第46話
何事も経験だから今日は練習のつもりでって言っていた監督、途中から本番を収録していたなんて、全く気づかなかった。
たぶんだが、初アフレコになる俺たちが緊張しないように気を回した結果なのだろうが、「はい、オッケーよかったよ」と最後に音響の監督から声をかけられた時は俺も先輩も状況が理解できず唖然としてしまったものだ。
今に思えば音響の監督さんと北条監督が何度も話し込み、やたらと途中で止められ熱心に指導をしてくれるとは思っていた。ありがたいことだけど……
俺と先輩は知らぬ間に一話分の収録を終えたことになる。
「声がマイクにのってていい感じだよ」と何度も褒めてくれ、取り直す場合も「いいけど、〇〇と〇〇、そこはもっと滑舌をよくしたほうがいいかな」と優しく指導してくれた。
そのお陰で俺もそうだが、先輩も気負うことなく収録できたと思う。
「北条監督、泉さん。今日はお忙しい中ありがとうございました」
レイコ義母さんが監督に向かって頭を下げるので俺たちも義母さんに続いて頭を下げる。
「こちらそ。柊くん。黒木さんいい作品にしましょうね」
「「はい」」
「君たちのコス……じゃなくて、怪人姿、楽しみにしてるよ」
泉さんは相変わらず俺と顔を合わせてくれないが、最後は握手して別れた。
レイコ義母さん、マキさん、先輩、俺の順に握手をしていく。
もちろん俺と先輩は、これからお世話になる立場なので両手を添えて握手した。
泉さんが壊れたロボットのような動きになっていたのは気のせいだと思うが……
予定より長く滞在してしまったが、俺たちは監督と泉さんに挨拶して失礼する。
スケジュールなんかも俺と先輩がアフレコをしている間にマキさんが確認してくれていたので大丈夫。マネジャーの経験なんてないはずなのに、板についてきているあたりさすがはマキさん、安心して任せられる。
ちなみに俺たちは2クールから出演することになるらしいが、少し収録が遅れているらしいから、収録できる分は先に収録しておこうということで俺たちは本番とは知らぬ間にアフレコ収録を終えていたんだよな。
「では皆さん、帰りはこちらになります」
「はい」
帰りも、同じスタッフさんに案内された。
――おっ。
今度は舞台が校内っぽいところで制服に青いリストバンドをつけた男子生徒と、制服に黄色いリストバンドをつけた女子生徒が話し込んでいるシーンを収録していた。
――青と黄色か。子どもたちにも見て分かるように、リストバンドの色を変え何レンジャーか分かるようにしているのかな……?
気づかなかったが、よくれば収録スタッフの数が多いような気がする。
「スタッフさんの数が多いですね」
「ああ、あれはですね。制作スタッフとは別に、子供向けの雑誌(テレぴんくん)などの撮影スタッフの皆さん。あの方たちも、同時進行で写真を撮っているんですよ……
見てると分かるのですが、収録の邪魔にならないよう、シーンが変わるほんの僅かな準備時間に役者さんを集めて写真を撮っているんですよ」
「……大変そうですね」
立ち止まりジーッと眺めるわけにもいかないので、俺たちは歩きながら話しているのだが、突然俺たちの前に遮る存在が現れる。
「君たちがブラックアース役の柊くんと、ホワイトアース役の黒木さんだね」
よく見れば制服姿で赤いリストバンドをした人物だ。赤色だからおそらくこの人物がレッドアース役の人だろう。
――へぇ。
見た目は俺が通う学園でも見たことのないような爽やかなイケメン。
茶髪の髪はスパイラルカールのナチュラルセンターパートだ。前髪を上げパーマを揉み込んだような髪型。
背は俺と同じくらいだが、線が少し細く見える。
「はい。そうです」
「……はい」
「やはりそうでしたか。僕は
爽やかな笑顔でそう言ってから右手を差し出してくる赤井さん。白い歯がきらんと光っている。
「えっと……」
ちらりと先輩を見れば無表情。僅かに左手が震えていることから、おそらく先輩は、慣れない男性を前にして緊張しているのだと思う。なので右手を差し出しつつ俺が先に口を開くことにした。
「柊大和です。歳は16になります。まだ右も左も分かりませんが、こちらこそよろしくお願いします」
「へぇ、柊木くん。いやヤマトでいいかな。僕の方が歳上だし。あ、僕のこともヒイロって呼んでくれよ」
「はい。ヒイロさん」
そう言ってから握手する。
――?
「ん、ヤマトどうした?」
「いえ」
少しヒイロさんの握手が強く感じた気がしたが、気のせいだろう。
「じゃあ……」
それからヒイロさんは先輩の方に視線を向けてにっこりと微笑む。そんな笑顔を向けられれば大概の女性は勘違いしてしまいそうになるのだが先輩は、
「私は黒木美紀です。歳は18。よろしくお願いします」
淡々とした口調でそう言い顔色一つ変えずに右手を差し出す。
それは無理もない話だった。ヒイロはトップクラスに顔がいいが、それでもヤマトには劣っていた。ヤマトと長く接し、その破壊力に抗っているミキからすればヒイロの笑顔など大したことではなかったのだ。
ミキはただただ緊張していただけだった。
「そ、そうだね。ミキさんよろしく」
そのまま握手したヒイロさんの頬が僅かにひくひくしていたような気がしたが、ヒイロさんはすぐにレイコ義母さんとマキさんにまで頭を下げていたので、俺の見間違いかもしれない。
「じゃあ僕はまだ撮影が残っているから……ヤマトにミキさん。君たちとの撮影を楽しみにしとくよ」
「「はい」」
それからヒイロさんは撮影に戻っていった。レッド役はミラクル戦隊シリーズいずれの作品でも一番出番が多い役なのだ。
それなのに、見かけたからと、わざわざ俺たちに挨拶にくるあたりかなり出来た人で礼儀も正しい。
イケメンで性格も良さそって、これではまるでブサメン転生の主人公みたいだ。だから俺は、できれば友人になれたらいいのにと思わずにはいられなかった。
「では行きましょうか」
それからスタッフの方に案内されて俺たちは帰路についた。
――――
――
「くそっ! なんなんだよあいつら」
一方、一度控え室(ヒイロ専用の控え室)に戻ったヒイロは先ほどの爽やかな顔から一転、鬼のような形相をしていた。
「アヤカ(ピンクアース)が超イケメンがきたって騒いでいたから様子を見に行けば、少しだけ顔のいいバカそうな男じゃねぇか。俺の方が断然いい。女だって大したことねぇしな」
ヒイロはペットボトルの水を口に含む。
「だが、あの女、気に入らねぇ。俺を見下しやがって。ヤマトのバカがいるから俺はいらねぇみたいなあの顔(無表情なだけでそんなこと考えてもいない)……小馬鹿にしたような顔をしやがって。くくく、落としてやる。あの女、ぜってぇ落としてやる」
「ヒイロく〜ん。待たせてごめんね。言われたとおり飲むスポゼリー買ってきたよ」
ノックのあとに控え室のドアがガチャリと開く。入ってきたのはヒイロの彼女の一人だった。同級生と思われる彼女はヒイロの彼女だけあって顔立ちはかなり整っている。
「でも吃驚したよ……」
撮影だと聞いていたのに突然自分だけにヒイロからLIFEが届いて彼女は喜び飛んできたのだ。
その首にはゲストという名札が首から下がっていた。呼び出しもこれで三度目となる彼女には慣れたものだった。
「そこに置いてお前は帰れ」
ただ呼び出した張本人のヒイロはご機嫌斜め。にこにこ笑顔の彼女に顔を向けることなくそう言った。
「えー、せめてヒイロくんの休憩時間だけでも一緒に居たいよ」
「ああん。俺はいつでも別れてもいいんだぞ」
何もせずとも女性が寄ってくるヒイロは、女性を都合のいいアクセサリーや駒としか思っていない。
さらに質の悪いことにヒイロは釣った魚には餌をやらないタイプでもあった。
「ご、ごめん。もうわがまま言わないから許して、ね。お願い」
それでも惚れた弱みにつけこまれているとは気づかない彼女はヒイロに媚びを売る。
「……」
「ま、また来るね。じゃあね……」
それでもダメな時は逃げるべきだと思っている彼女はさっさとヒイロの控え室を出ていった。
その顔はかなり寂しそうなのだが、自分のことしか頭にないヒイロはそのことに気づくことはなかった。
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