第35話

「失礼します」


 八番ペアに続き俺と先輩も中へと入る。部屋は会議室のような部屋で奥にテーブルがあり、そのテーブル席に審査員らしき人物、男性三人、女性二人の五人が座っているようだ。


 俺たちは間隔を開けて審査員の方々の正面に立つと「よろしくお願いします」と声を揃えて挨拶した。


 正面に立ったことで俺の視界に、五十代くらいの厳つい男性、頭が涼しそうな四十代男性、真面目そうに見えるメガネをかけた男性、上品な感じがする五十代の女性、綺麗な感じの三十代の女性の五人が入った。


 審査員の方々は手元の資料と俺たちとを交互に見て何やら確認しているように感じる。

 たぶんそこには書類選考の時に提出した俺たちの書類なんかもあるのかもしれない。


「はい、よろしく。では早速だけどそちらの八番さん。男性から順に自己紹介と一分間で自己PRをしてください」


「はい」


 返事をした八番男性が一歩前にでた。


「八番、モブスター芸能事務所、所属、出幡波でばんは是竹これだけと申します。十八歳です。


 私は子供の頃から勉強もスポーツも、どちらも得意です。算盤は一級、剣道は初段です。友人からは美少年だとよく言われており容姿にも自信があります……


 ……でも、こんな私にもたった一つだけ苦手なものがあります。それは歌です。私は音痴です。私がカラオケで歌うと周囲が凍りつくくらい音痴なのです。

 そんな私は歌手は目指せませんが、俳優としては誰にも負けないようがんばりたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします」


 自己PRを終えた八番男性は礼をしてから一歩下がった。


 なかなかインパクトのある自己PRだった? のだろうか。俺もよく分からないが少しまずい。俺が考えていた自己PRと少し被っている部分がある。

 しかも審査員の一人、三十代の女性が口元を押さえていてちょっと受けてるっぽい。先ほどのような感じがいいのだろうか。


 でもその隣に座る厳つい五十代男性は眉間にシワを寄せて少し不機嫌そうに見えないこともない。でも今さら考えていた自己PRを変更をしても言葉に詰まったり間違えたりと不安が増すだけだ。

 数日前に考えた案のまま行くことに決めた。


 そんなことを俺が考えている間に八番女性が一歩前にで頭を下げていた。


「八番、同じくモブスター芸能事務所、所属、出幡波でばんはここねと申します。十六歳です。ペアである是竹は私の兄です。

 私の趣味は……


 ……どうかよろしくお願いいたします」


 場慣れしているのか、八番女性も噛むことなくスラスラと自己紹介と自己PRを終えた。いよいよ俺の番だ。


 八番女性が下がったのを確認してから俺は一歩前にでて頭を下げた。


 ――え?


 するとどういうわけか、審査員たちからものすごく凝視されているように感じる。いや、この部屋に入ってから視線はちらちらと感じていた。俺が気にしないようにしていただけだ。志望の動機には一応俳優を目指していると書いてもらっているけど、モデル経験ですら一ヶ月にも満たない俺にはまだ早いとでも言いたいのだろうか。

 心内では少し動揺しつつ俺は自己紹介を始める。


「十番、リアライズ芸能事務所、所属、柊大和と申します。十六歳です。


 私は子供の頃から勉強ができてスポーツも得意です。特技というほどでもありませんが、私はどんな本でも一度読めば覚えてしまいます。容姿も周りからは整っているとよく言われています。


 ですが逆に私はこの容姿のせいで周りに振り回され小学生の頃から全くいい思い出がありませんでした。


 中学生の頃もそうです。少し違うとすれば敢えて地味な姿を演じて過ごしていたことです。

 もちろんそんな私には友だちの一人もいませんでしたが、私にとっては意外と過ごしやすく、高校でも同じように過ごすつもりでした。


 ですが高校生活は私の思惑から大きく外れてしまいました。なぜなら私に予期せぬ友人ができたのです。その友人ができたことで私の日常がガラリと変わったのです。


 そしてその友人たちが毎日のように言うのです。私といると元気がでる。私といると楽しいと、そう言ってから私に笑顔を向けてくれるです。

 その時は、地味な姿をしていた私が笑顔を向けられることなど一度もなかったためとても戸惑いましたが、後になって考えると私はとても嬉しく思っていたのです。


 それからたまたまモデルをする機会があり、他人に喜んでもらえたり、笑顔をもらえたりすることが増え、喜んでもらえることや笑顔を向けられるのが、こんなにも嬉しく感じるのだと私自身気づいたのです。


 そして、俳優を目指せばもっと多くの方に元気や笑顔を届けれるのではないかと思いこのオーディションに参加させていただきました。どうぞよろしくお願いいたします」


 自己PRを終えた俺はすぐに頭を下げて一歩下がる。


 別に俺は俳優を目指しているわけじゃないが、周りに勧められたから、先輩から一緒に受けてくれと頼まれたからといった、受け身のPRではダメだと指摘され仕方なくこうなった。


 本当なら役についての意気込みなんかも具体的に述べた方がいいような気がするけど、今回の怪人がどんなスタイルなのか、着ぐるみなのか特殊なメイクを施すものなのか、激しい動きが求められていたりするものなのか、そんな情報すら得られなかったため、敢えて役には触れずに無難な自己PRにとどめた形だ。


 だから審査員側に与えるインパクトとしてはかなり低いと思うが、でも先に自己PRした八番のペアも同じような感じだったから少し安心している部分もある。


 俺がそんなことを考えている間に先輩が一歩前に出る。


 先輩は男性を意識すると無表情になってしまう。幸いここには女性の審査員もいるので少しだけ安心した。これならきっと大丈夫だろう。


「十番、リアライズ芸能事務所、所属、黒木美紀と申します。十八歳です。

 私は……


 ……よろしくお願いいたします」


 結果はまだ分からないが、俺も先輩も言葉に詰まることなく無事自己紹介と自己PRを終えた。


 それからすぐに実技審査に移るものだと思っていたら五十代の男性から質問を受けた。


「十番男性の君、柊くんにちょっと聞きたいのだが、自己PRの際柊くんはどんな本でも一度読めば覚えると言ったが、それは本当のことかね?

 もし言葉のあやで嘘だと言うのなら、今、この場で訂正することくらいは認めるが、どうかね?」


 五十代男性は俺を疑っているようだが、いや、柔らしい口調からして俺が焦って要らぬことを口走ったのではと弁解のチャンスを与えてくれたのかもしれない。

 間違いの訂正を認めてくれる寛大さもあるようだ。だが俺の言ったことは事実なので訂正する必要はない。


「いえ。本当のことです」


 俺がそう応えると明らかに落胆の色が見える。俺が意地を張っているとでもとられたのだろうか。これはまずい。


「そうですか……では仕方ない。少し確認することになるが……桐生くん」


 五十代の男性が知らない誰かの名前を呼ぶ。動いたのはメガネをかけた三十代の男性だった。


「柊くんにこれを。時間がないので……この41ページだけでいい」


「はい」


 桐生と呼ばれた男性は本らしきものを五十代男性から受け取ると、その本の41ページを広げて俺に差し出してきた。


「柊くん。時間はあまり取れないが、どのくらいの時間で読み終わるかい」


 手渡された本は台本だった。でも、パッと見るにそれほどセリフは多くない。活字が好きな俺からすれば少しもの足りないくらいだ。


「10秒くらいあれば大丈夫です」


「じゅ、10秒ですか……分かりました」


 桐生さんはぎょっとしたような顔をしたが、すぐに表情を戻しそう答える。


 10秒後、俺は桐生さんに台本を返した。気づけば八番のペアに先輩が俺に注目し五人の審査員は台本を広げて手元に視線を落としている。


「柊くん、いつでもどうぞ」


「はい。それではいきます。

 な、なぜこんなところにアースレンジャーがいるのだ……


 ……ええーい、こうなればビッグトングを使って巨大化するのだ。アースレンジャーを踏み潰してやるのだ……

 以上です」


 ――よし、たぶん完璧だと思う。


「「「「「……」」」」」


 台本の内容を読み終わり審査員の言葉を待つが、返事はなく部屋の中はしーんと静まり返っている。


 ――な、なんとか言ってくれ。


 俺は反応のなさにだんだんと不安になってくるが、それはペアを組む先輩にも当てはまるようで、不安そうな表情の先輩が俺を見ている。


「あ、あの、どうだったでしょうか?」


「いやはや、信じられないがどうやら本当のようだね。疑って悪かったよ柊くん……この通り」


 少し表情を緩めた五十代男性がそう言ってから頭を軽く下げた。


「あ、いえ。とんでもないです」


 頭を下げられるとは思っていなかった俺の方が焦ってしまったが、心なしか審査員の表情が少し明るくなったようにみえたのは気のせいだろうか。


 それから俺たちは実技審査に移ることになったが、八番のペアから先にやるようなので俺たちは壁際に寄った。



 ――――

 ――



 一方、その頃の彼女たちは……街のショッピングモールへと足を運び、あるものを手にしていた。


「ヤマトっち、どんな水着が好きなんだろうね」


 そんなことを言いつつサキが手にしているのはビキニタイプの水着だった。


「うん。あたしはこれにしょう……」


 そうサキたちはすぐそこにまで迫っている夏休みに備えて新しい水着を買いに来ていたのだ。


 もちろん「新しい水着を買ったからプールに行こう」とヤマトを誘う『水着でプール計画』を実行するためであり夏休みにヤマトと逢う口実をつくるためでもあった。


「サキはビキニに決めたんだ。でもそれはちょっと私には無理そう」


 アカリの手にはタンキニ(上タンクトップと下ビキニ)の可愛らしいデザインの水着が握られている。


「うん。ヤマトっちはたぶんこの手が好きそうな気がする」


 サキのいつもの勘である。ヤマトが視線に困り目を泳がせている姿を思い浮かべてサキはにんまりとする。


「そっか……私もプールにヤマトしかいなければビキニがいいけど……どうしても男の視線が、ねぇ……はぁ」


 アカリは自分の胸元に視線を落としてため息を吐く。


「それ自慢に聞こえるし、少しくらいうちに分けて欲しいくらいだし……」


 ナツミは少し羨ましげにアカリの胸を見た後、ハイネックビキニを手にする。


 ハイネックビキニはバスト部分の布が大きく、首元まで覆われたデザインが特徴の水着。

 痩せ型で、すこし胸の小さなナツミにはこの手の水着を選ばないと屈んだ拍子に緩んだ水着の隙間から胸の谷間だけじゃなくその中まで見えてしまうことがあるのだ。

 でもこれはナツミ自身が気づいたことじゃなくサキに言われて、初めて気付いたことだった。


「ナツミさんに激しく同意」


「そうね。うらやましいわ」


 アパートも同じで共通の人物を好きになり一緒に過ごす時間が増えたことで、仲良くなった霧島と川崎も一緒に水着を買いに来ていた。


 二人の手には可愛らしいワンピースタイプの水着が握られている。ヤマトと一緒にプールに行きたいがサキたちほどスタイルに自信のない霧島と川崎は無難なワンピースタイプを選んでいたのだ。


 ただ二人に自信がないだけでそれほどスタイルが悪いわけではない。いやむしろ良い方なのであるが誰かに褒められるわけでもない彼女たちの自己評価は低いままだった。


「アキっちとミユキっちもビキニにすればいいのに、絶対似合うと思うんだけど……」


「む、無理よ。私にはまだ無理」


「うーん」


 霧島はすぐに断ったが川崎は悩みに悩んで「ヤマトはたぶんビキニが好きだよ」と推すサキの言葉を信じてビキニを手にしていた。

 結構攻めているタイプの水着。張り合ったサキも「じゃあ、あたしも」と同じ様な大胆な水着を選びヤマトをドギマギさせることになるのだが、ただ彼女たちは気づいていなかった。


 『水着でプール計画』はヤマト自身も水着になるという事を。上半身裸のヤマトとプールで過ごすという事を。

 そう遠くないうちに彼女たちはヤマトの肉体美を拝むことになるのだが、それはもう少し先の話である。

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