第39話

 期末テストも終わり、オーディションも終わり、気兼ねだった徳川と、サキにしつこく付きまとっていた本田はあれから一度も学校に顔を出すことなく転校していた。


 風の噂では警察に二度捕まった本田が、徳川に命令されてやったことだと証言したとかしないとか……噂だから分からない。でも一部女子がすごく騒いでいたことを思い出す。


 ――まあ……


 俺も、あの時の徳川の顔を思い出せば、その通りじゃないかと思っていたりする。


 あと徳川といつも一緒に行動していた奴らは学園には残っているが、別人なのでは? と疑いたくなるくらい大人しくしている。どれくらい大人しくのかというと陽キャが陰キャになったくらい。


 でも俺はどうも奴らから避けられている様で近づくと逃げられる。

 元々一度も話したことすらなかった相手だから別にいいんだけど……


 それで危険だからと俺が始めた彼女たちとの下校。これでもう送る理由がなくなってしまったと思っていたのは俺だけで、彼女たちの中では俺と一緒に帰る(アパートまで)のが当たり前だと認識されていて、今でも彼女たちをアパートまで送っていっている。


 決して彼女たちから必ず貰えるお礼のキスが目当てではない。


 ――……


 ウソです。毎回彼女たちのアパートが近くなると期待して胸を躍らせています。

 たぶんサキには、いや、にまにまと顔を緩めているアカリにも勘付かれていると思う。でもナツミは大丈夫。ナツミはアパートに近づくにつれ顔が真っ赤に染まっていく、自分のことだけていっぱいいっぱいだという感じが透けて見えるから……


 でもアキやミユキまでもが登下校中の腕組みに加わり、サキたちと同じようにお礼のキスがしたいと言い出した時にはさすがに驚いてしまった。


 ただアキやミユキが加わったからといってお礼のキスは一人だけが俺の唇で後は俺の頬にしてくれる。そこだけは変わらなかった。理由は教えてくれなかったけど、そういうルールにしたらしい。


「そわそわする気持ちも分かるがもうしばらく待て……特に男子」


 ハゲてる先生が落ち着きのない男子生徒に向かってニンマリと笑みを向けてくる。


 そう、今は一学期の終業式が終わり帰りのホームルーム。夏休みの宿題をわんさか出された後だ。


「分かってる。分かってるぞ。お前たち。今日はいよいよ学園が主催する『個々惚れ大作戦』が開催される日だ。彼氏彼女がいようがいまいが等しく異性との交流の場が設けられた素晴らしき日だ」


 そこでハゲてる先生はクラスみんなを見渡し一人頷く。


「すでに会場となる第一体育館には祭事にも負けないほどの屋台が並んでいる……

 まあここで話を長引かせるのもなんだからな、では皆に名札を配るから名前を書いた者から第一体育館に移動するように」


 嬉々としてシラの名札を配るハゲてる先生。実はこの催し、進行係(お見合いイベントのため)や警備員は別に業者を雇っていて、先生たちも参加する立場になるらしい。俺も今日初めて聞いた。先生たちの参加する会場はどこでも自由。だから先生たちも張り切っている。特に独身の先生たち。


 ハゲてる先生もさっそく自分の名前を書いている。誰か気になる女性でもいたりするのだろうか? 健全な交際ならば先生と生徒が付き合おうとも認められているようだから……


 でもその場合は、先生たちの方が受け持っていたクラスを変えられたりするようだけど……


「大久保早くしろ、おいていくぞ」


「本当おせぇな大久保は……」


「ま、待てって……」


 急いで教室を出て行く大久保たちや、


「しい、行こう」


「あ、うん」


「ねぇねぇすいは徳川くん居なくなったけど、誰か狙っているの?」


「え、分からないよ。でも話してみていいなと思ったら交際を申し込んでみようかな」


「そうだね。そろそろ私も彼氏が欲しいし」


 浦山さんたちなど他にも名前を書き終えたクラスメートが次々と教室から出て行く。


 ちなみに学生カバン(貴重品は除く)はみんな机の上に置いたままにする。


 それは直接面と向かって言えなかった人のためのイベントのため。

 個々惚れ大作戦が終了となる18時。その30分前から十五分間だけその機会を設けられていて、連絡先なんかを付き合いたいと思っていた人のカバンに挟めていいという『まだ間に合う、その勇気』というイベントの時間が設けられているのだ。もちろんカバンにも名前を書いて置くのが決まり。


 趣味関係の何かを持ち込みたい人は別にリュックや手提げを持って第一体育館に向かっていた。


「ヤマトっち、お腹空いたから先に何か食べようよ」


 時間を見れば11時。今から18時まであるのだが、結構長丁場。でもすべてのイベントに参加する必要はない。テーブル席も人数分設けられているらしいから座れないことはない。

 だからそこで寛いでいればいいのだ。


 俺は元々そのつもりだったけど、サキたちもそうするらしい。ちょっとホッとしている俺。


「じゃあ先に席を確保してからおいしそうなものを食べようか」


「うん、そうしよう」


「行こう」


 クラス委員長をしているアキも、始まるまでは色々と段取りに駆り出されていたけど始まってしまえば仕事はない。まあ先生も参加するくらいだから当たり前か……


「……クラスには誰も残っていないわね」


 それでもクラスのことを最後まで気にかけているアキは尊敬に値する。


「うん。アキちゃん。いないよ。いこ」


 ――――

 ――


「ほへぇ、屋台の数がすごいんだけど……」


「本当だ〜。あ、運動場に三年生がいる。ということは三年生の会場は運動場?」


「うわぁ、なんか暑そ〜……と思ったけど日陰を作ってるし、大きな送風機がいっぱい……」


「そこは学園側がしっかりしているから。関係ないけど、あと二年生は第二体育館だと聞いたわ」


 第一体育館の中にも屋台が出ているらしいけど、それだけじゃなく、体育館の外や運動場にも屋台が出ていてその数が凄かった。

 これだけを見ても学園側がこのイベントに力の入れていることが分かる。


「みんな、ここね」


 先にたどり着いていたミユキが体育館のトビラを開けてから俺たちの方に振り返る。


「俺さ、B組の……」


「だから何……」


 体育館の中に入るとすでに複数の男女が明るい顔で話をしていて騒がしい。少し冷んやりしているのは冷房がついているからだとアキが教えてくれた。


「ヤマトっち、あそこ空いてる。みんなあそこに行こうよ」


 体育館の中に入ってすぐに6人掛けのテーブル席を見つけたサキが俺の手を引く。


「え、あ、うん」


 俺たちが確保した場所は一番隅の方で背中側が壁になっていた。それでいて体育館の中全体が見渡せる。


「いい場所だな」


 席を確保した俺たちはそれから二人ほど誰かを残して体育館の外に出てから焼きそば、焼うどん、たこ焼き、お好み焼き、うどん、ラーメン、フライドポテト、など(火を使う食べ物の屋台は体育館の外にある)目についた美味しそうな物を見つけては注文して、テーブル席に持ち帰った。


 時間と共にテーブル席は埋まり、みんな食事をしている。時間的に昼食の時間だからだろう。


 そんな時だった。


「柊木くん」


「早川、くん?」


 B組の早川、土持、高田、山本が俺たちの隣のテーブル席に腰掛けていた。


 その四人は食べ物だけじゃなくゲーム機やマンガなども広げていて、ちょっと楽しそう……ではなく、恨めしそうな目で俺を見ていた。


「ひ、柊木くんはこっち側の人間だと思っていたけど……周りは彼女さんなの?」


 ゲーム機を持った坊主頭の山本が俺に尋ねてきた。


「そうだよ」

「うん」

「そうだし」

「そうよ」

「そう」


 俺に尋ねてきたのに答えたのはにこにこ笑顔の彼女たち5人。山本もそれには吃驚して「うっ」と言葉を詰まらせていた。


 でもそれは無理もない話だった。彼らは陰キャと呼ばれていて、どちらかというと女子からは疎まれている存在(彼たちはそう思っている)。

 話しかけたとしても答えてくれる女子はわりと少ない(そう思っている)。

 それがどうだ、女子は女子でも上位カーストに君臨していてもおかしくない(彼たちは隣のクラスでサキたちのことを知らない)綺麗どころの女子5人から、声をかけられたのだ。だから女子耐性のない山本はテンパってしまったのだ。


 ただそれは山本だけで留まらず、土持、早川、高田、へと伝染し、隣のテーブルからは、


「羨ましい……」


 楽しく話しているサキたちを見て、山本が一言そういうと、その言葉を最後にピコピコ四人でゲームを始めてしまった。


 ――はぁ……


 俺は申し訳なく思うも俺の彼女を彼らに紹介するなんて選択肢があるわけないので、彼らにしてあげれることは何もなかった。できるとすればゲーム?


 だがしかし、そんな彼らに思いもしない意外な展開がある。


 それは……


「あ、チキちゃんだ」


「チキちゃん?」


 そう言ったサキの視線の先に目を向けると、そこには見た目小学生くらいの女子生徒が色々な屋台を一人で覗き込んではふんぞり返って笑っている。一人なのにかなり楽しそう。


 ――?


 そんな少女が不意にこちらに目を向けたかと思えば、凄い勢いでこちらに駆けてくる。


「あの子は剛満ごうまん千姫ちきちゃんって言ってね……チキちゃんは……たしか社長令嬢なんだって……」


「な、なんかこっちに突進して来たけど」


 サキとの話の途中で、たまたま目があっただけの少女が突然突撃してきて俺たちのテーブルに手をついて止まる。


「お、お主、今我を見ていたであろう、我に気があるのかえ?」


 ――え?


 ただ、その話しかけられた内容の意味が分からず俺は思わず首を傾げる。


「ほれ、何とか言うのじゃ」


 ずいと俺の方に身を乗り出す少女。近くでみるとくりっとしたお目目は大きくて可愛いらしく。顔立ちが整っている少女。

 髪は背中まであって長く、でも不思議なアホ毛が頭上にあってピコピコ動いている。


 ヤマトは知らないが、D組のチキはその容姿から女子生徒からも可愛がれており、一年男子生徒たちの間でもかなり有名であった。

 その愛らしさから付き合いたいと心密かに思っている男子生徒が多数いたりする。

 ただし彼女と付き合うとなった場合、ロリコンという称号がセットで付いてくるため男子生徒たちはなかなか手が出せずにいたのだ。


「チキちゃんは相変わらずかわいいね」


 俺がどう言おうか悩んでいると、横からサキがその少女に抱きついた。

 どうやらチキという少女は女子生徒たちの間ではマスコット的な存在のようだ。


「むむっ、お主はサキ。な、なぜお主がここにいるのじゃ」


「え、だってヤマトっちはあたしの彼氏だもん」


「チキちゃん。ヤマトは私の彼氏でもあるんだよ」


「うちの彼氏でもあるし」


「私もです。あ、私は霧島亜紀といいます」


「私も。私はミユキね」


 いつの間にかその少女を興味深そうに取り囲む俺の彼女たち。


「な、なんとそうじゃったのか。そのヤマトとやらが、我の方を見ていたらてっきり我に気があるのかと思ったのじゃが……」


 そう言いつつ逃げるように一歩、また一歩と後退していくチキ。


「ヤマトとか言ったか、良いと思ったが、どうやらお主は我の身にあまるようじゃ……ということで、ではさらばじゃ」


 そう言ってから逃げるように去っていくチキだったが、


「あっ」


 突然チキは隣のテーブル席で立ち止まった。


 立ち止まりゲームをやっている早川たちの携帯ゲーム機を興味深そうに一つ一つ覗いていく。その姿はやはり小学生の子どもみたいで可愛らしい。


「えっ」

「おっ」

「誰っ」

「!?」


 そんなチキに三者三様の反応を見せる早川たちだが、共通して言えるのが四人が四人ともチキを見て顔を真っ赤にして照れていた。一目惚れじゃないだろうか。


「お主たち、なかなかの腕じゃの。じゃが我もそれは得意なのじゃ」


 嬉しそうにそう言ってから胸張るチキ。


「あう」

「う、うん」

「そ、そう」

「え、えっと」


 早川たちは可愛らしい女子から突然話しかけてられてどう答えていいのか分からずまごまごしている。


「? これは……」


 それからチキがテーブルの上で紙らしきものを見つけて、それに顔を近づける。


「ほうほう」


 そこには彼ら四人が暇だから何か変わったことをして遊ぼうとした結果、今回限りのゲームルール『勝った者の言うことをなんでも一回だけきく……』と書いてある紙があった。


 他にも『倫理に反することは除く』などちょっとしたルールが書いてあったのだがチキの目にはその冒頭の部分しか目には入っていない。


「我もやるぞ」


「は?」


「だから我もやると言っておる。ほら我に貸すのじゃ」


「あ、は、はい」


 状況がまだよく理解できていない早川。チキから言われた通りに携帯ゲーム機を貸す。


「まずはお主からじゃ」


 ピシッと指を向けられたのは高田。


「お、おれ?」


「そうじゃ」


 それからチキは四人と順番に対戦して全て勝利を収める。もちろんゲームの得意な彼らだ。本気を出せばチキなど余裕で勝てた。


 でも見た目は小学生の可愛いらしいチキ(彼らのドストライク)に挑まれ本気を出すほどクズではなかった。かなり手加減してぎりぎりのところでわざと負けてみせた。なかなかの紳士っぷりである。


「かっかっか……我が勝ったのじゃ。このルールに定めてある通り、お主らは今日から我の僕となるのじゃ」


「え?」

「はい?」

「ぼ、僕」

「んん?」


「我の僕じゃ、我はそれが望みじゃが、なんじゃ我に不満でもあるのかえ?」


 眉をハの字にして少ししょんぼりと肩を落とすチキを見て彼らは勢いよく首を振る。


「では?」


 窺うように上目遣いで見てくるチキに四人はこくこくと頷く。


「おおっ。そうかそうか。では今日からお主らは我の僕じゃぞ」


 パァと花が開くように明るく笑顔になるチキを見て、彼らはさらに惚れる。


 なぜなら彼らは女子から優しくされたことはもちろんのこと、女子から笑顔を向けられたことすらなかった。そんな彼らだ。チキからちょっと笑顔を向けられただけて完全に惚れてしまう。


 だから彼らは付き合う。これがチキの気まぐれの遊びだとしても楽しい時間が少しでも続くのならばと……

 だが彼らは知らなかったチキが大真面目にそう言っていたことに。


「うむ。我に尽くせばお主らの子を成すこともやぶさかではない。が、まずはお主らを我好みに仕上げねばならぬな」


「「「「??」」」」


「そうじゃのぉ。明日からちょうど夏休みじゃし、我の家で合宿でもするのじゃ。うむ。それがいいのじゃ、お主らは明日から、夏休みの間はずっと我の家で合宿をするのじゃ。宿題を持って集合するのじゃ分かったかの?」


「「「「……」」」」


「返事は?」


「「「「はいっ」」」」


「うむ……おっと先に言っておくが、我は身内同士で足の引っ張り合いや、落とし合いは嫌いじゃからな。お互いに切磋琢磨してる姿が好きなのじゃ、精進するのじゃ」


 訳もわからず返事をしてこくこくと頷く彼ら。チキはアプリゲームの会社、中小企業の社長令嬢だった。


 のちに彼ら四人はチキと結婚するのだが、チキ自身は先見の明があったのだろう。

 彼ら四人を引き入れたことで、父の会社は急成長する。そしてそれは大企業となり上場するまでになるのだが、それはまだ先の話。


 ちなみに子どもは二人ずつ産んでやる彼ら思いのチキなのだが、見た目はほとんど変わらなかったとかで……彼らにいつまでも大切にされていたらしい。

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