第38話

 翌朝の月曜日。俺たちはいつものように登校していた。


「ねぇねぇヤマトっち〜昨日のホラー映画、面白かったね……」


 そう言って楽しそうな笑顔を向け、俺の左腕に抱きついているのはサキ。


「いやいや、サキあれはダメなヤツだったよ……」


 でもそんなサキの言葉にダメだしをしつつ俺に抱きついていた右腕に、さらにぎゅっと力を込めて抱きしめているのがアカリ。


 昨夜はなかなか眠れなかったらしく寝不足のアカリの顔色は少し悪い。いや顔色が悪いのはアカリだけではない。


「サキ。ウチもあれはもう見たくないし……」


「わ、私も、非現実的なホラーはあり得ないって分かっているから怖くても好きだけど、なんとなくありそうな怨みや呪い系のホラーは無理なの」


「眼を閉じると、あの歪んだ青白い顔に真っ黒な目。今でも鮮明に浮かんでくる」


「み、ミユキ、ちょっと思い出すから言わないで」


「振り向くと青い手がすぐそこに……」


「わーわーミユキやめるし」


 俺の背後で騒いでいるのがナツミと委員長と川崎の三人。この三人も揃って寝不足になったらしくやっぱり顔色が少し悪い。


 その三人は登校中も「あの電柱の後ろが怖い」とか「そこの角に」とか「今もわっとした生暖かい風が……」とか「そこ、黒い影が……」とかきゃーきゃーわーわー騒いでは、その度に俺の半袖Yシャツの背中をぐいっと掴んでは引っ張る。それで今はずっと掴んだまま離さなくなってしまった。伸びる生地じゃないから別にいいんだけど。


 ちなみに今日からみんなは(俺も含む)夏服になっていて上着は着ていない。半袖シャツにスカートの薄着スタイルだった。


 それでも暑くなったからといっても俺と腕組みをしないという選択肢はないらしく、サキとアカリは当たり前のように俺と腕組みをしている。しかも恋人握りは当たり前。サキは油断するとスカートのポケットにその手を入れようとするから気をつけないと、俺が無理矢理サキのスカートのポケットに手を入れようとしている変態だと周りから変な目で見られてしまう。


 俺がなぜ? という顔を向けても首を傾げて笑っている。可愛いけど、俺の心臓には悪くてしかたない。


 それでいて背後の三人も割と近い位置を歩いているので朝から日差しの強い今日は特に汗が匂わないか心配……


 ――!? あ、こら。


 今サキとアカリが顔を近づけて鼻をスンスンした気がする。しかもその時に、


 ――や、柔らかいのが思いっきりぐにゅんって当たった……


 生地が薄くなった分いつも以上に胸の柔らかさを感じてしまうからこれはいけない。


「ふふヤマトっちいい匂い……じゃなくて、あたしはみんなと観て楽しかったから今度は『消えぬ怨念2』を借りてこようかと思ってたんだよ……」


 サキだって十分怖がっていたはずなのに、また観たいと言うのはサキだけで、他の四人は「あれイヤ、別のにして」と首を振って全否定している。


「ヤマトっちはどうかな?」


 みんなに全否定されて少ししょんぼりとしているサキは、暑いはずなの力なく俺の右肩に頭をこてんと乗せてくる。やばいちょっと可愛い。


「俺は……」


 正直なところ、俺は昨日の事を思い出そうとしても、ホラー映画の内容よりも彼女たちの柔らかい……そのことしか頭に浮かんでこない。

 スケベ心が進行していてそれどころじゃなかったなんて彼女たちには言えない。というか今もかなりやばいかったりする。


「えっと……楽し、かったかな。たぶんみんなでホラー映画とか観たことなかったから、だと思う」


 それは本当だ。みんなで何かをすることなんて今までほとんどなかった。カラオケだって昨日のホラー映画、DVD鑑賞だって邪な事を考えてしまったが彼女たちと過ごした時間はとても楽しかった。


「そっか、じゃあまたホラー……」


 そこまで言葉にしたサキだったがみんなが必死な顔でブンブンと首を振るのを見て、


「……は、みんな嫌がるから諦めて他の映画を観るとして、あとは……ヤマトっちあのね。

 もう少しで夏休みだからさ、夏休みに入ったらヤマトっちとみんなでプールいこうよ。プール」


 サキが言う通り今週の金曜日が終業式で土曜日からは夏休みになる。


 ――ん……?


 俺はそこではたと気づく。


 当たり前だと思っていた今の日常、夏休みになるとサキたちとは予定を入れないと会えなくなるという事実に……


 俺がそんなことを考えている間にもサキが笑顔で話を続ける。


「実はね。あたしたちみんなで一緒に買い物行って新しい水着を買ったんだ。ヤマトっちと一緒にプールに行きたくて、ね、みんな」


 そう言ってからサキがアカリ、ナツミ、委員長、川崎の順に視線を向けてから同意を求めている。いやいや俺と一緒にプールに行きたいって。やばい、みんなもそれに頷いているし、みんなの水着姿を想像したらちょっとドキドキしてきた。


「時間かけて一生懸命選んだよね……」


 そう言ってサキに向かって頷くアカリを見たナツミが正面に回ってくると突然ガシッと抱きついてくる。


「な、なあヤマト。ヤマトはやっぱり大きい方が好きなのか?」


 ――え!?


「アカリはまた育ってたらしいけど、ウチは変わってない。ずっとこのままかもしれないし、だから聞いときたい……」


 そんなことを真剣な顔で尋ねてくるナツミだが、俺も突然のことに驚く。


 むに。


 でも抱きついてきたナツミも十分柔らかいと判断できるサイズ。このまま気にしなくてもいいのに。と質問は違うことを考えてしまう俺。でも察して欲しい。


「……」


 俺の隣にいるアカリは真っ赤な顔をしてプルプルと肩を震わせているが、サキと委員長と川崎の耳はずっと俺に向けられたままだ。かなり聞きたい様子。というか一言も聞き逃さないといった様子だ。


 ちなみに今の俺の背中には大量の汗が流れている。


 ――ここは……


 だから本能的に分かる、ここで選択肢を間違えてはいけないということに。


「お、俺はサイズとか関係なくて、ナツミならナツミ、サキならサキ、アカリならアカリ自身を好きになっていたから、そこまで考えていなかったよ……」


 かなり苦しい言い訳。自分でもずるいとよく分かっている。でも俺には答えられなかった。大きい方も小さい方も等しく好きだと。決してブサメン転生の主人公がそうだったからというわけじゃ……ごめんなさい。俺の教本だけあってかなり影響されています。

 でもそれだとかなり信憑性が疑われる。それはないだろうと。


 でもそれとは関係なくこれだけはハッキリと言える。サキやナツミ、アカリのことはそれとは関係なく好きなのだと。だから俺は心の中で見逃して欲しいと祈りつつ謝るのだ。


「……そっか、ヤマトはこれとは関係なくウチのことが好き……」


 ――おや?


 俺の祈りが通じたらしく、ナツミが笑顔で離れていく。サキだってなんだか嬉しそう。


「ヤマトくん。私とアキちゃんのことは?」


 ナツミと入れ代わるように抱きついてきた川崎がそんなことを言う。


 ――?


「私とアキちゃんは嫌い? 私とアキちゃんもヤマトの彼女」


 ――俺の彼女?


 初耳である。彼女たちは誰にでも優しいから……いや、やめよう。そんな気はしていた。彼女たちが俺に好意を持っていてくれていたことを。だが、勘違いだったら恥ずかしい痛い奴だと思われると思い俺は考えないようにしていたのだ。俺だって一緒に楽しんでいくうちに彼女たちにも好意を抱いていたというのに。


「ヤマトくん」


 委員長も不安そうな顔。一応サキたちに視線を向けてみれば、彼女たちは少し心配そうな表情をしている。俺にではなく委員長と川崎に。そりゃそうだ。勉強会をした日、あれ以降、委員長いや霧島と川崎とはずっと仲良くしてきた。


 ――ずるいよな俺。


「嫌いな訳ない。アキもミユキも好きに決まってる」


「ほんと……よかった。うれしい」


 涙を流して喜ぶアキに。うんうんと頷くサキたち。でも一人だけ様子が違う。


「よかった。本当のこと答えてくれなかったらサキが勧めてくれたビキニを着てヤマトくんのお風呂に突撃するところだった。

 こっちを見たタイミングでビキニを脱ぐ、ヤマトくんはミユキの色気にメロメロ」


 猛禽類も真っ青。メガネをキランと光らせたミユキが恐ろしいことをボソリとそんなことを呟いた気がする。

 実際はミユキがヤマトの色気にメロメロになって倒れてしまうことになるのだろうが、この時のミユキはそうなるだろうと信じて疑っていなかった。


 一見、大人しそうで誰にでも優しいミユキがひょっとしたら一番敵に回したら怖いのかも。


「ふふふ、そ、れ、よ、り、も。ナツミさ〜ん。さっき何を言ってくれたか覚えているかな〜」


「ん? アカリどうし……ひぃぃ」


 まあそんな考えも黒い笑みを浮かべてナツミに迫るアカリを見てすぐに吹き飛ぶんだけど。


 ちなみにこの時のアカリは『実は毛虫が怖い』というナツミのどうでもいい秘密その3を聞き出していた。


「はぁ、それ知ってるから」


「え、え、なんで知ってるし……」


 またしてもその事を知っていたアカリはナツミにジト目を向けてボソリ。


「次はお胸のサイズを聞いてヤマトに教えてやろうかな……ふふ冗談だよ冗談……」


 と言って笑い、


「うぐっ……」


 お胸に自信のないナツミをガクガクブルブルと怯えさせていた。


 ――――

 ――


「あ〜そう言えば終業式の後にある催し、なんだったっけ? ほら、ハゲてるが嬉々として言ってたやつ」


 不意に思い出したようにサキがそんなことを言った。


「ああ。あれは『個々惚れ大作戦』だったはずよ。学校側が学生たちに出会いの場を作ってくれるのよ。それに一年生は知らない顔もあるだろうからって、顔合わせも兼ねているんだって」


 するとさすがクラス委員長をしているアキが即座に答えてくれた。


「ふーん。そうなんだ、でもあたしにはあまり関係ないね」


「私も」


「うちも」


「うん」


「そうね」


 彼女たちみんなが俺に視線を向けてくる。俺がいるから他に彼氏はいらないと思ってくれているのならかなりうれしいが、そこは俺が口出すことじゃないのでここは黙って彼女たちの話に耳を傾ける。


「でも残念ながら参加はしなくても今回一年生の会場になる体育館には顔を出さないといけないみたいなのよ」


 どうもアキの話を聞くに、学校側がこう言った催し物にはかなり力を入れているらしく、それぞれの会場に祭り顔負けの屋台を呼んでおり、全て無料で食べ放題、飲み放題、遊び放題になるらしい。


「なにそれ、楽しそう。ね、ヤマトっち」


「そうだね、なんだか楽しみになってきたね」


 屋台だなんて小学生の低学年の頃に行ったっきりだ。正直なところ面倒くさいと思っていたけど、なんだか楽しみなってきた。


「よかった。私もクラス委員長としてみんなに参加を呼びかける立場だから、そう言ってもらえてホッとしているわ」


 他にも自分の趣味なども持ち込み自由らしく、異性との交流を積極的に図って欲しいとのことだ。この辺りは前に大久保たちが話していた内容と同じだった。


 ――あ……


 俺は合同体育の時に、早川(第七話ではガリ)に、背が少し低めの土持(第七話ではチビ)に、ぽっちゃりとした高田(第七話ではデブ)に、坊主頭の山本(第七話ではハゲ)がゲーム機を持ち込んで一緒にゲームしてくれたり、マンガやアニメについて語れる女子を探すと言っていたことを思い出す。


 見つかるだろうかと心配しつつも、


 ――そういえば……


 レイコ義母さんの親戚で、中学生の頃に一度だけ遊びにきて、それからは妖怪ハンターというオンラインゲームを時間が合う時だけ一緒にやっていた女の子のことを思い出す。その女の子は学校は違うが同級生だ。


 ここ最近忙しくてログインしていなかったけど、怒っているだろうか……ゲーム内のメールも見ていないし。俺はそんなことを思い出し少し不安になった。

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