(アース精霊)はホログラムで再現されていてマリモみたいなふわふわした謎の物体。大きな目が二つあって可愛らしい。
ただ学園では校長に憑依していて校長室にアースレンジャーの基地へと続く精霊の扉がある。他のヒーローはちゃんと自宅があるのだが、自宅のないニークとササミはこの秘密基地の中に寝泊りしている設定だ。
だからこれからも俺と先輩の登校シーンはない。
それでアース精霊のグランが校長に憑依しているのは授業中にウェル団が牛肉化活動を始めてもすぐに対応できるため。
まあ子供向けの番組だから詳しく表現されることはないが、普通なら授業中に学生が何度も抜け出していたら留年ものなんだけどね。
裏設定では校長権限で授業を抜け出していないことになっているらしいけど。ここは深く考えてはいけないところらしい。
そして、その校長役の役者さんが、なんと面接時に監督の隣にいた厳つい五十代男性の遠藤勇さん。俺は面接時にこの人が監督と思っていた。
遠藤さんは俺が芸能界に疎いだけでかなり有名な俳優さんだった。黒木先輩は基本的に男性の面接官を意図的に視界に入れないようにしていたから気づかなかったらしい。
「ヤマトくん、よろしく」と笑顔を向ける遠藤さんは厳つい顔のまま質問してきた時のイメージがガラリと崩れ、大人の色気たっぷりのダンディーに。しかも共演者との顔合わせで緊張している俺と黒木先輩にはダジャレ(おやじギャグ)まで披露してくれる気遣いのできる大人…… しかも自分の役と上手く被せてくるし。
校長役の俺、絶好調……
ニヤリと笑みを浮かべてどうだと言わんばかりの顔を向けてくる遠藤さん。でも反応に困り思わず苦笑い……今思い出すと申し訳ないことをしたと思っている。
――あの時は緊張が少しほぐれていて楽になっていたんだけど……この緊張感は少しまずいな。
「兄さん。……ぶつぶつ……兄さんっ! ……ぶつぶつ……」
俺の隣には一所懸命台本のセリフ覚えに集中している先輩がいる。余裕がない感じ。でもぶつぶつと繰り返し口にする黒木先輩が少しだけ羨ましいと思ってしまう。
俺はすでにセリフを覚えてしまっているだけに自分の出番まで時間に余裕がある分変な緊張感がぶり返してくるのだろう。
だから台本から読み取った登場人物イメージを出演者に合わせていき、余計ことを考えないように努めてるのだ。
再び俺はホログラムでリアルに再現された通学路を歩く5人に視線を向ける。
「ショウヤがまだ言ってるよ〜。しつこいよショウヤ。それに敵だったって言っても私たちと戦ったこともなかった怪人だよね? っていうかあれってヒヨコだよね? 大きなヒヨコ。ヒヨコって可愛いくて癒されるし私はいいとも思う」
腕を組みうんうんと大きく頷くのは元気っ娘設定のマイ役(イエローアース)の
黄理谷 円香は大手芸能事務所所属で歳は黒木先輩と同じで二つ上。「ヤマトくんよろしくね〜」と役と同じく元気で明るい感じの人だった。
見た目の印象からすでに活発そうな美少女。ショートカットでボーイシュな感じを受けたから余計にそう思ってしまった。
もしかしたら見た目に騙されているだけかもしれないけど役といえば黒木先輩のササミ役も兄ニーク役の俺以外とは淡々と事務的に話す、口数の少ない怪人設定だからマイ役も監督が意図して似たような印象を受ける人を採用していても不思議じゃない。
ちなみに俺のやるニークはクールで人を寄せ付けない雰囲気を醸し出しているが義理堅く約束は守る男。ただ妹が大好きで妹のためならなんでもやる兄、そんな設定っぽい。
メイクのオネイさんも「皇子様みたいでしょ。孤高の皇子、そんなイメージでって要望だったのよん。でも実際は妹思いで、義理堅い心優しい男なのよね」とそんなことを言っていたが、一言で言うとただのシスコンだ。
俺大丈夫だろうか、ちょっと心配ではあるがやるしかない。っとまた思考の渦に呑まれてしまっていたが、今後のためにも今は5人の演技を見ておくべきだろう。
「ヒヨコっぽいのはこの際どうでもいいけど、そうね。仲間が増える分にはいいんじゃないかしら?」
口元に軽く手を当て上品に思案している仕草を見せつけているのがお嬢様設定のルカ役(ピンクアース)
黄理谷 円香と同じ事務所らしいが歳は俺と同じ。でも桃川 彩香の両親はどちらも俳優で、幼少の頃から演技の練習をしてきた彼女は「演技には自信のがあるの。分からないことがあったら気軽に相談するといいわ」と握手を求めてきた。いい人なのだろう。しかしだ。
背中まである長い黒髪は緩くパーマがかかっていてまさにお嬢様って感じの美少女。一つ一つの動作に品があるが、彼女が勝手にアドリブを入れるものだから、周りが彼女の演技に反応できずに撮り直すこと3回(今はテイク4)。
監督は多少のアドリブは認めているようだがやり過ぎないように何度か注意していた。
桃川さんは「こうした方がいいと思ったの」と何事なかったように言う。たしかに他のメンバーに比べて彼女の演技はかなり上手い。でも……
――うーん。
協調性がないというか……彼女と共演する際は彼女の演技に振り回されないように自分の演技に集中した方がいいかも。気をつけよう。
ちなみに今のシーンでも口元に手を当てるのではなく右頬に右手を添えるとある。違和感なく演技していることからもやはり彼女の演技は上手い、今回は監督も何も言わない。今のところオッケーっぽい。
「でもよルカ(ピンクアース)。アイツら怪人だぞ。そんな奴らに背中を預けれるか? 俺はできそうにないが……リクはどうだ?」
ショウヤが同意を求めるように視線を向けた人物は……
「あはは……まあ、確かにね。それも一理あるかもね〜」
両手を頭の後ろで組みながら歩くリク役(グリーンアース)のは
大手芸能事務所所属で四つ歳上なはずなのに童顔のため俺より歳下に見える可愛らしい美少年。髪が少し長く身体つきも華奢なため余計にそう見える。
ただ役ではそう見えるが顔合わせの時は「足引っ張らないでよ」と酷く無愛想だった。
そのくせ暇さえあれば手鏡を覗き前髪をちょこちょこ弄っていた。演技は上手いけど俺はちょっと苦手なタイプかも。
「まあまあ。僕は大丈夫だと思うな。だってアース精霊のグランは資格がない者はいくら望もうがアースレンジャーには成れないって言っていっていただろ? あいつらはアースレンジャーに成れる。昨日話してみてあいつらは怪人だけど悪いヤツじゃないってことも分かった。共にウェル団を滅ぼそうと約束もした。それで充分じゃないか?」
――うーん。
赤井さんは相変わらず爽やかイケメンだった。キラキラエフェクトが見えそう。まさにレッドアース。役柄と同じく優しくて親切だ。
しかも顔合わせではわざわざ俺と先輩が待機していた控え室まで来てくれて他のメンバーとの顔繋ぎまでしてくれたのだ。
――とりあえずはみんなの足を引っ張らないようにしよう。
「はぁ。リョウ(レッドアース)は人が良すぎなんだよ」
軽く息を吐き出したショウヤが皮肉を込めた視線をリョウに向けていれば、
バチン!
「うげっ」
不意打ちで背中を叩かれたショウヤが、カエルが潰れたような声を上げてから身体を仰け反る。
「ふん、ショウヤの性格は悪すぎ。ね、リョウ……っていうかなによそれ、ショウヤは大袈裟だよ」
「お前な〜、一瞬息が止まって痛かったんだぞ。この怪力女めっ!」
「そ、そんなことないもん!」
「いいやお前怪力だから。見ろよこの力こぶ」
ショウヤかマイの腕を強引に掴み、力こぶを無理やり作らせようとする。
「こ、このセクハラバカ男っ! あっちいけ、ふえーん。リョウ、ショウヤがセクハラしてくる〜」
マイも負けじと強引にショウヤの腕を払うと、嘘泣きしつつ、リョウの右腕に抱きつくと。
「バカ男なんてベーだ」
涙を払う仕草をわざとらしくすると、ショウヤに向かって舌を出す。
「て、てめえ」
「あはは、まあまあショウヤもマイも落ち着きなよ」
いつものようにリョウが仲裁にはいるが今日は、
カーンコーンカーンコーン。
予鈴がなる。
「やべっ」
「うわぁ、遅刻するよ〜」
「みんな急げっ」
「はぁ、もう生徒会役員である私たちが遅刻なんてできないわよ」
「あはは、みんなでダッシュだね〜」
「はーいオッケー」
アースレンジャーであるみんなが全力で走れば数秒で到着するので遅刻はない。そこで場面が切り替わりいよいよ俺と先輩が登場する教室でのシーンに入るがここで休憩が少し入る。
スタッフが慌ただしく動き出しあたりはすぐに喧騒に包まれた。演技していた5人も監督のところに行き何やら話をしている。
「先輩、どうします?」
「えっと、そうね……」
流れの分からない俺と先輩が監督に呼ばれている5人に視線を向けていると、
「ヤマトくん、ミキくん」
突然俺と先輩に声がかかる。
「「はい?」って遠藤さんっ!」
流れが分からず立ち尽くしていた俺たちを見かねて遠藤さんが声をかけてくれたようだ。
「次俺も出るから一緒に移動しようか」
「ま、すぐそこなんだけどな……撮影現場は隣となります」と遠藤さんがそう言ってからニヤリと笑う。変な笑みじゃない親しみやすい笑みだ。だがしかし……
撮影現場は隣トナリます……
ダジャレも混じっているようだがここは気づかないフリをしとこう。先輩も気付いていないようだし。
「「はい、ありがとうございます」」
遠藤さんがあれっと言うような顔をした。心の中で一応謝っておこう。
――遠藤さんスルーしてごめんなさい。
そうなのだ。次のシーンは校長であるグランに連れられてニークとササミは教室に入ることになっている(そうしないと人化したニークとササミのことに5人が気がつかないから)。
「あはは、そう固くならなくていいから……」
遠藤さんは豪快に笑っているが、新人の俺では太々しい態度は取れない。横を見れば先輩もそんな感じだ。
「くくく、まあ無理もないわな。だが、演技の時には気持ちを切り替えて思いっきりやってくれよ」
「「はい」」
俺と先輩は撮影現場での流れを親切に教えてくれる遠藤さんの話に耳を傾けながらホログラムでリアルに再現されている教室に向かった。
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