第42話

 個々惚れ大作戦のイベントは無事に終わり生徒は下校となる。


 見事カップルとなった男女は初々しくもその手を繋ぎ仲良く下校しているが、そうでなかった者はどんよりと肩を落とし足を引きずるように下校している。


 それもそのはずだ。夏のイベントは海にプール、花火や祭りなど意外と多い。さぞ楽しみにしていたに違いない。かくいう俺も彼女たちと初めて過ごす夏を楽しみにしているのだから。


「ボクが出遅れたばっかりに……うっ、うう……」


 俺はというと、いつもと変わることなく下校していて、今はアキとミユキと腕を組んで歩いている。

 ただミユキはともかくアキはまだ慣れていないらしくその顔が少し赤くなっていて可愛いらしい。


 それでもアキは「気にしないで」と顔を少し背けるだけで、組んだ腕を離すことはなかった。


 ただ少しだけいつもと違うとすれば、


「アキラは迎えが来るんじゃないのか?」


 お迎えの車が来ると言っていたアキラもなぜが俺たちに着いてきていること。


「そこは連絡入れたから大丈夫。ボクはこのままヤマトちゃ……ヤマトについてく。久しぶりにレイコちゃんにも会いたいし」


 アキラは昔から義母さんだろうと誰であろうとちゃん付けで呼んでいた。もちろん俺も。でもしばらくゲームにログインしていない間に俺だけ呼び捨てに。ログインサボっていたから友人ランクを落とされたのだろうな。


 細かいヤツだと思われたくないので聞きはしないけど。


「そうなんだ。でもここ最近レイコ義母さんは忙しそうだから、たぶん帰りは遅いよ」


 半分は俺のせいでもある。なんでも販促用に店頭向けに作ったメンズ部門のポスター。俺が載っているヤツなんだけど、欲しいという依頼が多くて印刷会社に追加発注したそうだ。


 それで商品を購入した人限定で希望者のみにレディースポスターとメンズポスター(俺が載っているやつ)をプレゼントする企画を行ったそうなんだけど、それがまさかの、さらに売り上げを伸ばす結果となった。

 レイコ義母さんは嬉しい悲鳴を上げつつ再度ポスターの追加発注を行ったりしているのだとか。


 ただこの流れを一時的なものとして終わらせたくないレイコ義母さんは、次の手を打ちたいらしく、俺も次の撮影を依頼されている。


 ちょうど俺も、夏休みにみんなでプールに行くことになっているから、彼氏の立場からも彼女たちには奢ってやりたいという強い思いもあり、そうすると今ある俺の全財産が吹っ飛んでいく。だからこの話は正直ありがたかった。


 ただレイコ義母さんの多忙の原因はそれではなく、新しく設立したリアライズ芸能での仕事、主に社員登用面接などがレイコ義母さんの忙しさの原因になっているのだ。


「え、そうなの。でもいいや、ボク、ヤマトんちに行くよ……だってボクもヤマトと腕組みして歩きたいし、彼女さんを送った後ならボクも腕組みできそうだし」


「俺と腕組み? そんなことは俺じゃなくて彼氏とやった方がいいんじゃないのか」


 俺がそう言うと彼女たちが揃って苦笑い。


「いやぁ、ヤマトっちさすがに、それはないと思うけど」

「うん。ヤマトって偶に鈍いときがあるよね」

「ヤマトだめだめだし」

「……ヤマトくん、そこはもう少し西園寺さんに配慮するところと思うわ」

「……ヤマトくん。今のはマイナス。でも腕組みしてくれてるからすぐにマックス」


 ミユキが最後に訳の分からないことを言っていたけど、彼女たちにまでこんな事を言われてしまう俺の心境は穏やかではない。


 ――え、どういうこと……


 どうも彼女たちの心はアキラ寄りに思えるけど、理由は分からない。けど彼女たちはどこかで共感できる部分があったのだろうと思う。けどそれが何なのか俺には分からない。


 ――どうしよう……


 俺が彼女たちにどう返したらいいのか思い悩んでいると、


「ヤマトの彼女さんたちは優しいね。なのに当人のヤマトは付き合いの長いボクに彼女さんができたからって急に冷たくなって……うっうう、ボクは悲しい……」


 わざとらしく泣き真似をするアキラ。そんなアキラは、俺の反応が気になるのか、様子を窺うようにちらちらもこちらを見てくる。


 ――まったく。


「俺はそんなつもりじゃなくて……ほら、腕組みをすると距離も近くなるから俺は本当に彼氏とやった方がいいと思っただけで……他意はなかったよ」


「そうなの? じゃあこうしようよ。ヤマトがボクの彼氏になるの、今さらボク一人増えても問題ないでしょ」


 そう言って満面の笑みを向けてくるアキラ。

 でも俺は正直困った。だって俺はただのゲーム仲間でレイコ義母さんの親戚の子どもだと認識していたのだから……


「でもなぁ……」


 俺が思い悩んでいる間にもアキラは、


「サキちゃん、アカリちゃん、ナツミちゃん、アキちゃん、ミユキちゃん。お願いボクも仲間に入れてください」


 俺の彼女たちに向かって頭を下げている。


「えっと、あのねアキラっち。そこはあたしたちよりもヤマトっちが決めることだし、でもヤマトっちがそうすると決めたのならあたしは歓迎するよ。あたしは、どうせなら仲良くやりたい派だから」


「私も」


「うちも」


「私もそうね」


「うん」


「ヤマトの選んだ彼女さんはみんな心が広い。あとはヤマトだけだよ……」


 アキラの俺の反応を窺うような視線が少し居心地が悪い。

 それに外堀をうまく埋められてしまった感がすごくあり、ここで断ると俺だけがなんだか悪者のような気さえしてくる。


 ――もう、なるようになれ、か……


 ここで悩んでもしょうがない。どうせ、アキラも俺のことは気楽に付き合える異性という認識でしかないはずだ。それほど深く考える必要もない。

 結局そう結論付けて俺たちは付き合うことになった。


「やった。みんなよろしくね。仲良くしようね」


 サキたちは言葉通り、イヤな顔一つ見せずアキラと仲良くしていて、早速連絡先を交換していた。もちろん俺とも。


「じゃあ土日のプールは混むから月曜日にみんなで行こうよ」


 今のは彼女たちをアパートまで送り届け別れ際の会話だった。忘れないうちにと、サキがそう提案してきたのだ。


 もちろん俺に断る理由はないのですぐに肯定する。


「俺は大丈夫だよ」


「じゃあ決まりだね。待ち合わせは三角駅にしよう、そこからなら川中島のプールにも近いし」


 ただ何も知らないアキラだけが一人参加できずにいた。


「あ、あのボクもプールに行ってもいいかな?」


 アキラは少し控え気味に小さく手を挙げる。そんなアキラを見て彼女たちがしまったというような表情を見せる。


「アキラっちごめん。アキラっちがなんだかすぐに溶け込んでいたから普通に行くものと思ってた」


「ごめん私も」


「うちも」


「アキラさんは水着ある?」


「ないなら付き合う。サキさんお勧めのとっておきを教える」


「えっと。ボク、水着は学校のスクール水着しか持ってなくて、良かったら買い物に付き合ってもらえるとうれしい」


 サキたちの声にアキラは恥ずかしそうにそう答えると、


「じゃあ明日はアキラっちの水着を買いに行こう」


「いいねぇ」


 あっと言う間に彼女たちの明日の予定が決まっていた。もちろん俺抜きでの話。


 ――――

 ――


 彼女たちのアパートから離れ二人っきりになるとアキラは本当に腕組みを要求してきた。


「本当にするのか?」


「もちろん」


 地味で分厚いメガネをかけた二人が腕組みして歩いていても誰得でもないが、俺はアキラが腕組みをし易いように左腕を出すと(彼女たちにもこうしてやると喜ばれる)、彼女は嬉しそうに右腕を絡めてくる。


 むにゅ。


 ――!?


 彼女は夏なのにダボっとした制服の上着を羽織っていた。だから気づかなかった。アキラの胸がアカリ並みに大きいということに。いや体育館で抱きつかれた時にも「おやっ?」と思うところはあったが気のせいだと思っていたのだ。


「ちょっ……アキラ」


「何?」


 腕組みができて嬉しそうなアキラは、嬉しそうな表情のまま見上げてくる。


 ――うっ。


 そんな無垢な顔を向けられると、とても言えなかった。アキラの大きな胸が当たっているから腕を組むのはやめようということを。


「いや、なんでもない」


「そう? 変なヤマト」


 それからアキラは鼻歌を歌いながら俺の隣を歩く。二人しかいないから意識が余計に彼女の胸の方に向いてしまって正直かなりやばい。そんな時だ、


「ヤマトは、今モデルをしてるんだよね」


 アキラが唐突に、俺がリアライズ芸能に所属していてグレイドの専属モデルをしていることをレイコ義母さんから聞いたと話す。


「こんなの見たらさ、ボクだって焦っちゃうよ」


 そう言ったアキラが自分のスマホを俺に向けてくる。そこにはファションモデルをしている俺の写真(たぶんレイコ義母さんにもらったと思われるもの)やリアライズ芸能事務所でのタレント紹介欄をスクリーンショットした画像が映し出される。


「どうして?」


「え……だって ボクはヤマトのLIFEの連絡先も知らないし、唯一の繋がりだったゲームにもログインしてくれない。あ、ヤマト少し屈んでくれる」


「? こう」


「うん」


 そう言うとアキラは突然俺のメガネを掴むとスッと抜き取るように外す。


「!?」


 でもすぐに顔を真っ赤に染め上げたアキラは、あたふたしながらも俺のメガネを元に戻す。


「アキラ?」


「き、気にしないで。やっぱり……来て正解だったよ。レイコちゃんには聞いていたけど彼女さんは実際に五人もいて……それだけヤマトが魅力的になっているってことで焦っちゃったけど……今確認したらヤマトは写真以上の魅力で心臓バクバク……ああ、落ち着けボク。

 ま、まあ要するに運良くヤマトに逢えて彼女にもなれたボクはラッキーだったって話だよ」


 無理やり話を終わらせた感のあるアキラは、真っ赤に染めたその顔を俺から背ける。

 それから彼女は空いた左手をパタパタさせて自分の顔に風を送っている。


「そっか」


 彼女が俺をちゃんと異性として意識していたことに正直驚いたが、ここまで思われていると悪い気がしないから俺という人間はわりと単純なのだろう。


 そんな時だった。


 ピロン♪


 不意に俺のLIFEにメッセージが届く。


 ――誰からだろう。


 そう思って右手でスマホを取り出してLIFEアプリを起動する。


「ん? レイコ義母さんからだ」


「レイコちゃん?」


「うん」


 そのLIFEメッセージには伝えたいことがあるから、至急リアライズ芸能事務所に来るよう書いてあった。

 移動手段はメグミ義母さんかカナコ義母さんに話をつけているから早く帰宅するようにとも。


「これは、急いだ方が良さそうだね」


 俺のスマホを覗き込んでいたアキラがそう言う。


「そうみたい」


 アキラが腕組みから恋人繋ぎに切り替える。腕組みはやめるけど、繋いだ手は離したくないらしい。


「まったく」


「いいじゃない。ボク、これでも楽しみにしてたんだから」


 無邪気に笑うアキラと手を繋いだまま俺とアキラは少し駆け足で家路についた。

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