第43話

 あのあと俺たちはすぐに家に帰り着いたんだけど、


「アキラ、そろそろ手を離してくれないか?」


「ええ、お願いもうちょっとだけ。ヤマトちゃ……ヤマトの彼女になれたけど、ヤマトは今しか独占できないから」


「独占って」


 ――たしかに……気づけば彼女が6人って、俺は大丈夫なのか、ただでさえ他人から距離をとってきていたのに、俺はちゃんと彼女たちと向き合っていけるのか……


 そんなことを考え出すと急に不安が押し寄せてくる。


 なぜ俺がこうも簡単に彼女を増す結果になっているのかというと、彼氏彼女の概念が、相手のことが知りたければ付き合ってみよう、というのが常識となっているのが今の時代。


 俺も人との交流を避けていたくせに、この常識に染まっていたからだと思う。

 もちろんそれらはアニメやマンガ、それにラノベ小説による影響が最も大きい。あと父さんや母さんたち。俺は父さんと母さんたちが仲良くする今の家族が大好きで、どこかで憧れてもいたのだ。俺もいずれそんな家庭を作りたいと。だからサキたちが彼女になってくれたときは、戸惑いもあったけどすごくうれしかったのだ。


 父さんの話で、このような時代になる少し前は、少子高齢化により労働者は減少し、それによって過労死や心の病などを患う労働者が増加し社会問題にまで発展していた。


 企業は労働力を確保しなくてはならないが、働き手は不足している。そのためには労働環境の改善も必要。


 そこで国は働き方の見直しをした。それが、テレワークや、リモートワークの推進。


 これは過労やストレス社会と戦う企業戦士にはかなり有効な手段となった。


 例をあげれば、満員電車での長時間の通勤などから解放されたり、職場での人間関係のストレスの低減など、他にもさまざまなことで成果が上がった。


 ただ、それによって直接的な人との交流が激減し人間関係がより希薄になる結果となった。


 それが後に独身貴族を増やし、少子化高齢化を加速させる一因にもなってしまった。


 その時になって国は過ちに気づいた、働き方改革を図る一方で、なぜもっと国を挙げて男女間の仲を取り持つような交流の場を積極的に設けなかったのかと……


 その結果が今日のイベントに繋がってきている。つまり、その人の性格にもよるが、付き合う人はこの人以外考えられないという人は少なくなっているということだ。


 ――でも、サキは本田にハッキリと言ってくれた。あの時は、うれしいかった……


 そんなことがあったから俺は少し調子に乗っていたのではないかと考える。

 たしかに教本ブサメン転生では10人のヒロインブサネコを妻に迎えハッピーエンドとなった。


 俺もこの教本にだいぶ影響されてたのだ。俺はもっと彼女たち大切にして一人一人と向きあうべきなのだと。


 ――やはり、彼女が6人というのは……俺には……


「あーあー、待って待って。その顔、ヤマト絶対変なこと考えてる。今のは無しで……ぼ、ボクはヤマトをずっと独占したいと思っているわけじゃなくて、ほら、ボクだって習い事なんかの、やらないといけないことが沢山あるからヤマトに会えない事だってある。そんな時に彼女さんたちがヤマトの側にいてくれると嬉しいから、だから、今の彼女さんたちとも仲良くやる自信だってあるんだ。もっと気楽に考えて、ね」


 ――え!


 そんなことを言ったアキラが慌てて手を離して、首や手を振って俺の考えを全力で否定してくる。


 彼女は俺の事をよく見ているのか、俺は彼女の的を射た言葉に思わず驚いてしまったが、それでも一度俺から離れたはずなのに、俺の袖の辺りを遠慮気味にちょこんと摘んでくる、そんなアキラを少し可愛く思えた。


「なんか、気を使わせたみたいでごめんな」


「ううん。ボクの方こそ変なこと……!」


 今度は俺の方から手を繋いであげるとアキラが、大きく目を開いて驚いてみせるが、その驚いた顔はすぐに嬉しそうな笑みへと変わった。


「えへへ」


 そうなのだ。アキラだけじゃない、彼女たちサキたちにも初めからこうするべきだったのだ。


 嬉しいそうにするアキラを見て、サキたちにももう少し早く俺の方からも好きだという気持ち、大切に思っている気持ちを、行動で示すべきだったのだと気付かされた。


 アキラは俺の家にいる入るとすぐにメガネを外した。その顔は昔の面影が少し残っていて懐かしく思えた。

 目立ちたくないからメガネをかけていると言うだけあってアキラの素顔はかなりの美少女だった。


 サキやアカリやミユキが可愛らしい系の美少女ならば、アキラはナツミやアキや先輩など美人系の美少女といえる。


 あまり考えていなかったが、俺の彼女たちは自慢したくなるほど皆容姿が整っていたのだ。


 まあ藤堂学園は男子生徒はそうでもないが、女子生徒に限っては全体的に顔面偏差値が高めだと思う。化粧で誤魔化されているのかもしれないけど……


 ちなみにサキたちは日焼け止めに軽くファンデーション塗っている程度。

 なんでもバチッリ派手な化粧はもう卒業したとかなんとか、ごにょごにょ言っていた。ごにょごにょ言うということは聞いて欲しくないのだろうと思い俺はスルーしたんだけど。


 ――あれ?


 親戚の子どもだからだろうが、アキラはとてもレイコ義母さんによく似ていた。レイコ義母さんは若く見えるから尚更そう見える。

 知らなければ姉妹と言われても疑うことなく普通に信じてしまうくらいに。


「おかえり。話はレイコから聞いているわよ……あら? もしかしてアキラちゃん?」


「はい。カナコちゃん。お久しぶりです」


 俺たちの帰りを待っていたらしいカナコ義母さんが玄関で出迎えてくれた。アキラはカナコ義母さんを見てからぺこりと頭を下げる。


「アキラちゃんとヤマトくんは……手を繋いでいるけど、もしかして付き合ってるの?」


「はい。今日からボクもヤマトの彼女になりました」


 手を繋ぎ、ヤマトとの関係を肯定して頷くアキラを見て、カナコ義母さんが驚き両手で口元を隠す。


「まあまあまあ……そうなの。これはレイコも喜ぶわね」


「ん?」


「ううん、こっちの話……それよりもヤマトくん。レイコが首を長くして待っているようだからすぐに向かいましょうか?」


「カナコ義母さん。すみません」


「ううん。いいのよ。私も夕飯の買い物に行く予定だったから……アキラちゃんはどうする? なんなら家まで送るわよ」


「えっと、そうですね。とりあえずレイコちゃんに挨拶してから考えます」


「分かったわ。ヤマトくんはすぐに準備して来て、私は車を回しとくわ」


「カナコ義母さん、ありがとうございます」


 それから俺は急いで私服に着替えてメガネを外すと、カナコ義母さんの車でリアライズ芸能事務所に向かった。


 ――――

 ――


「レイコちゃん。お久しぶり。会いたかったよ」


「え? アキラ」


 俺の目の前でアキラがレイコ義母さんに抱きついている。

 ま、当然ながらレイコ義母さんは突然のことに驚き目をパチパチさせているが、やはり二人はよく似てた。


「ふふふ。それじゃあ、私はこのまま買い物して帰るから」


 カナコ義母さんがレイコ義母さんに向かって小さく手を振りパチンとウインクする。そのウインクにどんな意味があるのか知らないが、それにレイコ義母さんが目を細めてから笑みを浮かべて応えている。それにどんな意味があるのか分からないが、なんだか楽しそう。


「ふふ、カナコ、無理言って悪かったわね。ありがとう」


「カナコ義母さんありがとう」


「いいのよ。アキラちゃんも、今度はゆっくり遊びにおいでよ」


「はい」


 いつの間に準備していたのだろう。カナコ義母さんはスタッフの皆さんに菓子折を置いて帰っていった。


「ヤマトくんは奥に行ってて、ミキちゃんももうすぐ来ると思うから」


「先輩も?」


「そうよ」


 ――なるほど……


 ここまできてやっと理解する。いや俺が無理に考えないようにしていたのだ。アースレンジャーの怪人役のオーディションと、その結果が一週間以内にあるということを。


 今日はその期限。レイコ義母さんの感じからして、その結果が届いたのだろう。


「分かりました」


 レイコ義母さんとアキラが楽しく話出す側を通り、俺は一人奥の部屋に向かった。


「はい。ヤマトくん。お、お茶でも飲んでて」


 部屋に入って椅子にかけた瞬間、女性スタッフの方が冷たいお茶を置いてくれる。顔がちょっと赤くカタカタと少し震えているのは緊張しているのだろうか? 俺自身が今からあると予想されるオーディションの結果に緊張しているけど、女性スタッフのそんな姿、俺以上に緊張している姿をみて、なんだか力が抜けてきた。


「ふふ、お陰で緊張が少しほぐれました。ありがとうございます」


「! ……い、いえ」


 頭を下げてからスタッフが出してくれた冷茶をいただく。彼女は鼻を押さえてから早速と部屋から出て行ってしまったが、


 ――冷たくて美味しい……


 思って以上に喉が渇いていたらしく冷たいお茶がすごく美味しく感じる。俺は一気に飲みきってしまった。


 それからしばらくすると、レイコ義母さんとマキさん、それに先輩が一緒に部屋に入ってきたが先輩はまだ制服姿だった。家に帰り着く前にマキさんと合流したのだろう。


「ヤマトくん待たせたわね」


 レイコ義母さんとマキさんが目の前に座り、


「ヤマトくん、遅くなってごめんね」


 先輩は俺の隣に座った。


「いえ。俺も少し前に来たばかりですから。気にしないでください」


「えっと突然呼び出してしまってごめんなさいね。でも、どうして呼ばれたのかだいたい分かっているわよね?」


 俺も先輩も頷き肯定する。


「そうよね。ふふ、おめでとう、二人とも合格の通知が届いていたわよ」


「「え」うそ……」


 レイコ義母さんの言葉が信じられなくて俺は驚くが、それは先輩も同じだったらしく、先輩は口元を押さえ、大きく見開いた瞳からは涙を流している。


「ミキ、よかったね。本当によかった」


 マキさんも先輩の涙にもらい泣き。ハンカチを目に当てて涙を拭いている。


「ふふふ、でも、この内容を見るともっと驚くわよ」


 そう言って見せてくれた一枚の紙には、その怪人の正体が明らかになっていた。


 愛することを知る兄妹怪人はたった二人で悪の秘密結社に戦いを挑み敗れるも、その時アースレンジャーに救われて六番目と七番目のレンジャー、ブラックアースとホワイトアースになり、共に戦うヒーローとヒロインになるのだと。


 普段は擬人化した姿(特殊メイク姿)で立ち回り怒ると怪人(着ぐるみの姿)となる。


 擬人化した姿から変身するとブラックアース(アースレンジャー)の姿、又はホワイトアースの姿になるとあった。


「え、俺がブラックアース……」

「わ、私がホワイトアース!」


「そう見たい。よかったわね。あ、でもすぐに撮影に入るみたいだから、明日にでも挨拶に向かいましょう……? ふふ、しばらくかかるかしら」


 不安が大きかった分、俺と先輩が現実を受け入れるまでしばらく時間がかかってしまったが、気づけば俺と先輩はお互いに抱きしめ合い嬉しさを分かち合っていた。


 ――よかった。本当によかった……


「……はぅぅぅ」


 ――? あ!


「先輩っ」


 しばらくして我に返った俺だが、真っ赤な顔で目をぐるぐるまわしていた先輩に、何度も謝るハメになった。

 先輩は笑って許してくれたけど。どこかよそよそしくもあった。先輩ごめんなさい。

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