第47話
事務所への帰り、
「ちょうどいい時間ね。お昼でも食べて帰りましょうか?」
隣に座るレイコ義母さんが、腕時計を見た後にそう言った。
俺もスマホを取り出して時間を確認してみると13時くらいだった。
「13時……たしかに今の時間ならすんなり入れそう」
ちなみにマキさんが運転手で先輩が助手席に座り俺とレイコ義母さんは後部座席に乗ってる。
「そうなのよ。それじゃあ……あそこに入りましょうか」
レイコ義母さんが顔を向けた先にはうどん屋さんしかない。
――レイコ義母さんがうどん?
俺からすれば、ダラしなくしていても上品に見えるレイコ義母さんだからこそ、うどんを食べているイメージが沸かなかったので正直驚いたのだ。
実際、家でうどんを食べている姿も見たことないし、俺? 俺はレイコ義母さんとメグミ義母さんとカナコ義母さんが家族になる前は、一人でよく作って食べていた。手抜きうどんをだけどね。
「ヤマトくん。何その顔……私だってうどんくらい食べるわよ。美味しいし、時間がない時なんかよく食べてるんだから」
「そっか。そうだよね。俺もうどんは好きだし。あ、でも最近は食べてなかったな」
「ふふ、じゃあちょうどいいわね。マキさんとミキちゃんもうどんでいいかしら?」
「「はい」」
中に入るとちょうど隅の方に四人がけ用のテーブル席が空いていたのでそこに座るが、なぜか至る所から視線がちらちらと向けられている気がすると同時に、今はメガネをかけていなかったことを今さら気づいた。
――しまったな……
ヤマトは気づいていないが、スタイリストであるマキがセットをしているため、いつも以上に芸能人らしい雰囲気を漂わせていた。
もちろん同じようにセットされたミキもそう。ただしミキの場合はこの場にヤマトがいるためそれほどでもないが、男性からの視線はミキの方が多い。
俺はその視線から逃れるように顔を窓の外へと向けてみる。
――まいったな。
そこでも数人の通行人と視線が合う。
――ん?
しかし、その通行人たちは女性ばかりで俺と目が合うとすぐに顔を背けられ、ちょっとだけホッとする。
「ヤマトくん、気になる?」
「え? ……まあ、少しは」
レイコ義母さんが何が言いたいのか分かったので素直に頷く。
「うどん屋さんなら若い子が少ないと思ったけど、意外と多かったわね。ミキちゃんもヤマトくんもごめんなさいね」
レイコ義母さんの意図を知り、レイコ義母さんがうどん? という失礼な顔を向けてしまったことを反省しつつ、うどん屋さんじゃなければもっと視線を集めることになっていたのかも知れない。
先の先まで俺たちのことを考えてくれていたレイコ義母さんにはただただ感謝しかない。
「でも大丈夫。俺も今のうちに少しは慣れないと……」
下手に視線を集めるから居心地は悪くなるんだけど、とその後に続くのだが、そんなことを言うとまた母さんたちに心配されそうなので言わないでおく。
「社長、私はヤマトくんほど注目されてないので、気にしないでいいです」
――そうかな。先輩も男性の視線は集めているんだけどな……
そんなことを思い、先輩にジト目を向けて見る。
「っ」
先輩と視線が合った瞬間顔を背けられてしまった。メガネ無しでもある程度は普通で居れるようになった先輩の反応としては少しおかしい。
――もしかして……
俺は先ほどやったアフレコ時のことを思い出す。
――あの時俺は……
そうだ。俺は全く表情が変化しない着ぐるみ兄妹怪人を見ながら、どうしようかと悩んだ結果、少しでも感情が乗せれるように兄妹怪人の動きを、隣でアフレコする先輩に向けて同じように動いてみた。
北条監督や音響の監督なんかは「かなり良くなった」と褒めてくれたが、俺は先輩の両肩に手を置いたりかるく抱きしめたりしたのだ……
――演技だったとはいえ、アフレコの収録だからやらなくてもいいことを俺はやっていた。先輩からすればNGだったのでは……
先輩の顔も赤いし、そのことを不愉快に思っているのではないかと不安が過ぎる。
だが先輩から返ってきた言葉は予想外の言葉だった。
「ヤマトくん。あまりこっちを見ないでくれ。どうしても先ほどの収録時のことを思い出して照れてしまうから……」
先輩は照れていたらしい。
――やばい。
先輩にそう言われると俺まで照れてしまう。
「そ、そうでしたか、なんかすみません」
取り敢えずそう答えて、俺は頼んだ天ぷらうどんがくるまで外を眺めていた。
ただレイコ義母さんとマキさんが「ヤマトくん。耳が真っ赤になってるわよ」「あ、ほんとッスね」と笑っている声が聞こえたけど俺は聞こえないフリをした。
「ふぅ」
天ぷらうどんを美味しくいただき、一息ついたところで、レイコ義母さんから提案があった。
「ヤマトくん。もしこのあと時間が空いているのなら、前に頼んだモデル、お願いできないかしら?」
「モデル? ぜんぜんいいですよ。俺も月曜日に彼女たちとプールに行く予定だったから正直助かるし」
彼氏としての見栄もあるが、こんな時くらい俺が奢ってやりたいと思っていた。色のなかった俺の学生生活を鮮やかにしてくれた、そんな彼女たちだからこそ……
「ミキちゃんはどうかしら?」
「私も撮影の方は大丈夫ですけど……そ、そのヤマトくんは月曜日にプールに行くの?」
「はい。みんなで行く予定です」
「そうなんだ……ぃぃ……」
「ヤマトくん。その月曜日に行くプールはどこなの?」
「えっと、川中島の市民プールですね」
「じゃあ、そこは変更してウォーターランドに行って来なさい。私が人数分のチケットを抑えてあげるから」
「へ? で、でもサキたちが……」
「じゃあヤマトくんは先にLIFEでサキちゃんたちに確認してみて」
レイコ義母さんとサキたちは一度も会ったことないはずなのにちゃん付けだったことに驚くが、ウォーターランドは色々なアトラクションがあるだけにその入場料が高くて普通の学生はまず行かない。理由は色々あるが俺も行ったことがない。
でも今回は彼女たちと行く。彼女たちには楽しんで欲しいという思いの方が強くあった。
だから俺は、レイコ義母さんがなぜそんな提案をしてくれたのかなんてことを考えることなく、すぐにその旨をグループチャットに打ち込んだ。
「ミキちゃんも良かったら一緒に行って来なさい」
「わ、私も、ですか?」
「そうよ。これから収録などで色々と忙しくなるんだから今のうちに遊んで欲しいって言うのが私の本音なのよ」
そこでレイコ義母さんは俺に視線を向けた後に、先輩に向かってウインクしていたのだが、グループチャットで彼女たちとやり取りしている俺は知る由もない。
「でも、私……彼女さんたちと行くヤマトくんの邪魔になるんじゃないかと……」
「ミキちゃん。私は、たまには自分の気持ちに正直になってもいいと思うわよ」
「……はぃ」
――?
先輩がレイコ義母さんに向かって頷いている。何を話していたのか少し気になるが、今はそれよりも、
「っ! え、早っ」
みんなの返事が早くてびっくりしていた。しかもみんなオッケーらしい。かなり喜んでくれているのが分かる。みんな返信の語尾に♡マークがあるし、俺もそんなみんなの反応についつい嬉しくなるが、
――ん? アキラ……ぶっ!
なぜか水着姿のアキラの写真が添付されている。しかもアキラは思っていた以上にむっちりしてて……画像保存。って俺は何を……
ピロン♪
――ん?
ついアキラの水着姿を画像保存をしてしまって、その罪悪感に頭を抱えていると再び俺のスマホが鳴る。
――ぶっ!
今度はサキの水着姿が添付されてきた。しかも悩殺ポーズで谷間が強調されている。これにも俺の指がすぐに反応して画像保存。
――あ、や、やば。俺は何を……
ピロン♪
――ん?
ピロン♪
ピロン♪
ピロン♪
――んんん? ぶふっ!
サキの次はナツミ、アカリ、アキ、ミユキからも水着姿で同じような悩殺ポーズが届いた。画像保存。
――ぬあぁぁぁ、俺ってヤツは……
思春期真っ盛りなのだから、そんな反応があっても別におかしくないことなのだが、そんなことなど知らない俺は、だんだんとスケベになっていく自分に嫌になりそうで罪悪感に苛まれていた。すると、
ピロン♪
――ぐはっ……
止めがきた。皆がビキニ姿で写っている画像写真だ。
しかも五人で入るには少し狭い試着室でサキが右手に持って自撮りしているらしくぎゅうぎゅうで押し上げられた皆の谷間……じゃなくて、ぎゅうぎゅうの試着室が狭くて皆がキツそうに見えた。
でもこれまた楽しそうに見える。画像保存。
――うっ、うう。俺ってヤツは……
俺は返す言葉が思いつかず『ありがとう』と一言だけ返信した。
これに皆からはウサギ、こぶた、パンダ、ネコ、コアラの動物たちがサムズアップしているスタンプが届いた。ほんと彼女たちは楽しそう。
でもこのグループチャットには先輩も入っていて(オーディションの時にやり取りしたから)、次の日に同じような画像が先輩から『こんなのはどうだろうか?』と届きびっくりするがサキたちは大絶賛。俺も画像保存。だがそれは今ではない。
「れ、レイコ義母さん、みんなオッケーだった。すごく楽しみだって」
俺はたぶん嬉しくてはしゃいだ結果なのだろうと思うことにした。
「そうでしょ。これから忙しくなるんだからヤマトくんもミキちゃんも思いっきり楽しんでくるのよ」
「?」
「ヤマトくん。ウォーターランドにはミキちゃんも行くから、変な虫がつかないように気をつけてあげてね」
「へ、あ、はい」
先輩を見て納得する。先輩は客観的に見ても美人だ。
一人で行動していると絶対変なナンパとかありそうに思える。
「えっと先輩には申し訳ないけど、俺たちと一緒に行動してもらってもいいですか?」
「私もいいの?」
「もちろん。せっかくだし、みんなで楽しみましょう」
「ありがとう」
当日、行きはレイコ義母さんが送ってくれ、帰りはマキさんが迎えに来てくれることになった。
でも、それからが結構大変だった。
レイコ義母さんが経費で落とすからと会計を済ませて、うどん屋さんから外に出た瞬間、
「大和くん、だよね。サインもらえますか?」
なぜか俺のサインを求める女性の列ができていた。いや先輩も男性たちからサインを求められている。
――これはいったい。
SNSでグレイドの専属モデルをしているヤマトがうどん屋さんにいるという情報が流れていたのだが、もちろんヤマトはそんなことになっていることなど知らない。
「俺のサインでいいの?」
「はいっ」
元気よく返事をしてくれた若い女性は、色紙がないらしく、自分が使用している化粧品を入れるポーチに書いて欲しいとサインペンを手渡された。
「こんな感じでいいかな?」
「はいっ」
社交辞令だと分かっているが、最後には「私の宝物にします」とまで言ってくれたので、つい嬉しくなって握手をしてから別れたら、その若い女性はふらふらしながらうどん屋さんに入っていった。
――? うどん好き?
他にも、
「大和くん。私、ファン会員111番なんです。応援してます、頑張って下さい」
俺のファン会員だと名乗る女性が数名。しかもその番号が100番を超えていて信じられない気持ちでいっぱいになるが、
――いや、これは見栄えを良くして100番から始まっているのだろう。
そういう考えに至りつけば、俺もしっくりくる。
「ありがとう」
最後には握手をして別れると、この女性たちもふらふらしながらうどん屋さんに入っていった。
――へぇ。
ここのうどん屋さんは俺が思っていた以上に若い女性に人気だったらしい。実際、俺の食べた天ぷらうどんは美味しかった。
「ヤマトくん、こっち」
少し捌けたタイミングでレイコ義母さんのそんな声が聞こえてくる。
――レイコ義母さん……?
声の方を見ればマキさんが運転席に座りエンジンをかけていて、先輩はすでに助手席に乗っていた。
「すぐ行きます」
俺は逃げるように車に乗り込み、俺たちはうどん屋を後にするのだった。
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