第41話

 そう、それは個々惚れイベントの顔合わせが終わりフリータイムとなるその時に起こった。


「おい、お前っ! そろそろサキたちを解放してあげてもいいんじゃないのか」


「?」


 俺は意味が分からなかった。彼女たちに振り回されながらも楽しく体育館内の屋台を一通り見て回り、少し休憩しようと元のテーブル席に戻ってきてみればこれだ。


 ――こいつ、誰?


 目の前の男子生徒は腕を組み座っている俺を睨むように見下してくる。


 顔立ちは整っていてイケメンに見えるが、人の話を聞かないくせに自分の意見は絶対だ、といったオレ様気質をプンプン臭わせている……


 しかもそいつの後ろにも三人。そいつの意見に賛同するかのようにうんうんと何度も頷いている。


 こいつらに関わってもロクなことにならないだろうと今までの経験からもそう思う。


 ――ほんと誰だ、こいつら。


 A組と合同体育で交流のあるB組の男子生徒の顔ならばなんとなく分かる。だがこいつらはまったく見覚えがない顔、ひょっとしてC組かD組のやつなのだろうか。


 そんな俺が思考の海を漂っている間にも、


「俺には分かっているんだぞ。お前がサキたちの弱味を握り影で脅しては無理やり従わせているということを……この人間のクズめっ」


「そうだそうだ」

「このクズ野郎」

「早く解放しろ」


 そんなことを好き勝手に言っている。サキたちも突然のことに驚き唖然としているが、このまま黙っているのも良くないと思った俺は、


「何を根拠にそんなことを言っているのかは知らないが、俺たちは真面目に付き合っているんだが」


 彼女たちとは彼氏彼女として真面目に交際していることをすぐに伝えてやった。


「ふん。それはお前が一方的にそう思っているだけだろう。

 サキ、俺たちがいる今なら安全だ。正直な気持ちをクズに伝えてやれ。さあ早く」


 顔に自信があるらしいその生徒は余裕たっぷりに髪を掻き上げ格好つけてみせた後に、サキに向かって王子様気取りで右手を差し伸べる。


 しかも、その顔は決まったとでもいいたそうなドヤ顔だ。正直かなりムカつく。


「はあ? あんた誰、つーかヤマトっちはあたしの彼氏だし、あんたこそどっかにいったら」


 サキがその勘違い生徒の手をパシッと払いのけると、ゴミ虫でも見るかのような目でその男を睨みつける。俺がそんな少し乱暴な口調で話すサキを見たのは初めてだった。

 俺が見て分かるほど怒りを露わにするサキは珍しい。でも俺もムカついていたので、サキがそう言ってくれて嬉しく思う。

 だがしかし、


「ああ、やはりサキは優しいんだな。そうやって悪態をつくのも俺のためだろ。俺の身を案じてクズから俺を遠ざけようとしてくれるなんて。ああ、なんて健気で優しいサキ……」


 まるで自分に酔って芝居でもしているかの様に振る舞うその生徒にはまったく話が通じていないようで、


「そんな心優しいサキを逆手にとって卑劣な手で彼女を従わせるクズよ。さっさと彼女を解放しろと言っている!」


 証拠もないのに俺に向かって指を指しそう言い切るムカつく生徒。まるで俺を悪者に仕立て上げようとしているかのように周りに聞こえるくらいの大きな声でそう叫ぶ。


「ほんとあなたさっきから何様っ! 根も葉もないことを言ってヤマトを悪者にするなし」


「うちたちはヤマトと付き合ってるんだし、お前こそ邪魔すんなし」


 ただアカリやナツミも相手の意見を黙って聞き入れるほどお淑やかではなかった。

 腹を立てたアカリとナツミが勢いよく立ち上がった。目を細めて睨む彼女たちは今にも掴みかかりそうに見える。


 ――やばっ……


 一瞬だけ生徒たちがビクついた気がしたが、今はそれよりも、


「アカリッ、ナツミッ」


 そんな二人を見て、俺も慌てて立ち上がり彼女たちの肩に手を置いて落ち着くよう促す。


「でもっ」

「こいつら絶対わざとだし、ヤマトをっ」


「大丈夫、大丈夫だから」


 そう促しつつ俺はナツミは自分でも喧嘩っ早いところがあると言っていたことを思い出す。

 しかもそれがアカリにも当てはまるとは思っていなかったが……


 ――?


「ふふ、ふふふ……ヤマトくんを悪者になんてさせないわ」

「小賢しい」


 気づけばアキやミユキの様子も変だ。ぶつぶつ何やら呟いていて凄い速さでスマホを弄り始めた。


 だがこれは彼女たち自身に向けられた言葉ではなく、俺に向けられた言葉なのだ。それなのに自分のことのように腹を立てくれている。ヤツらはムカつくが俺の心はなんだか温かった。


 ――落ち着け俺……


 少し冷静になって周りを見れば、何事だろうと異変に気付いた生徒たちが少しずつ周りに集まってきている。


 ――これ以上彼女たちの評判を下げるような姿を晒させるわけにはいかない。


 そう思った俺は、にたにたと余裕たっぷりでいる彼の前に立つ。


「あなたは勝手な言いがかりをつけて俺を一方的に悪者にしたいようだが……

 それはお前がサキやアカリ、それにナツミを狙っているからだろう。バレバレだ。見ている俺の方が恥ずかしくなる」


「なっ」


 何か言いたそうな彼だが、立ち上がれば俺の方が背が高い。一歩踏み出せばそれだけでも威圧できるはずだ。現に彼は言葉に詰まっている。


「俺よりそんなお前の方こそクズだろ。つーかお前誰。俺、お前のこと知らないんだけど」


 半分は賭けだ。その後は相手の出方をみてから考えるつもりだった。


「っ!?」


 あれほど余裕たっぷりで笑みを浮かべていた男子生徒が顔をみるみふ真っ赤にしていく。


「その顔は……図星だな」


 ジロリと視線をその後ろに向けてみれば彼の後ろにいた生徒も俺から視線を晒す。


 彼女たちは美人でよく目立つ。だから予想もつきやすい。十中八九、側にいる俺が気に入らずに言いがかりをつけてきたのだろう。


「うるさい、うるさい。お前は黙れ。サキやアカリやナツミ、それにそこにいる美少女の二人は、地味男のお前が一緒にいていい女ではない。俺みたいなイケてる男こそ相応しいんだよ。おい」


 逆ギレとも言えるような口調でまくし立てたその生徒は、後ろにいる生徒に合図すると、


「早く来い」


「きゃっ」


 俺がかけているような分厚いメガネをかけたおさげの女子生徒がドンと背中を押されて転びそうになりながら俺の目の前に出てくる。


 ――? 


「お前みたいな地味男には、そこの地味女がお似合いなんだよ。お前も転入してきて三日目で彼氏ができるんだ有り難く思え」


 だからサキたちとは別れろと言うその男子生徒の頭の中はどうなっているのだろうと思うも、俺は転びそうになっている女子生徒に思わず手を伸ばす。


「大丈夫?」


 その女子生徒は藤堂学園とは姉妹校になる聖女子学園の制服を着ていた。

 彼の言葉からも転入三日目でまだこの学園の制服が間に合わず前の学園の制服を着ているということなのだろう。


「いえ……大じょ……ぁ」


 不意にその女子生徒と目が合う。なんとなくある人物と重なって見えてしまったが、その人物はメガネもかけていなかったし、一度しか会っていない俺の勘違いだとも思える。


 しかも進学した先は聖女子学園だと彼女から聞いている。


 ――この子も聖女子学園の制服……いやまさかね。


「……やっと見つけた」


 俺が重なったその子のことを思い浮かべている間にそんな声が聞こえてきたかと思えば、その女子生徒は俺の差し出した右手を掴まず、勢よく俺の胸に飛び込んできた。


「お、おい、ちょっ、何を」


 勢いがよかったため咄嗟に受け止めてしまったが、そんな女子生徒は俺から離れようとするどころか、さらにぎゅぎゅっと抱きしめてくる始末。


「うれしい……うれしいよ」


「え、え……なんで」


 突然のことだけにこの状況が理解できないでいる俺だが、


「は? え、いや……地味同士でお似合いだとは言ったが……地味女のくせに意外と大胆……」

「なんで」

「いやいや」

「おかしいだろ」


 彼女を連れてきた彼らも同じように驚いていた。


「ヤマトっち」

「あの子だれ?」

「さあ」

「転入生よね?」

「たぶん」


 当然彼女たちからも驚き戸惑う声が背中側から聞こえてくる。

 だが俺はその女子生徒の次の言葉にさらに驚くことになる。


「あれ、ヤマトは分からない? ボクだよ、アキラだよ。ずっと一緒に妖怪ハンターしてるアキラだよ。

 ヤマトが最近ログインしてくれないからボクこっちに転校して来ちゃったんだ。仲良くしてね。えへへ」


「アキラって、あのアキラ……」


 彼女は西園寺さいおんじアキラといって中学一年の頃に一度だけ遊んだことがある少女だった。

 レイコ義母さんが親戚の子だと言って紹介してくれた。

 今にして思えば人を避けていた俺を心配して同年代の子どもを紹介してくれたんだと思う。お互いにハマっているゲームが同じで一緒にゲームをしていくうちに仲良くなった。ゲーム内でのフレンド。


 ただヤマトは知らないが、彼女の本名は藤堂とうどうアキラ。目立つことを嫌った彼女は母方の性を名乗っていた。


「そうだよ」


「そうか、よく分かった。でもアキラ、そろそろ離れてくれると嬉しいんだが」


 未だ俺に抱きついているアキラ。彼女たちからも訝しげな目で見られているし、何より周りからの目も痛い。


「サキ。地味男は地味同士がいいらしいから、君は俺たちとあっちで語ろうか」


 そう言ってからその生徒はさりげなくサキの背中に右手を回し左手は個々惚れイベントの会場を指す。


 どうやら彼はフリータイムの時間を使ってサキたちを誘いに来ていたらしい。サキたちは参加すらしていないのに。いや、参加していなかったからこんな無理のある計画を練ったのか?


「触るなし。つーかあっちいけ」


 触られる寸前にサキは、その生徒の右手をひらりと躱すと俺の方に近づいてくる。


「ヤマトっち」


 その顔は少し不安そう。俺がアキラのことを説明しようとするも、


「なぜだっ! こんな地味男のどこがいいんだっ!」


 尚もしつこくサキに付き纏ってくるその生徒。そんな時だった。


『フリータイムも残り10分となりました。次はいよいよドキドキの告白タイムになります。

 心残りのないように気になる相手には声をかけてくださいね』


 そんな放送が体育館内に響き、


「やべっもう時間がないじゃん」

「アカリと話せるっていうからついてきたのに」

「もう行こうぜ」


 しつこい生徒について来ていた三人はさっさと会場に戻っていった。


「お、おいっ」


 しつこい生徒も、サキたちを見て最後に俺を睨みつけてその三人組を追いかけるように会場に戻っていった。


「やっと行ったか」


 俺たちもテーブル席に戻るがアキラも俺たちのテーブル席についてくる。彼女と居るから帰れとは言いにくい。


 椅子が無いので仕方なく近くのテーブル席から余っている椅子を持ってくる。でないとアキラは俺の膝に座ろうとしたのだ。


「ねぇねぇヤマトっち」


 サキたちがアキラを紹介しろという眼差しを向けてくる。


「ああ、実は……」


 別にサキたちに隠すようなこともないので正直に話して、アキラにもサキたちは俺の彼女だと紹介する。


「そっか……まあそれだけヤマトは魅力的ってことだよね」


 アキラは俺に彼女がいたことに驚いていたが納得もしていた。


「ねぇねぇアキラっちはさ……」


 あとは俺が別に話さなくてもコミュ力の高いサキたちが楽しく会話している。


 そんな中、アキラはさきほどのしつこい男子生徒のこと話してくれた。

 あの生徒はアキラと同じクラスでD組だった。かなりの自信家でしつこい性格らしくアキラも何度も断ったらしいが、そのしつこさに心が折れて仕方なくついてきたらしい。


「アキラお前それ、危ないだろ」


「すぐに済むと思ったし、それにボク。こうみえて護身術は一通り習っているから……

 でもそのお陰でこんなに早くヤマトが見つかった。ラッキーかも」


 と力こぶを作って見せるがまったく出ていない。


「あはは、ぷにぷにしてる」


 楽しそうにサキがその腕を触って遊んでいたけど、さすがサキ。仲良くなるのが早いと感心する。


 ちなみに今回と個々惚れ大作戦イベントは見事20組のカップルが誕生していた。なかなかの成果ではないだろうか。


 ついでにD組の男子生徒は女子の学年チャットで今回のことが詳しく報告されると、次々と同じような被害に遭ったという女子生徒が名乗り出てきたらしい。


 彼は当然寂しい学生生活を送ることになるのだが、そんなこととは知らない彼は自分がモテていると勘違いしていて、気になる女子にアピールし続けるのだからある意味幸せなヤツなのかもしれない。

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